第9話

「アリシア様、申し訳ございません。少し大変なことになりまして」


 舌打ちしたのを微塵も感じさせない落ち着いた雰囲気で顔を出して声をかけてきた人物に目をみはる。

 金青色のさらりとした髪に、深い緑の瞳、どこか高貴さを感じさせる佇まい。


「……人は見かけによらないのね」


 ぼそりとマユが呟いた言葉はきっと私にしか届いていないだろう。

 高貴さを感じさせる人が綺麗な回し蹴りを入れたことですよね、わかります。

 人間が相手だったら、確実にどこかへ飛んで行っていたでしょうね。


「何かあったのですか?」

「多分、あれかなぁ~……」


 竜王様への問いかけに、目の前にいるマユが視線を彷徨わせながらポツリと呟く。

 精霊ネットワークですね、何かすごく便利で羨ましいけれど、マユが私に我先にと伝えていない事柄ならば、そこまで大したことはないのでしょう。


「レイドワーク一族がルフィル国へ侵攻してきている」


 前言撤回!大事だったぁあああああ!?


「……は……え?」


 現在、アズール国で追放を受けた私。

 領地独立のためにレイドワーク一族は領土を守っているはず……が、侵攻!?領民は!?

 静かなパニックを起こしている私をよそに、回し蹴りした人が竜王様を親指で指差し、ディル様へ「ちょっと黙らせて置いて下さい」と伝えるとディル様は竜王様を縛り付けた上に置物のように放り投げていた。


「我が愚王が大変失礼を致しました。私からご説明させていただきます。まず愚王が駄文にてレイドワーク辺境伯へ文を送った事がきっかけとなり、その駄文にて辺境伯が怒り狂った上での侵攻となりました。」


 清々しいくらいの罵りっぷりである。と、私の思考現実逃避の如く違う部分へ移行していた。

 駄文ってアレよね……アリシアは預かったってやつよね……。

 すっかり忘れてたけど、お父様、行動を起こすの早すぎないかしら……?

 ギギギ……と音がするのではというくらいのぎこちない動きでマユの方を向く。


「んっと……アリシアのお父さん達、持ち前の体力で馬を駆使して、結構早く領地へ帰ってみたいでね。ナイスタイミングで手紙を見て……どうやら私とアリシアが再会した頃にほぼ身1つでルフィル国へ向かったみたいでね……」

「いやいやいやいや、領地守るのは?計画では私放置の筈なんだけど?」

「どうも……アリシアは自分で自分の身を魔獣から守ってるだろうという考えはあったものの……まさか獣人に囚われるとは想定外だったようで……アリシアのお父さんとお母さんは八つ当たりの如く騎士団の目の前で魔獣狩りまくって返り血で高笑いして威嚇してるみたいで……お兄さん二人が猛スピードで向かってきてて……多分もう少しで着くよ……?」

「いやいやいや、ここまでそんな早く……」

「いや本当に。精霊達が『あれ、人間……?』って言ってる……」

「それは本当ですか!?」


 まごう事なき人間です。失礼な。

 マユと二人で会話しているとキラキラした目で入り込んでくる回し蹴りさん。


「人間でも素晴らしい人材がいたのですね!確かにレイドワーク辺境伯の噂は聞いて居ましたが、所詮は人間と思っていました!見てみたいですね!しかしたった二人で侵攻ですか!伝言では魔獣を狩り散らし猛スピードで村や町に侵入し抜けていくとしか聞いていませんでしたが」


 うちの家族は珍獣じゃありません。失礼な。


「そもそも、お前も似たようなものだろう……その力技は人間と思えない」

「え、回し蹴りさんは人間なんですか?」


 ディル様がため息をつきながら、言った言葉にマユが聞き返す。

 すでに名前が回し蹴りさんになっているからか、回し蹴りさんは苦笑している。


「私はラルドと言います。竜王様の側近をしておりますので以後お見知りおきを」


 ラルド……。


「あ……あーーーーーー!まさか!!」


 淑女にあるまじき絶叫を出してしまう。

 思い出した。ラルド・ラスフィード。

 アズール国の第二王子で、8歳の時に獣人になると謎めいた事を言って城と言わず国を飛び出した人。

 目の前にいる男性は王妃様に似た顔立ちで、王妃様の深い緑の目を受け継いでいるし、国王の金髪と王妃様の水色の髪を受け継いだ金青髪だ。

 ちなみに第一王子は国王に似ているのか、兄弟と言え似ては居ない。

 かろうじて私は王妃様と交流があったから気がつけたのだろう。

 幼い時に交流もなく、絵姿も知らず、あったとしても幼少期のものだろう。

 ラルド様は更に苦笑しつつ。


「ラルド、とだけ名乗っておきます」

「側近って……植民地計画に反対はないのですか?」


 精霊と話していたのだろう、どこかを眺めていたマユがラルド様に視線を向け、問いかけた。

 精霊……良いなぁ……現状把握が素早い……。


「そもそもアズール国は無駄ではないですか?昔ながらのやり方を変えることもなく、新しい物を取り入れることもない。義理もなく人情もなく、騙し合いばかりの王族貴族。精霊が居るから平和なのに、それを知らず知ろうとせず驕り高ぶり、才能ある者を潰した結果が今となっているだけですよ」


 王妃様に似た冷ややかな視線。感情の乗らない声。

 アズール国を出てからの8年間で色々なものを見聞きしたのだろう、そんな意見を王族が述べた。


「レイドワーク一族に対し今回行ったことに関しては反吐が出ます。アリシア様には血が繋がって居るだけの者が申し訳ない事を致しました。マユ様におかれても大変申し訳ありません」

「悪いのは国王と第一王子です」

「あなたは何もしてません」


 謝ることはないと私とマユが遠回しに伝えると、ディル様が遠い目をして言った。


「……ただの脳筋だからな、それ。昔ながらの戦術を変えることなく、新しい剣術を取り入れることもなく、という意味だからな」

「アリシア含め、脳筋しかいない……」

「マユ?」


 ディル様の言葉にマユが私含め脳筋だと事実極まりないことを呟き、否定はできないが少し牽制するために名前を呼ぶ。

 これでも令嬢教育や王妃教育をしてきているので、さすがに脳筋だけみたいな言い方は時間と努力的に悲しくなる。

 が、そうか。脳筋……ここではそれが通るし、そういう国なのか。


「ラルド様。馬を用意してください。あと服も」


 私の言葉に一瞬目を見開いたラルド様だが、レイドワークの噂が後押ししたのだろう、頷くと部屋を出て行った。


「あ、じゃあ私も。馬はいらないですが、ズボンください~」


 私が馬に乗るという事だけは理解したのか、マユはズボンを希望した。

 飛ぶのね。飛ぶんですね。

 その場合、確実にマユに置いていかれる未来しか見えない…………っ!

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