第5話
アリシアが追放された。
国王と王妃が入場してから、誕生日パーティは中止となった。
国王は急ぎレイドワーク家に使者を向かわせたようだが、王都にあるレイドワーク家はもぬけの空で、そのまま使者を辺境伯領地へ向かわせているようだ。
今は馬鹿王子の取り調べというか、国王からの説教というか、そういう時間らしい。
三馬鹿のうち二人が教えてくれた。
そう、一人、騎士団長の息子であるロイド・カリルニアの姿が見えない。
嫌な予感がする。けど、アリシアなら大丈夫だ。と自分に言い聞かせる。
さて、もうこんな国になんて用はないし、アリシアを追いかけて一緒に楽しく過ごすため、どうやって追いかけるかと考えているとノックの音が聞こえた。
「はい」
「マユ様、国王様がお呼びでございます」
返事をすると部屋へ入ってきたのは侍女長だ。
はて?今この時間は馬鹿の矯正中ではないの?と思いながらも、曲がりなりにも国王の呼び出しならば行かないわけにはいかない。
ちっ。とっとと城から出ていくべきだったか……否、そうなると発見が早く面倒な事になっていたかもなぁ。
なんて思いながら、侍女長の後ろを歩いて行く。
着いた先は国王の執務室らしい。
「マユ・ミヤノ様をお連れいたしました」
「入れ」
国王の返事と共に扉が開かれると、中に見たくもない奴の姿があったように思ったが、とりあえず視界に入れることをやめた。
「国王様、要件は何でしょうか」
挨拶を切り出すこともなく、さっさと本題を切り出した。
「うむ。実は困ったことになってな」
「そうですか」
「あのような場所で婚約破棄を宣言した上に、レイドワーク辺境伯も王家を断ち切るつもりで出て行ったのだろう、民衆はほぼレイドワーク辺境伯を慕っておったための婚約だったのだが……」
「そうですね」
今更何を言ってるのだろうか。
そんな事は分かりきった上で王命により婚約をさせたくせに。
「そこでだ。同じように民衆に人気がある聖女様のことを息子は望んでおるわけで、ここに婚約を……」
「嫌で……」
「マユ!幸せになろう!」
私も国王の言葉を遮ったのは失礼だと思うけど、更にその私の声に被せて喋るこの視界にうつしたくもない声も聴きたくない物質をどうにかしてもらえないだろうか。
そもそも説教はどうした。
何、両手いっぱいに抱えられた薔薇の花束があるんだ。
「お断りします」
「マユ?心配はいらないよ?」
「嫌だと言っているんです」
はっきりきっぱり、何度も拒絶の言葉を繰り返す。
イライラする――。
アリシアがいないこの国に未練なんてないし、むしろこの鬱陶しいストーカー王子がいるだけで、嫌悪の対象なのに、一体なんなんだこの国王は。
「照れているのか?マユ」
「来るな」
私の一変でした雰囲気に、ストーカー王子はその場で立ち止まった。
「民衆の気持ちがあるからと王命にてアリシアの意思を関係なく婚約して?それで?人の話も聞かない、相手の気持ちも思いやれない、会話も通じないほど言語も理解してないバカに育った息子を押し付けて?暴走させて?婚約破棄させて?それでレイドワーク家が敵に回るかもしれなくて、民衆から反発が起こってどこかで反旗が翻されるかもしれないから?都合よく聖女がいるからって押し付けようっての?どこまでも他力本願すぎ~」
国王の目をじっと見つめた。
「ぶ……無礼であろう」
視線を彷徨わせ、私に合わせることもできず、額には脂汗が流れていて口をパクパクさせていたかと思うと、やっと絞り出すように言った言葉はそんな稚拙なセリフだった。
「はぁ~?あんたのバカ息子が私は国王より上だっつってましたけど~?むしろそんな私に、こーーーーーんな気持ち悪い男と婚約させようとしてるアンタのが無礼なんですけどー。そもそも子育てもマトモに出来ない無能が国王?他力本願なオッさんが国王?民をバカにしてんの?」
国王は私とストーカー王子を見比べるかのように視線を何度も往復させる。
私の態度が急変したのもあるのだろうが、こちらももう限界だったのだ。
