第2話


「あら?聖女様ではないかしら」


 人のざわめきと共に、茶色の毛先から根元にかけて黒にグラデーションをした髪をした少女の隣に立つ殿下が渡り廊下に姿をあらわす。

 こちらに気がついた少女が向かってこようとしたところで、殿下が手で制した。


「マユ。下賤の者に近寄るな。嫉妬で何されるか分からないからな」

「あちらにおられるのは王妃様ですよ?」


 少し低いトーンでマユと呼ばれた少女は殿下に返す。


「マユは聖女だ。父である国王より地位は高い。誰にも気を遣うことはないのだ」

「……タヒれ」


 ん?

 向こうの言葉なのか、聖女様が殿下に向かって諦めた顔をし小声で何か呟いた後、歩いて去って行った。


「……8歳の時に、俺は獣人になる!と言って突然出て行った第二王子を連れ戻すか、三人目でも産もうかしら。」


 冷めた目で後半とんでもない事を呟いた王妃様に背筋が凍った。

 怒りの感情を向けられる方が余程良いであろう。

 王妃様は殿下に対し、完全にどうでも良い、無感情、興味がないといった感じであった。


 王妃様や聖女様に、あんな顔をさせるとは、一体殿下は何をやっているのか……。

 知りたくない。




 ◇




 学院の昼休み、人があまり来ない裏庭の木陰で一人食後のティータイム。

 なんだかんだとレイドワーク辺境伯という肩書きはそれなりに有名で、更に殿下の婚約者ともくれば、令嬢が御機嫌伺いに来たりするのだが、私はそういうのに一切興味がない。

 横の繋がりだの、派閥だの、面倒くさいし、必要性を感じないのだ。

 そんな労力をさくほど、殿下に対して尊敬もしていない。

 むしろ欠片も人と思っていない。


「レイドワーク様?アリシア様?嬢?」


 小さな声、疑問形満載で呼びかけられ声の主を探すも、見当たらない。


「ごめんなさい、頭上から失礼します。私、宮野真由と……あ、マユ・ミヤノと言います」


 ふと頭上を見上げたらグラデーションの髪に黒目の少女が木の枝に座ってこちらを見ている。

 私がジッと見つめ口を開こうとしたところで、マユから制止の声が入る。


「無礼なのは承知ですが、殿下から逃げてきたのです!バレないようにお願いします!目線は前!」


 小声で叫ぶように言う。器用だ。

 しかし逃げてきたとは……しかも木の上。

 まぁ、それならと背を木に預け、紅茶を飲みながら話をする。


「えーと……ミヤノ様?どうされましたか?」

「マユでお願いします。マナーとかよく分からなくて。えっと……どうお呼びすれば失礼ではないのですか?」


 なるほど、異世界から来られた方ですからね。

 こちらの世界のマナーは分からなくて当然ですね。


「アリシアで良いです。と言われても、呼び捨ては周囲の目に良くうつりませんから敬称をつけるのが良いですよ。なので私はマユ様とお呼びしますね。」

「ありがとうございます、アリシア様。実はハイルド殿下の事でお話がありま……」

「聞きたくありません」


 遮るように声を被せた。

 マナー?何それ知りません。


「いやいやいや、婚約者ですよね!?」

「ものすごく、とてつもなく、これでもかって言うほど不本意ながら、王命により。」


 聖女に言うべき言葉じゃないとしても、とりあえず真っ向から否定。

 何を私に言いたいのか分からないし、まず本心をぶつけておく。


「あー……」


 マユ様の諦めたような声が聞こえる。


「付きまとわれて……鬱陶しかったから……どうにかして欲しいと思っ」

「無理です」


 マユ様の願いを一刀両断。

 殿下が私の話を聞いたことなんて、一度もない。

 がっくり肩を落としたマユ様は、何かを呟いている。


「いやいや、そもそも異世界転生って何なのよ。しかも聖女とか。まさかのヒロインポジ?と思ったけどアリシア様は悪役令嬢っぽくないし。やっぱこれヒロインが逆断罪コース?いやいやいや、あんな王子いらないし困る。私は自由に生きたいし。どうあがいてもあんなん王子って思えない馬鹿だし。だいたい堅苦しいのよマナーとか。」

「マナーが堅苦しいには同意ですわ」


 殿下に対する不敬(事実)はスルーして放った私の言葉に、目を見開いて見つめたあと、マユ様はこう言った。


「お友達になってください!!!!!」




 ◇




「異世界には、そういった物語があるのね」


 殿下に見つからないよう、裏庭で一番大きな木の上でマユとティータイムが恒例となった。

 殿下の婚約者という肩書きもあって、一応令嬢っぽく振舞っているが、本来はこうやって木登りしている私としては、マユ様とはマナー関係なしに付き合えるのは心が安らぐのだ。

 あまりに気が合いすぎて、今や敬語もなく、くだけた感じだ。

 もはや仲の良い友達。マユ曰く親友!だ。


「そうなのよ。そうなると私ってヒロインで、悪役令嬢を断罪してハッピーエンドというゲームを元にして、悪役令嬢が主役となりヒロインに逆断罪する!って言っても、私は物語の中のヒロインのように欲はないし。つか、殿下がありえない。アレと結婚なんて無理。無理無理無理。」


 ため息混じりに話していたマユだが、後半は物凄く嫌そうに顔を歪めた。

 異世界の物語も面白い。そもそもマユがこちらの世界に来てからの話も聞いていたが、確かにため息しか出ないような状態だった。


 マユは向こうの世界でも学院のような所に通っていたが、そもそもそこまで勉強もしておらず、友達と遊んでいたらしい。

 おしゃれをして、美味しいものを食べて、遊ぶ物もたくさんあるような世界で、マナーはこの世界ほど厳しくもない。

 身分に囚われず、皆が皆、自由に生きているような世界だったらしい。

 それがいきなりこちらの世界に来た上、聖女だと言われて戸惑っている内に、殿下がマユの世話係として付きまとってきたらしい。


 最初は心細かった為、放置されず助かっていたようだが、この世界で生きて行くと切り替え、聖女としての役割を学ぼうとすると「マユは居るだけで良いんだ」

 この世界のマナーを学び、あまりの厳しさに涙を浮かべつつ頑張っていると、マナー講師を見かけなくなり「あいつはマユを泣かせたから辞めさせた」

 女は女同士と思い、他の人とも交流を深めようとしたら「お前らのような者がマユに近づくな」

 挙句、ずっと側に居るというので、全く気がぬけなかったそうだ。


 自分の意思というものがなくなりそうで、存在がよく分からなくなるほどになってきた時、殿下に婚約者がいるという噂を聞き、私が昼休みは裏庭に居ると調べ、逃げて木の上で待っていたそうだ。

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