ベネリとマルゴと、冬の女の子(後)
マルゴとサラセを連れて、カラジャリーさんは戻った。
「この子の話を聞くがいい」
二人がアレフに気づいて驚く。
「アレフ!」
「この子、魔女の子?」
「サラセ、やめなさい」
マルゴがたしなめる。みんな知ってるとおり、魔法使いは善きもの、魔女は悪しきものなのだ。
「さあ、教えてくれ。セイラがどこに消えたのかを」
マルゴとサラセが息をのむ。
「彼女は、冬になった。今はセイラじゃなく、"冬"だ」
セイラは生まれつき、少し体が弱かった。
みんなと一緒に遊べたのは5歳までで、その冬に肺炎をこじらせてからは、家を出ることもできなくなった。
「私、冬が好き。体をなおして、またみんなと雪あそびがしたいな」
自室の窓から、降りつもる雪を見ながら、彼女はよくそう言っていた。
「これはマルゴ姉さん、こっちはサラセ、家にはお父さんとお母さん」
セイラは絵が上手かった。
プレデ爺さんの余らせた絵の具をもらっては、よく絵を描いていた。
題材はいつも家の前で、そこには家族がいて、白銀山脈が描かれていた。
いつだって雪の中だった。
「お前は体が弱い。冬は外に出てはいけないよ」
いつもカラジャリーさんが注意していたのに、その冬セイラは一人で外に出てしまった。
そして、消えた。
村のまん中の広場だ、そんなところで足跡がとだえるはずがない。
誰かが言った。
「灰色タカか、大トビにさらわれたのさ」
誰かが言った。
「足跡は吹きだまりで消えたんだろう。セイラはきっと川に落ちたんだ。もうあがってはこないだろうな。かわいそうに」
カラジャリーさんたちは必死で探したが、春になってもセイラは見つからなかった。
キリエも手を貸し、全力を尽くしたが、やはり見つからなかった。
キリエの能力をうたぐるわけではなかったが、それ以来、一家はあまりキリエと接することがなくなった。
母親も体が弱り、それからしばらくして亡くなった。
カラジャリーさんはいっそう気むずかしくなり、マルゴとサラセはそんな父親をさけるようになった。
セイラが消えて、十年がたった。
キリエが息子を連れてきた。
息子のアレフは、セイラの話を克明に語りだしたのだ。
「セイラは絵が好きだった。でもカラジャリーさんにしかられるからって、できた絵を隠すようになった。最初は本棚のすき間とか裏だった。でも、カラジャリーさんは目ざとく見つけるし、だんだん体も弱くなっていって、本棚まで歩くのも大変になった。だからベッドの寝板に細工して、そこに隠せるようにした」
「その話、私たち以外誰にもしてないのに……!」
サラセが息を呑んだ。マルゴがたしかめようと立ちあがる。
「マルゴ、絵を取ってくるなら、セイラの画板も持ってきて。ベッドの壁がわに、滑りこませてある」
アレフが言う。
「最後の冬、セイラはほとんどベッドを出られなくなった。それでも絵が描きたかったから、画板はいつも枕元においた。そのころだ。冬が彼女をおとずれたのは」
サラセは一度だけその話をした。
よりによって、相手はカラジャリーさんだった。
「ねえお父さん。私のところに、冬がくるの。私、冬になるのよ」
そういって見せた絵には、まっ白な女の子が描かれていた。
「馬鹿なことを言ってはいかん。さあ絵なぞ描くのはやめて、暖かくして寝なさい。春になれば、またみなで湖にいこう」
「でもね彼女はもう、その冬を越せないと知っていた。お医者さまも、そう診断してた。この暖炉で、そのことをカラジャリーさんに伝えたとき、セイラはそこにいたんだ」
アレフは階段のあるほうの壁に指をさす。
「カラジャリーさんが大きな声で、『馬鹿な』といったから、起きてきたらそんな話をしていたって」
「あの子に生きて欲しかったんだ。だから一時でも多く休んでほしかった。なのにあの子は死に、そして妻までも」
カラジャリーさんが顔をおおって嗚咽する。
「それはセイラも知ってる。でも、彼女の話を信じてもらえなかったのは悲しかったって」
「すまなかった。本当にすまなかった」
マルゴが画板と絵をいっしょに持って階段をおりてきた。
アレフは画板だけを受けとり、
「動けなくなったセイラは、ベッドの寝板に絵をかくすのもおっくうになった。それで、彼女は工作の得意なベネリに画板を作ってもらったんだ。サラセは知ってるだろ? 手紙を持っていって、ベネリに頼んだのはサラセだ」
サラセがうなずく。
目には大きな涙がいっぱいにたまっている。
画板は質素なものだったが、少し厚みがあった。
「この画板は、お腹につけるところが簡単にはずせて、そこが絵のかくし場所になってるんだ」
アレフが言ったとおりの場所をはずすと、両手ぐらいのサイズのスケッチの紙がたくさんこぼれてきて、床にちらばった。
「セイラがカラジャリーさんに見せたのは、これだろ?」
それは、窓の外でにっこりと笑う、まっ白な女の子。
その夜、三人は長い話をした。
翌日、カラジャリーさんは、マルゴとの結婚を許すとベネリに言った。
結婚式のマルゴの澄んだ綺麗さは、まるで冴えた冬の日のお姫様の様だったさ。
式が済むと、カラジャリーさんはベネリの兄弟たちを家によびよせ、そこに住まわせた。
学校にも通わせてくれて、みんな大喜びした。
雪の多い夜に、カラジャリーさんは、暖炉ぎわで幼い子らに語るそうだ。
「むかしこの家には、セイラという子がいた。ベネリは知っているな。心の優しい子だったが、体は弱かった。ある冬、セイラは外にでて、そのままいなくなった。セイラは冬になったんだよ」
「冬って、どんなの? 雪のこと?」
幼い子たちが聞く。
「冬は冬だそうだ。冷たい風、どっさりの雪、温かい暖炉。そういうもの全部だそうだ。アレフが私に教えてくれたのだよ」
「アレフなら知ってる! 手のつけられないガキ大将だって、大人がみんな言ってるわ!」
「風を使えるんだよ! それで、ジュアンとジュジュをたすけたんだ!」
カラジャリーさんが、暖炉でニコニコと笑っている。
暖炉のうえには、白い女の子のスケッチがある。
冬が来るたびに、この家は、この村は、セイラのやさしさに包まれるのだと知っているから、誰もがそんなにふうに優しく笑えるのさ。
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