第4話

 ここまでやるか?と思いつつ、このままだと丸焦げは避けられない。

 古い馬車というのが救いかもしれないと、何度もドアに体当たりする。


 バァン!!


 何度目かの体当たりで開いたドアから、転げるように出る。

 いきなり大きな火にしたら寄ってくる魔獣もいるかもしれないと、小さい火にして離れて行ってくれたのが幸いした。

 壁に少し火が付いてきた程度で抜け出せたのだ。


「さて、縄抜けね」


 そう言っても、後ろ手な為、ナイフを取る事ができない。

 手近に鋭利で丁度良い大きさの石がないか周囲を探す。

 火の光がちょうど良い灯りとなっているが、いつまでも此処に居るのも危険だろう。


 グァアアアアア


 ズシンッと地面が揺れ、咆哮が聞こえた方へ視線を向けると、熊のような獣が居た。

 確か……熊は火を怖がらないと言うけれど、熊のような魔獣もそうなのだろうか。

 後ろ手で縛られたままでは、走る速度も出ないし、武器もない。

 生きる事を諦めるつもりもないが、この状態を打破する方法が一切思いつかない。

 せめてもの矜持として、真っ直ぐ見据えて姿勢を正す。

 お前になんて怯えていない、というように。


 今の私は、すでに餌の立場でしかないだろう。

 マユに会えて良かった。

 お父様、お母様、ごめんなさい。


 走馬灯のように様々な感情が沸き起こる中、後ろに大きな気配が現れる。


 ガルルルルルルル


 振り向かなくても分かる、魔獣の唸り声。

 挟み撃ちにされていることはスグに理解した。

 え。

 なにこれ……。

 ストーカー王子と三馬鹿ぁあああああああ!!!!!!!

 一気に恨みの心が募る。


 ガァアアアアアアアッ


 後方からの咆哮。

 すでに振り返る余裕もない。


 ――終わった――


  そう思った瞬間、前方に居る熊の魔獣が怯んだ。

 視界の端に銀色の何かが過ぎ去ったかと思ったら、熊の魔獣に襲いかかる。

 喉元に噛みつき、少し蠢いた後、動かなくなる熊の魔獣。

 勝負はほぼ一瞬だったけれど、私の現状はほぼ変わっていない。

 より強い魔獣の餌になるだけの話だ。


 だけど――


 恐怖より、惹かれた。

 口元にある赤ですら、ただのアクセントのように。

 美しい銀の毛皮を纏う、狼のようで狼より大きな魔獣。

 その立ち姿は神々しく、光り輝いているようで。


「――綺麗――」

「……怪我はないか?」


 低い響くような心地いいテノールの美しい声。

 周囲に人はおらず、狼の口が言葉に合わせて動いたのを、なんとか頭で理解した。

 つまり……狼が喋ったのだ。

 それが意味するところは、このアズール国にはいない獣人という存在を示していることになる。


 ポツリと、呟く。


 それを聞き取ったかのように、大きい狼はピクリと身体を揺らし、ゆっくりと振り向いた。

 その狼のような魔獣が持つ美しい金の瞳に吸い込まれそうになる。


 ゆっくりと、狼が私に近づこうとするが、私は魅入られたように動けない。

 一歩、一歩。

 距離を縮め、そして……私の前で、伏せた。


 ……伏……え?

 パーティの後から今に到るまで、色々なことがありすぎて、その情報量からすでに頭がパンクしそうだ。

 何でこの狼は私の前で伏せって居るんだろう。

 餌の前で伏せる儀式でもあるんだろうか。

 そんな意味の分からない思考がよぎった時、更にパニックになる事態が私を襲う。




 ◇




 隣国ルフィル国。

 この国は人間が少数で、ほぼ獣人で構成されている国である。

 王は5年に1回、トーナメント形式で戦い、一番強い者が治めるとされているが、ここ数十年は竜族が取り仕切っているらしい。

 らしい、という曖昧でしかないのは、私の勉強不足だということはなく、そもそも情報自体が簡単なものしかないのだ。

 そもそもアズール国は人間至上主義で、獣人を下等生物かのように差別しているためでもある。


「俺は獣人で間違いない。フェンリルのディルだ。アリシア・レイドワークで間違いはないか?」


 初めて出会った獣人に、どう対応して良いのか、少し悩んでいたら、向こうから声をかけてくれた。


「そうだけど……どうして私を知っているの?」

「精霊たちに頼まれてルフィル国王の命令で迎えに来た。国王自ら動くと色々問題があるが、俺なら小さくなれば狼くらいに思われる程度だろうからな」


 小さくなるって……実際はもっと大きいのかな……。

 というか精霊って?ルフィル国王自らってどうなっているの?


「マユという聖女が精霊に頼んだらしい。レイドワーク一族の元にもルフィル国から伝言が向かってるだろう。アリシアの方は何か不穏な様子だと精霊が言うから俺が来たまでだ。」

「マユが!?」


 何をしているのだろう、マユは。

 精霊なんて話、聞いたこともないんだけど……。

 何、聖女って色々規格外なの?


 ぐぅうううう~~~~~~


 緊張もほぐれたのか、いきなりお腹が空腹を訴える音を出してきた。


「っ……」


 こちとら一応令嬢である。テノールの声からいって、年齢は不明だしフェンリルだろうとディルは男性。

 恥ずかしげにチラっとディルに視線を投げると、銀の毛がフサフサ揺れているどころか、体自体ふるふる震えて、声を押し殺して笑っているのがわかる。


「休みなく馬車が走り続け、ここに捨てられたと聞く……早くルフィル国の王城へ向かおうか」


 ひとしきり笑ったディルは、こちらを見て言い切った。

 しかし、隣国へはここから馬でも七日かかったような記憶があるのだけど……。


「……七日間、私は空腹状態を維持ですかね」


 ぽつりと心の声が漏れたようで、ディルは目を見開いた後、また声を抑えて笑っている。

 なぜ?


「そうか。アズールの国は獣人のことを全く知らないんだったな。俺の足なら一刻もかからん。普段の大きさに戻って走るつもりだしな」


 サラっと言ったが、人間社会で生きて来た私としては、とんでもなく凄い事ではあるんだけど。


「では……お邪魔して……」

「念のため、風の精霊に守ってもらうが、しっかり捕まっているにこしたことはないぞ」


 そう言ったディルの身体は大きくなり、4つ足歩行なのに顔は私の頭上より高くなった。

 驚く暇もなく周りの風が舞ったかと思ったら、フワリと体が浮き、ディルの背にまたがる形となった。

 私、一応ドレスなんですけどね、と思ったが、幼い頃はドレスで木登りしてたし今更かと思い直す。

 とりあえず今は空腹を満たすために、早くルフィル国へ連れていってもらおうと思い、しっかりとディルの毛にしがみついた。

 ……うん。ふわふわ。そして毛しか持つところがない。

 ふわふわもふもふを堪能しようと思った瞬間、とてつもない風が吹き抜けた。

 今、ディルが走ったのだろう。

 物凄いスピードで景色が変わるが、私にはそよ風程度しか感じない。

 さっきディルが言っていた風の精霊によるものなのだろうか。

 怒涛のように色々な経験をしているような気がするが、今気を抜いたら寝てしまいそうだな、と思いつつ、食事にありつけるまではと気を張ることにした。





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