第18話
「王妃様!」
「あら?アリシア、早かったわね?向こうでゆっくりしなかったの?」
父や兄を差し置いて私が声をかけた事に関して、王妃様は咎めなかった。
というより、父や兄は獣人達に囲まれた生活に未だ興奮冷めやらない状態なのだ。
そして王妃様の早かったという言葉……。
どうせ殿下達御一行はアズール国に着くまで時間がかかるが、こちらはすぐに着く。
という事で、しばらく城を開けるという事で必要な仕事の整理等を終わらせ、ついでにアズール国復興に必要な力となるだろう獣人達にも声をかけレイドワーク領土にまで戻ってきたのだが、王妃様的には早かったのだろう。
馬鹿王子が侵攻してきた事は頭から抜けているわけではないだろうから、それは瞬殺していて当たり前程度の認識なのだろうか。
「実は……ご報告とご相談がございます」
そう言って、私は視線を後方へ向ける。
父、母、兄二人、ディル様に竜王様、そして……ラルド様。
王妃様は知らない二人が誰なのか少し考えた後、気がついたのか目を見開いた。
「……まさか……ラルド?」
「お久しぶりです。母上」
その言葉に竜王様とディル様が少し驚く。
血の繋がっただけの、とか。遺伝子上では、とか。そういう言葉が付いていなかったからだろうか。
そこまで理解できている自分に、一緒にいる時間は短いものの、お互いわかり合ってるんだなと思える。
王都では貴族同士、表情や言葉の裏に醜い物をかかえた探り合いだった事を考えると、こちらは皆素直に正直に生きて居るというのもあるのだろう。
王妃様がラルド様に足取りも覚束ない状態で歩み寄る……。
感動の再会かと思いきや、王妃様はいきなり。
「こんの大馬鹿者!!!!」
そう言って扇をラルド様の頬に叩きつけた……が、紙一重でラルド様は後ろに下がり躱す。
「あんた!それで獣人にはなれたの!?」
「頑張ってみましたが無理でしたね」
「身体構造上無理だとあれほど言っていたでしょう!分かったならとっとと帰ってきなさい!」
「決めつけるより模索した方が有意義というものでは?今では竜王様の側近として獣人の方々と触れ合っていますが、それはもう色んな発見がありますよ」
王妃様は自身の立場を忘れたかのように、実の息子を叱りつけるただの母親になっていた。
ラルド様の竜王様、という言葉と共に視線を向けた漆黒の髪の男性へ王妃様も視線を向け、思い出したかのように姿勢を正した。
「お初にお目にかかりますわ。私、今はまだアズール国の王妃という立ち位置に存在しているものですわ」
「…………親子だな」
王妃様のご挨拶に、少し引きつった顔をした竜王様が答えた。
「実は王妃ではなく、ラルドの母としてそなたに話があるのだが……」
「あら?母としての役割など、ここ八年行っておりませんわ?もう産んだだけ、と言っても差し障りがない程です」
冷たい言葉と、ラルド様に向けられる刺すような視線を送る王妃様に対し、苦笑する竜王様。
うちの有能な執事が、お茶の用意ができたのでサロンへお集まり下さいという言葉に、一旦この冷え切った場は空気を変えたのだった。
「なるほど、それは面白そうですね。長年の恨みも晴れそうです」
「長年の恨みって……」
ご報告を終え、王妃様にご相談をしたところ、そんな答えが返ってきたことに、ラルド様が苦笑を漏らす。
「当たり前です。心配しなかったわけではありません。王妃の立場的に獣人達が存在する外の世界へ捜索隊を出せる権限がなかっただけで」
寂しそうに目を伏せて、王妃様は漏らす。
忘れた事などなかったと……。
生きて居ると信じていたと。
「確かに王妃様は何かと言うとすぐに第二王子であるラルド様が帰ってきてくれたらと言っていましたよね」
忘れていなかったのだ、王妃様は。
今は手元に居ない存在なだけだと。
生きて居るのか死んでいるのか何も分からないままの八年、ずっとそれを信じ続けてきた王妃様の心は強いのだろう。
しんみりとした空気になり、ラルド様はバツの悪そうな顔をしたが、王妃様の顔が歪んだ。
「報告はない、帰ってもこない。とっとと帰ってきてくれたらアリシアだってあんな馬鹿に振り回されることもなかったし、とっととあの馬鹿を廃嫡に出来たかもしれないのに!」
「多少の混乱はあるものの、民に被害は今のところ出ておりませんし、結果的に同じなら獣人と繋がることが出来た現在の方が良かったではありませんか。しかし私に国王となる意思はありません。」
嫌そうな顔を王妃様に向けてラルド様は言う。
そう、相談というのは時期国王に関してだ。
一番ラルド様が最適だろうと。
ただラルド様の了承は未だ貰っておらず、竜王様のお願い。という一点に置いてだけで付いてきて居るという状況だ。
「それに関してなのだが……とても不本意だが………」
苦虫を噛み潰したような顔で竜王様が切り出す。
「ラルドが王位についた暁には褒美を渡そうと思うんだが」
「どんな褒美だろうと王になんてなったら自由が効かないので嫌です」
「そこでラルドの母に相談なのだがな?」
「私はラルドの好みなんて知りません」
竜王様が口を開くたびに、二人の親子は口々に意見を言う。
マユが一人単身でアズール国へ行って居る。
自分の存在を確かめるためでもあると竜王様は言っていた。
内側から崩し、そして外側からも崩す。
国を根底から改革するためにも。
その為にも時期国王はすぐに立たないと混乱が長引いてしまうのだ。
ため息をつきながら、竜王様は嫌そうな顔で言葉の続きを言おうと口を開いた。
「時期国王になった暁にはラルドを養子にしようと思うのだが……」
「出立ーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」
王妃様の答えを聞く前に、竜王様のその言葉を聞いたラルド様は、瞬間的に叫び身を翻し部屋から出ていった。
「え!?」
「まっ!」
「ちょ!?」
次々に驚きの声をあげる中、顔に手をついてうなだれる竜王様は、沈んだ声でこう呟いた。
「まだ……俺は結婚もしてないんだけどなぁ…………」
と。
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