【完結】聖女と共に暴れます
かずき りり
第1話
「アリシア・レイドワーク!お前との婚約は破棄だ!」
今日はアズール国王の第一子であり王太子、ハイルド・ラスフィード殿下が18歳を迎える誕生パーティーで、主役の殿下は自慢の金髪をなびかせ、鋭い碧眼で私を睨みつけながら言った。
殿下の婚約者とは、まぎれもない私。
いや、もう過去形でも良いかな?
そう、たった今、婚約破棄を突きつけられたのは、まぎれもなく私なのです。
「お前のような陰険で陰湿、影で人を貶めようとしたり殺そうとしたりする奴は、国母に相応しくない!」
ザワザワと周囲が騒ぐ中、姿勢を正し、自慢の赤髪を翻し、紫の目でしっかり殿下を見つめる。
「身に覚えがありません」
「嘘をつけ!異世界より召喚された聖女を、嫉妬により虐め、あまつさえ命さえも狙ったではないか!」
より一層ざわめく周囲。
聖女というのは、国の安寧を保つ為に異世界より現れた女のことだ。
今代の聖女は茶色の髪だったが、その根元は黒い。
黒髪に黒目と、遠目からでも目立つ容貌を持つ聖女は、ただいま眉間に皺を寄せながら、頭を押さえている。
「私も、虐められた覚えはありません」
嫌々ながらに顔をあげ、聖女は発言する。
「マユ!君が優しい女性だという事は知っている!しかし庇う必要はない!これは重罪だ!どんな事があっても許してはいけない!」
そもそもが冤罪です。
と、言いたいところだが、マユがますます眉間に皺を寄せた。
この先が予測出来ているからだろう。
可愛らしい顔が台無しだ。
「アリシア!お前を国外追放とする!そして、私はマユと新たに婚約をし、更にアズール国を発展させていく!」
マユは真っ青な顔をして頭を抱えた。
きっと叫んで暴れ回りたいのを必死に我慢して居るだろう。
あ、ご愁傷様です。
さて、私は一族の予定通りに動くとしましょうか。
国外追放万歳。
―――私達一族は、マユの情報から得て、下準備はしっかりと整えてあったのだ―――
◇
人間・獣人・精霊・魔獣など、様々な生き物が生息して居る世界で、アズール国というのは『人間』のみで構成されて居ると言われている国だった。
そもそも国の成り立ちが、精霊を見る事が出来ない人間は獣人に虐げられ、魔獣に殺されながらも生き延びてきた人たちを憐れに思った神が異世界から聖女を喚び、荒れ果てた地を聖女の力で植物を植え人が住める環境を整えたとか。
そしてアズール国では人間達が人間達だけでのびのびと暮らせるようにとか。
そんなこんなで、平和に長いあいだ暮らしていた人間の王様に緊張感がなくなり、第一王子は脳内お花畑とか。
……失礼。事実ですので。
そんな王家に対し、言葉にせずとも民衆の総意は同じだという現在の状況。
緊張感がなくなったと言え、国王は民意を理解していて、第一王子が16歳となる年、王立学院に入学して変な虫(令嬢)がつく前にと、民衆に慕われている辺境伯の14歳になる娘との婚約を王命にて取り決めた。
そう、その辺境伯の娘が私、アリシア・レイドワークである。
レイドワーク辺境伯領は国境沿いにあり、魔獣の侵略から国を守る仕事がある。
そのためレイドワーク一族は皆血気盛んで、領主である父は自らが率先して魔獣を狩り、それを領民に食として振舞うような土地だ。
むしろ父的には「肉をやるから畑でとれた余っている野菜くれ!」という感じで、物々交換が基本となっていて、税率は最低限だったりする。
両親や二人の兄と育った私も世のご令嬢が宝石だドレスだマナーだ、といったことより、馬に乗り駆け回り、魔獣を狩る方が好きだ。
「アリシアが王命にて、第一王子の婚約者と決まった」
と、父が告げた時。
「破棄で」
とすかさず言った母。
「王命だから断れないだろ。殺すか?」
と17歳になる年の長男が単細胞のように言う。
「不敬だぞ。隣国に引っ越すか?」
と王太子と同じ16歳になる次男が言う。
家族や領民に迷惑をかけることもできない為、王妃教育だの、殿下との仲を深めるために行う月1回のお茶会の為、私は王都の屋敷に兄二人と共に住むことにした。
本来であれば、私も16歳になる年から3年間だけ学院に通うため王都で我慢して生活するだけだったのにな、と思う。
◇
そして、第一王子ハイルド・ラスフィード殿下との初めての顔合わせ。
国王、王妃夫妻と殿下。
私の両親と、私の6人で、お城の中庭でお茶をしている時に、殿下は言った。
「どうして私が辺境伯の田舎娘ごときと婚約せねばならぬのだ。しかし父上が決めたことには逆らえないからな。仕方なく婚約してやる」
焦った国王様だが、息子を窘める言葉は出てこないようだ。
「そうですね、王命には逆らえませんから。」
裏に「こっちも同じだ」という意味をこめ、私も言う。
殿下は、なんだこいつ。という顔をし、国王様は真っ青になっているだけで何も言わない。
そんな国王様でも立てる為か、ただ国王様と息子に冷たい目線を投げかけた王妃様は、私に対し申し訳なさそうに目を向けた。
殿下との月1回のお茶会は、お互いが渋々行っている感が満載で、何かにつけ辺境伯の血を下賤だと言いたげにしていた。
私的には、美味しい紅茶と美味しいお菓子にありつける日で、殿下の嫌味は完全無視という日々が過ぎ、王妃教育が順調な私も王立学院に入学した年のことだ。
城の中庭にある湖から、少女が現れ、異世界からの聖女となったという情報が駆け巡った。
「……と、言うのであれば、本来なら貴女に聖女様を任せるべきだと思うのだけれど……」
王妃様は優雅にお茶を飲みつつため息をついていた。
聖女が現れた為に、今月のお茶会は殿下の代わりに王妃様が来てくれた。
なぜ殿下が来ないのかと言うと、現れた聖女に舞い上がり、付きっきりでお世話をしているそうだ。
「聖女様は国の安寧に必要な方ですからね。殿下が側に居られるならば安心ではないでしょうか」
正直、顔を合わせなくて清々する、という本心は表には出さない。
確かに女性は女性、男性は男性に教えを学ぶものではある。
王妃教育だから王妃様が教えて下さるのであって、国王が教えるものではないし、令嬢のマナーも貴族家出身の侍女から教えてもらったりする。
周りから見れば、婚約者を放置して別の女性に擦り寄ってるだけにしか見えない。
あの殿下のことだから、どうせ異世界の血だ!凄い!聖女だ!尊い!とか思ってそうだ。
脳内では馬と鹿がダンスでもしているのか。
……あぁ、馬と鹿に失礼でしたわ。
殿下よりも人々の役に立って下さるのに。
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