第10話

 どうしてこうなった――――。


 王立学院に入学し、変な虫がつかないようにと父上に婚約者を決められた。

 第一王子として、王太子として政略的な結婚は仕方ないと思って居たし、笑顔の裏で何を考えているか分からない令嬢達に愛だの恋だのといった感情が芽生えるとも思えなかったため受け入れた……が、相手がまさかの辺境伯令嬢だった。

 民意だの何だの言われたが、王族が居るのだからそれで良いだろうと。

 辺境伯の活躍も聞いていたが、所詮田舎で誇張された報告だろうと思って居た。


「どうして私が辺境伯の田舎娘ごときと婚約せねばならぬのだ。しかし父上が決めたことには逆らえないからな。仕方なく婚約してやる」


 初めて顔を合わせた時に放った一言。

 別に父上は咎めもしなかったから、それが答えだろうと思った。


「そうですね、王命には逆らえませんから。」


 目の前の令嬢から返ってきた皮肉。

 それならば愛を育む必要はないと判断した。名前だけの政略結婚。それだけで問題ないだろうと。

 しかし、異世界から聖女が舞い降りた。

 報告があり、駆けつけた先にいた少女は16と言うには少し幼く頼りなく見える。

 瞳に涙を浮かべ、少し震えているその様子に庇護欲が掻き立てられた。

 聖女の保護と言う名目で、マユにずっと付き添った。

 この少女を手に入れたいと、芽生えた恋情をどう扱えば良いのか分からぬまま、側近達に不自由がないようにと気配りした。

 一般常識も生活様式も全てが違う世界で、マユが何もしなくて良いように。

 そして異物を排除しようとする人間の醜さからも守ろうとした。

 しかしマユからは「違う」とか「誤解」とか言われて居た気がするが、周囲がマユにそう言わせているのだろうと放置した。

 聖女の役割からもマユを守ろうと思って居たのだ。


 ◇


「それで?」


 感情のこもらない声、冷ややかな瞳で見下してくる母上は見た事がなかった。

 アリシアがマユに行った嫌がらせ等なかったというアリシアとマユの行動歴の書類が目の前に広がって居る。

 父上も母上の迫力に返す言葉がないようだ。


「冤罪による婚約破棄と追放。この婚約は王家に民意を取り戻すという意味もあったのは理解していますよね」

「だから聖女様と婚約を……」

「聖女様に逃げられてますけど?」


 父上の返事に間髪入れず母上が返す。


「そもそも聖女はハイルドの事をこれ以上ないくらい嫌っていたではないですか。逃げて当然でしょう」


 そんな母上の言葉に驚愕した。


「……嫌われて……いた?第一王子の俺が?」

「あなたは本当に人の気持ちが分からないのですね。話を聞かない人など側に居てほしくもないわ。第一王子でなくなった貴方に残るものは何?」


 そう言われて考えた。

 側近達ですら、俺が第一王子だからこそ近くに居るのだ。


「貴方は聖女様に好かれるために何をしたの?」


 何を……?

 守って居た。ずっと守って居た。

 だって父上は咎めなかったじゃないか。

 母上はため息をついた。


「女のくせにと私の話を聞かず、今更ながら私に話をさせる国王様も問題ですけどね。ハイルド。じゃあ今から監禁生活をなさい。」

「なぜですか!?」

「第一王子の役割から守ります。不自由がないように食事も持っていきます。外には感染する病気もあります。あなたを守るためです。部屋から一歩も出てはいけません」

「そんな!無茶苦茶です!」

「それを貴方は聖女様に行っていたのです!!!!!」


 怒声が響いた。

 父上が頭を抱えて項垂れている。

 俺は……マユに……。


「貴方は聖女様から自由を奪っていたのよ」




 ◇




 雨が増え、地面が揺れることが増えた。

 作物の育ちが悪くなった。

 周囲に魔獣が増えた。

 母上が出て行った。

 城の兵士達の数が減っていった。

 王都の活気が日々なくなっていった。

 王都の人々が減ってきた。


 レイドワーク辺境伯領土へ行ったと聞く。


 アリシアを追放した後、父上がレイドワーク辺境伯を捕らえようとしたが、すでに領地へと出発したようで王都の屋敷はもぬけの殻だった。

 レイドワーク領に向かうには険しい山を超えるか大きな川を超えるかで、山を超えるのは命がけになるため多くは川にかかっている橋を利用しているが、それが大きな橋を1つ残しあとは全部落とされたという。

 そして独立の宣言があり、それが民衆に広まると共に、徐々に皆あちらに向かい移動していったようで。

 それを止める手立てなど想像もつかなかったが、止める必要があるのかすらも疑問だった。

 父上が頭を抱えているが、皆して何が良くて田舎になんて行くのか、そのうち王都に戻ってくるだろうとしか思えなかった。


「ハイルド様」

「リスタか。どうした」


 リスタ・ガールド。宰相子息で私の側近の一人だ。


「ロイド・カリルニアには現在レイドワーク領の様子を見に向かっていただいております。アスタ・リドリアルは聖女様の軌跡を辿ることが出来たらしく、聖女様の後を追ってもらっています」

「そうか……」


 アスタ・リドリアルは神官の子息で、聖女に近い力を使うことができるとも言われている。

 マユ…………。

 マユの自由を奪っていたという事に驚きはしたが、嫌われているというのは理解できなかった。

 そもそも、離縁だと世迷いごとを言って田舎に進んで行くような女の言うことだと頭を切り替えた。


「マユの保護を最優先とする。ロイドはレイドワーク領の様子を父上に報告した後、すぐにアスタと合流しマユの身の安全を第一に行動させろ」


 そんな俺の言葉にリスタは少し眉間に皺を寄せ、何か言いたそうにしたが、了解致しましたと言い部屋を出て言った。

 マユが戻りさえすれば、全て元に戻る――――。

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