自由な国から、ストーカーのめくるめく束縛が待っている世界に来たら誰だって限界を迎えると思う。
余程束縛されたいドMならともかく、私にそんな趣味はない。
「……聖女は居るだけで国に安寧をもたらすんだっけ?」
「そ……そうだぞ!マユ!だから私と結婚をして民を安心させよう!」
「気持ち悪い。私にも意思があるんですけど?そんなに自分の意思だけを押し付けたいなら人形を相手にしてくんない?」
「ま……マユ?」
すでに国王は空気だ。
このバカに場を任せるとしたら悪手でしかないのを理解していないほどの無能なのだろう。
「民の気持ちが王家にないのも、こんなバカ王子になったのも全ては自業自得ですね」
ニッコリと微笑んで国王を見ると、安心したような顔をしたが、それは私のセリフをきちんと理解していないということだろうか。
「そして、私がこの国から出ていくのも」
「なっ!?」
「マユ!?」
最後の一言は瞬時に理解したようで、国王は目を見開き、ストーカー王子は私を掴もうと手を伸ばすも遅い。
一瞬のうちに私は王城の空高くへ移動し、空中から足元に広がる光と、頭上に輝く星の光を眺め、問いかける。
「ねぇ……アリシアは、どこ?」
スマホを見ながら歩いていた……ら、いきなり落ちる感覚がした。
走馬灯かと思えるほど、全ての感覚がスローモーションのようで、マンホールか何かが空いていて落ちた!?なんて考えていたら、いきなり水の中にいた。
慌てて水中から顔を出すと、コンクリートの道や高層ビルなどの建物、信号や電柱といったものは一切なく、広がる芝生と綺麗な青空。そして中世時代かと思われるような大きな建物があった。
建築様式に関しては詳しくもないし、そもそも遊んでばっかりいたから、よく分からない。
とりあえず水の中から出ようとしたら、人が集まってきて何か叫んでる。
曰く、私は異世界から現れた聖女という、居るだけで国に安寧をもたらす存在らしい。
国の頂点である国王は変えがきくが、聖女は変えがきかない存在ということで、何よりも最重要人物とされるとも。
聖女なんて目に見えない、よく分からない存在に自分自身でも疑問しかわかなかったが、数日この世界に滞在しただけで、もしかしてという事象に出会った。
何かふんわりとした灯が漂っていて、どうやらそれは他の人の目に見えないらしいのだ。
なんとなく文字を読むことは出来たので、本で調べたところ聖女にはあるらしい現象で、そして不思議な力を使うこともできるとか。
風を操り、火を灯し、水を呼び、植物を成長させ豊かな土地を作る――。
灯の正体を知ろうと、寝る前に灯を見つめてみたり、念じてみたり試行錯誤をしていたら、声が聞こえるようになった。
ふんわりと小さい小人に羽が生えたようなシルエットに形を変え、そして知る。
精霊と呼ばれる存在だと。
この頃には、帰るよりもこの世界に慣れようと勉強なりしたかった私に対し、それを一切許さないバカ王子に嫌気がさしていた。
そしてアリシアと語らう時間が、元の世界での女子会のようで楽しくて、かけがえのない時間にもなっていた。
精霊の力を使えば、自然の力を操ることができる。つまり歴代聖女のような力が使えると精霊に教えてもらい、その為にバカ王子の目を盗んでは精霊と共に訓練をした。
摩訶不思議な力を使うというのは、元の世界では考えられないことで、楽しむ気持ちと、いざという時にアリシアを守る為にと――。
結局、アリシアは追放されてしまったけれど。
各地にいる精霊は、その意思を精霊同士共有しているらしく、その精霊の情報網によるとレイドワーク一族は追放の先を読んで計画をたてていた。
私としては、その計画に乗る方が自分の為になると思ったわけだが――。
アリシアの行先を精霊に訪ね、精霊の力で風を操る。
目指すはアリシアが辿り着くと予測される獣人の国、ルフィル国へ――。
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