第17話
「……じゃあ、それはマユが望んだことだと?」
広い部屋に集まったのは、マユを除いたいつもの人数で。
父、母、カイン兄、セイン兄、ラルド様、ディル様、そして唯一全てを知って居る竜王様。
「あぁ、俺はマユの願いを叶えようと思った」
沈黙が走る。
マユの気持ちに寄り添いたいと思っていても、それは難しい話なのだ。
そう、たった一人いきなり異世界に来た。
そんなのは誰も経験がなく、想像するも難しい。
何より異世界というものも、マユから聞いて知るだけで、向こうの生活はこちらの生活とは全く違い、驚かされる事ばかりなのだ。
「だから、俺はマユが全て終わらせた後、事が順調に進むように準備したい」
竜王様が真っ直ぐな視線で私達を見つめ、頭を下げる。
命令ではない、お願いなのだろう。
「協力するのは当たり前です。私はマユの親友なのですから」
私は、そう答えた。
マユを支えたいのは私も同じ。
マユを助けたいのは私も同じ。
周りに居た人達も全員頷く。
ラルド様だけは「それが竜王様の望みであれば」なんて一言がついていたけれど。
あの人は本当、そういう意味でしっかり芯を持っているなと思った。
「あ、じゃあラルドにお願いがあるんだけど!」
「はぁああああああ~~~~~~~!!!!???????」
竜王様のお願いの内容に、ラルド様の絶叫が響いた。
◇
今となっては思う。
平和な世界だったと。
日々、経済は移り変わり、人が理由もなく人を殺し、操作を間違えば凶器となる乗り物や、自然災害。
休みがない寝る時間がないと人々は病み、全ては電波で全国に広められ、叩き叩かれる。
怖い怖いと言ったところで、自分が体験していないと現実味はなく、死ぬ事が身近にあると思っても、遠い存在にしか思えなくて。
情報が沢山あるからこそ、逆に夢見心地なところもあったのかもしれない。
そして一変した生活――。
ここは死と隣り合わせだ。
食べる物だって溢れているわけでもない。
外に出れば獣が闊歩している。
人が人を殺し、凶器となる乗り物は魔獣になり、自然災害も同じようにあるのに。
こちらの世界では、とてもリアルに思えるのは、きっとネットやテレビでの情報じゃなく、自分の目で見るからだろう。
情報がとても身近だからだろう。
でもそれも現実味なんてなくて。
今自分がここに居るというのが、夢なんじゃないかと。
心が受け入れていないのかもしれない、でも本当に夢なのかもしれない。
理解したくないのかもしれない――――。
自分という存在すら不安定で。分からなくなって。
日々楽しもうと思い努力した。
笑っていれば何とかなると思った。
心から笑って居る時はそんな考えなんて吹き飛んで笑っていられるから。
だからお人形のように生きるのは嫌だった。
毎日、毎日、私は自我を保つのに必死だったのかもしれない。
笑顔の裏にある闇。
アリシアと居る時は心から笑えた。
不安も恐怖も吹き飛んで、不安定な私の存在を忘れ去って。
ただただ純粋にその瞬間を笑い合うだけ。
向こうの世界で友達と居た時のように――――。
何も考えずに笑えていたんだ。
だから、私はその笑顔を守る為に、邪魔な「もの」を排除する。
「大丈夫か?マユ」
「…………」
「殿下!早く城へ戻ってマユを休ませましょう!」
「わかっている!」
私は答えない。
馴れ合うつもりもない。
こんなストーカー王子と本当はもう二度と会うつもりもなかった。
アリシアの側を離れるつもりもなかった。
ただ……ただね……。
あそこに居ても私は後方支援だし、少し無謀な事をしたかったのもあるんだ。
『生きている』
その実感を得るために。
そして全てに決着をつけて、穏やかで本当に心から笑える生活を手に入れる為に。
馬の速度はどんどん上がり、普通に乗って居たらお尻が痛くなっているだろう。
私は精霊の力を借りて浮かせているけれど。
早く着けば良い。
そう思って、大地に宿る精霊に道なりを整えてもらい、森の精霊に木を整えてもらい、風の精霊に追い風にしてもらう。
少しでも時間を短くするために。
◇
幼い頃から父の後を継ぎ、次期宰相となるように。王子の側近となるようにと言われていた。
それがリスタ・ガールド。作られた私という人物だ。
自由なんてなく、常に勉学に励み、多少の武術も学び、全てにおいて王子の補助が出来るようにと鍛え上げられた。
悲しい、苦しい、辛いなんて感情は、そのうち麻痺してしまった。
これが当たり前だったから。
嬉しい、楽しい、幸せなんていう感情なんて知らない。与えられた事なんてなかったから。
常に腹の中を探り合う貴族としても、王子の側近としても、弱みを見せず悟らせず、相手の表情を読み弱みを握る。
そんな立場に居ないといけなかった。
王子に従い、王子を守り、王子を助ける。
それだけが存在価値となる、小さな代わりのきく存在。
そんな自分が生きている時代に『聖女』と呼ばれる少女が現れた。
代わりのきかない存在。
唯一無二の存在。
マユは私にとって眩しくて羨ましくて何よりも変えがたく、言葉に出来ない存在でもあった。
更にマユは感情溢れ、表情も豊かで。自分とは正反対すぎるが故に、恋焦がれるかのように目が離せないと同時に、酷く嫉妬してしまうほどの憎悪もあった。
「この国の歴史を教えて」
真っ直ぐにこちらを見つめる瞳の奥に見える様々な感情。
そんな美しさを目にしているのに、反面、自分の中には醜い感情が沸き起こる。
「必要ありません。貴方は居るだけで良いのです。殿下もそう申しているでしょう」
居るだけで良い。
何もしなくても良い。
それだけで認められる唯一の存在。
聖女にそう言った時、宿る失望や困惑。美しい存在に闇が見える瞬間。
忘れられた筈の、何とも言えない感情が沸き起こる。
「殿下の望むままに」
「殿下の隣に」
「何もする必要はありません」
殿下に従い、殿下の望むままの言葉を聖女に紡ぎ、聖女の中に暗い感情が沸き起こるの知っていて止めなかった。
殿下の言葉は絶対だと教えられていたから。
ただ、殿下がレイドワークのご令嬢に対する扱いには目に余るものがあった為、この国の行く末を案じ、父に苦言を告げた事がある。
しかし、怒られたのは私で。
殿下に従えない私は存在している意味すらないと言われた。
だから知らない。何も聞かない。
私は何も気がつかない。
ただ見ているだけ――。
殿下がレイドワークのご令嬢に婚約破棄を告げた。
王妃様が出ていった。
その時点で、この国の統一は終わった。
あるのは聖女の加護だけで、政の基盤は何もない。
でも言わない。教えない。
だって従わない私は存在価値がないのでしょう?
そして聖女も消えた。加護も消えた。
私の心を揺らしてくれるものは何もなく――。
ただ目の前にいる虫けらのようなモノが、慌てふためいている。
「リスタ!聞いているのか!リスタ!」
「はい、殿下」
名前を呼ばれて正気に戻る。
虫けらではなかったと。
こいつらは気がつかない。たとえ聖女が戻ったとしても、民を、国を統率し政治を行うことが出来ないということを。
それを見るのも一興か。
崩れいくこの国を、一番身近な舞台で見続けよう――。
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