第14話

 思いっきり王妃様が吹き出す。王妃教育で感情や表情を抑えることを学び身につけている筈でしょうが、抑えきれなかったのでしょうか。

 マユによる命名が精霊達により獣人達に広がっていっているんですね、理解しました。

 きっと今頃、ルフィル国にいるセイン兄様も筋肉馬鹿と呼んでいるでしょう。


「一行の後方に……」

「馬であれば馬車に追いつくのは容易い。更に人数も多かったために紛れることも簡単だったのだろう」


 王妃様曰く、マユが居なくなった翌日には雨が増え、地面が揺れ、目に見えて作物が枯れ、魔獣が増えたそうだ。


「私が王都を出た後に、追いかけてきた者達も多かったわ。その為でしょうね」

「真っ先に王妃様が逃げたら、民達は更に不安となり追いかけますよね……」

「滅びを辿るだけの国に貢献して最後まで共にするより、例え不安を煽ることになっても、民を一人でも安全な場所へ逃す方が良くないかしら?」

「嬉しいお言葉です……」


 レイドワーク領のことを安全な場所と言っていただけた事に、嬉しさがこみ上げた。





 ◇




「なんなんだこれは!?」


 裏切り者の王妃様一行の後方に上手く紛れこみ、レイドワーク領土に入れたは良いが、その光景に驚きの声が漏れる。

 中心地は大勢の人で溢れ賑やかで、その人々は活気に満ちた笑みを携えている。

 ならばと中心から少し外れると、そこには協力しあって干し肉を作る人々と、家屋を作り畑を耕す獣人。


「獣人だと!?」


 はるか昔、人間を虐げていた獣人が居る!?

 その光景を目の当たりにしたロイドは、レイドワークは逆賊だったのだと察した。

 聖女であるマユを虐げたアリシアはもちろん、レイドワークは王家より民を掌握しているなぞ裏で卑劣な手を使っていたに違いないと。

 早く民達の目を覚させなければ、この国は滅びの一途を辿っていく事になる――。


「何をやってるんだ!獣人どもから離れろ!」


 紛れ込んでいる事などおかまいなしで、手近にいた民を背にかばい、獣人に向かい剣を向ける。

 そんなロイドに周囲の領民達は呆れた目を向けている。


「あんた何やってんだい?」

「獣人は危険だ!」

「どこをどう見たらそうなるんだ?」

「お前達は騙されているだけだ!国の成り立ちを思い出せ!」


 一人ロイドが興奮して説得しようとするが、領民達は冷ややかな視線を投げ、獣人達は我関せずと言わんばかりに自分の仕事をこなしていく。


「もうおどき!早く家屋や畑を作らなきゃいけないんだ!」

「お前も王都から逃げてきたんだろ?環境を整えるのが優先だろう!」


 領民達も口々にそう言って、自分の仕事に戻っていこうとする。


「獣人に頼る必要はないだろう!乗っ取られ虐げられるだけだぞ!せめて王都に逃げて……」

「バカ言ってんじゃないよ!虐げてんのは王家だろう!」

「王都なんかで暮らせるか!すでに聖女は去り、田畑は荒れてると言うじゃないか!」

「王家が何をしてくれた!それに比べて獣人達はこうやって手伝ってくれる!」

「私らは目先のことしか考えられんよ!金のある貴族様は違うだろうけどね!レイドワーク領を見てみろ!今の生活をすぐ見てくれる!」

「これだから庶民は!」


 口々に王家へ不敬とも取れる言葉を口にする領民達に、つい口をついた言葉。


「そう言うなら何とかしてほしいもんだね」


 それすら気にならないというように、自分達の作業をする。

 もうロイドの方を見ている者なんて誰もいない。

 なんて庶民というのはバカなんだ。

 目先のことばかりで騙されて、全体を見ようとしない――――。

 盛大なブーメランなのだが、そんな事には気がつかないロイドは呟く。


「マユ……聖女が……聖女さえいれば」


 こんなバカな連中に構ってられない。

 マユ、聖女の力を見せつけてやれば良い。

 きっと君の事を皆が崇め讃えるだろう――。


「マユ……すぐに迎えに行く」


 そう心に決め、すぐに王都に向けてロイドは出発した。

 物陰で笑いを噛み殺している存在に気がつくこともなく――――。




 ◇




「まぁ……それは……愚かですわね」

「面白い事が起こりそうですね」


 ロイドが騒いでいたのを一部始終見ていた父とカイル兄からの報告を受け、哀れんだ目をし答えた王妃とアリシア。

 マユを取り戻すと言ったところで、出て行ったのはマユの意思だし、何よりマユは今ルフィル国に居る。

 武力だけでなく知力でさえも劣っているストーカー王子と三馬鹿なんて、塵芥も同然であるが、気位だけは高い奴等がそれに気が付く事は一生ないだろう。

 きっと死ぬその瞬間まで、気がつかなさそうである。


「俺、ルフィル国でセインと合流するわ!」

「お前は次期当主として、ここで領地を整えろ!私が行ってくる!」


 カイル兄の言葉を却下し、父が言うが、その横で母はため息をついた。


「貴方たち……面白い見世物をその場で見たいだけでしょう……」

「特等席じゃないか!」

「見逃してたまるか!」


 母の言葉に対し、否定する事もなく声を返す父と兄に、王妃がしばらく何かを考え込むような仕草をした後、うちの執事に目を向け、自分の連れてきた侍女や執事にも目を向けた。


「ロイドが王都へ戻り、ルフィル国へ到着するのに馬で7日程。ここからルフィル国へは馬で3日程と言ったところでしょうか」

「馬の獣人に頼めば1日かと」


 王妃様の言葉にディル様が返す。

 確かに獣人の脚力と精霊の力は素晴らしい。


「レイドワークの領土に関しては常に執事が収めているようなものだと聞きます。問題は武力がいなくなる事だけですわよね?」


 微笑む王妃様に対し、父は少し目を逸らす。

 確かに父やカイン兄は武力行使に優れているが、経営等の頭脳戦はセイン兄か執事が行っている。


「領民が増えた分の仕事は僭越ながら私や私の執事達もお手伝いしますわ。武力さえ何とかしていただけるのでしたら、楽しんで観劇を見てきてください」


 そして参加してきて完膚なきまでに叩きのめしてくるのも楽しいですよ、と黒い笑顔で呟いていたが、私達は皆聞かなかった事にした。

 王妃様の闇が深い気がする……。

 確かに、自分の息子があんな馬鹿だと言うのを毎日見せつけられていたら鬱憤も溜まるかと思うけれど。


「武力に関しては獣人に増援を求めても良い。そこらの魔獣程度あれば対等に戦えるだろう。肉の確保もできる。対人間など問題外だ……レイドワークの血筋でなければ」


 ディル様がボソリと最後に呟いた言葉に納得はいかないが、父や兄は喜んでいるし、母も付いてくるつもりなのか侍女に動きやすい服を用意するよう伝えている。

 時間の余裕は十分あるので、観光もするか!と父が言い出し収集がつかなくなっていく――。


「……なんか……申し訳ありません?」

「良いんじゃないか?」


 気が付けば獣人ありきの計画に、能天気すぎるんじゃないかと思える家族に対しディル様に謝罪をするも、ディル様自身も何やら楽しそうに微笑んでいる。

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