第15話
帰還し、殿下への報告を終えた後、殿下は難し顔をする。
隣に居るリスタに関しては相変わらず何を考えているのか分からない無表情さだ。
「獣人達と仲良くするなんて、狂ってる!」
レイドワーク領土では獣人と共同生活のようなものを送っていると、悔しそうな顔をしたロイドから報告があった。
「そしてマユはルフィル国……か」
殿下が歯を食いしばりながら答えた。
僕はマユが居なくなったと聞いて、聖女の力を辿って探した末に見つけたのは、暴力的な獣人が住むルフィル国だった。
この国の成り立ちから考えても、人間であるマユが正当な扱いを受けているとは思えない。
すぐさま救出しなければと思っている。
レイドワークを視察したロイドが国王様に報告をした後、現地で合流するはずだったが、現状僕一人でルフィル国へ渡ってもマユを無事に取り返せるとは思えなかった為、王都へ戻ってきたのだ。
そこへロイドも報告へきていて合流となったのだが……。
「マユ……大丈夫かな」
僕が零した言葉に、殿下とロイドが勢いよく振り返る。
だってそうでしょう?
獣人達だよ?
そんな意味を込めて、二人へ視線を投げる。
「くそ!あっちもこっちも獣人達め!」
「まさか我が国を乗っ取ろうとでも言うのか!?マユだけでなく……許せん!」
ロイドも殿下も怒りで顔が赤く染まる。
ここまできてもリスタは相変わらず無表情だ。
マユの事が心配じゃないなんて、もはや人間の感情があるのかすら疑う。
「国王様は何と仰っていますか」
やっとリスタが口を開いたかと思えば、そんな一言だった。
「はっ!父上は、母上が出て行ってから常に震えて部屋にこもっておるわ!!あんな腑抜け、いくら父上と言えど知らん!」
「マユが戻れば問題ない!救い出せば良いだけだ!」
「王太子として……次期国王として決定する!ルフィル国と戦うぞ!」
殿下もロイドも、ちゃんと分かってる。
獣人に怯える必要なんてないし、マユが居れば大丈夫なんだ。
前のようにマユと皆で笑い合って一緒に過ごしてるのが平和なんだよ。
王都に残っている騎士や兵士達だけでなく、腕に覚えのある者達も含め集まってもらった。
こんなに少ないものなのか?と思ったが、マユさえ取り戻せたら良い。
清らかな白い神官服に身を包み、騎士や兵士達の前に立つと僕は説いた。
国の安寧に必要な聖女、それは神が選びし異世界より降り立った少女。
荒れ果てた地でも植物が育ち、大地が潤い、天からは恵みの雨が降る。
獣人に虐げられた我々の先祖を守った、人々に平和をもたらす神に愛されし聖女。
「聖女を奪いし獣人達から取り返すぞ!」
「聖女は人々の味方なり!」
おおぉおおおおおおーーーーーー!!!
咆哮が轟く。
士気が一気に上がる。
「目指すはルフィル国だ!」
殿下の言葉が出発の合図となる。
殿下とロイドと僕はマユを取り戻す為にルフィル国を目指す。
王宮に残ると決めたリスタが、僕達の後ろで冷たい微笑みを浮かべていた事など知らずに――。
◇
「わぁ~!アリシア、やるね~!」
両親やカイル兄と共にルフィル国の王城へ着いた途端、引きつった笑みを浮かべるセイン兄を押しのけ、マユが満面の笑みで私に言った。
「?何が?何も殺してないわよ?」
「アリシア。思考回路がおかしくなってる」
どうやら、意味が違ったようだ。
セイン兄は呆れた様子を見せながら両親を見つめるが、父も母もニコニコと微笑んでるだけだ。
言葉を考えていたのか、マユが少しの間黙っていた後、口を開いた。
「マユ、どうしてお兄さん達みたいに馬の獣人でルフィル国まで来なかったの?」
「?どうして?」
「ディル様に乗るのが当たり前になってる?男性だと覚えてる?」
「!」
言われて気がついた。
父や母、兄は馬の獣人に嬉々として乗ってきたが、私は当たり前の様にディル様に乗ってきたのだ。
ニヤニヤしているマユと竜王様。
優しく微笑んでいるディル様と父母。
何もわかってない顔をしているカイン兄。
最終的に引きつった顔をして微笑むセイン兄がこう言って締めくくった。
「アリシア……淑女である事を頭の片隅においておいてね?」
「……はい」
男に乗る。と遠まわしに言われた私は、顔を赤くして内心焦りながらも頷くしか道は残されていなかった。
そんなつもりなんてない!なんて叫んだところで、私の行動は相反するものだから。
「と、言うことは戦をいきなりふっかけてくるという事か」
「特に宣戦布告的なものもありませんでしたね」
父とラルド様が経過報告も兼ねて話をしている。
精霊の情報網的にも侵攻は決定だが、問題なのはお粗末な戦力であることだ。
明らかに気落ちするレイドワーク一族と、困惑する獣人族。
「攻め落とす大義名分となる……と言っても……」
セイン兄も頭を抱えている。
誰もが手加減出来るような器用さはないのだ。
獣人と人間の圧倒的な力の差は勿論のこと、生きるか死ぬかで魔獣を狩っていたレイドワーク一族に関してもそうだ。
そもそも手加減でもしてこちらが怪我を負ってしまては元も子もない。
小さな怪我で死ぬ事もあるのだ。
「私たちが居なくても自力で領地を守れるようにと開発した罠を人間で試してみるのはいかがでしょう」
「爆発のやつ?あれって結局、発動のタイミングが問題で魔獣には意味なかったじゃないか」
「大元さえ作って埋めておけば、後はマユ様にでも発火してもらえば良いのでは?威力に関しては実際見て居ませんし。殺傷能力もわかりません」
「地雷みたいなものですかね?罠ではなく、いっそ爆弾みたいな……あ、あとこんなのはどうです?」
母が、侵略者達を実験材料にするような発言をしていると、マユが何やら異世界知識を出しているのか紙に何やら書き込んでいく。
それを見て目を輝かせ楽しそうにする両親とカイル兄と竜王様。
ちなみにラルド様も、わざわざマトモにやり合う必要はないか、とボソリと呟いた後、マユの話を興味深そうに聞いているし、セイン兄も馬鹿相手の戦略は、どれだけ楽なんだろう?と楽観的である。
…………戦争…………?
アズール国が侵攻してくるまでに時間があるし……という事で、マユやセイン兄、お母様やディル様たまにラルド様は罠を考え作り、用意していく。
ちなみにお父様やカイン兄は獣人達のお手並み拝見と言わんばかりに、竜王様や獣人の騎士達と、手合わせと呼んで良いのか分からない、会場破壊行為を繰り広げている。
重傷者が居ないあたり奇跡としか思えないほど、草木が減り、地面が抉れているのを見ると、確かに精霊には住みにくい土地なのかもしれないと心底思えた。
そのおかげでアズール国に居ついて平和だったのだろうけど……少なくとも人間はあれほど地面を抉りません。
そしてアズール国の軍勢が目前に迫ってきていたが、緊張感は皆無だった。
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