ベネリとマルゴと、冬の女の子
ベネリとマルゴと、冬の女の子(前)
その日が女の子にとって、どうして一番待ち遠しいか、わかるかい?
それは、人生で一番美しくなれる日だからさ。
ベネリとマルゴの結婚式が行なわれたのは、水中月の頭ごろ。
その日が村の結婚式を行う日と、ずっと昔から決まっていた。
ずっと昔がいつだったかって?
そんなの誰にも判りゃしないさ。
とにかくずっと昔、キリエが生まれるよりも、村長さんやジョウニー婆さんが生まれるそれよりも、ずっとずっと昔から決まっているのさ。
みんなも知っての通り、子供たちはこの日が大好きだ。
収穫祭の次ぐらいに好きかもしれないね。
なにせ、村は総出で浮かれていて、旨い物がたくさん出てくる。
小さな子が喜ばないはず無いさ。
さてこの年、村には三組の夫婦が誕生した。
ラサラとテヅエン。
二人はブドウ畑の小作の子同士。
ジェッカレとソネ。
樵と猟師の、家が隣同士の二人。
そしてなんといっても、ベネリとマルゴさ。
なんたってマルゴは、村で一番大きい畑を持つカラジャリーさんの一番上の娘だから、自然と注目されてしまう。
カラジャリーさんの家は娘ばかりだから、マルゴの夫となれば、やがてはカラジャリーさんのあとを継ぐことになる。
なのにマルゴのところには、今までちゃんとした男が現れなかった。
マルゴが不器量だったのか、だって?
まさか。村一番といわれる三女のサラセには到底及ばないが、ぽっちゃりとしていて、目なんかもくりっと丸くて、人好きのする顔だったさ。
それより問題は、カラジャリーさん本人のほうだった。
カラジャリーさんは苦労人でね。
幼い頃は食うや食わずといった生活の中、たくさんの妹や弟たちの先頭に立って、病床の母親を助けながら生きてきた。
前の麦畑の主だったセリタさんに働きぶりを気に入られ、どうだと乞われて婿入りしたんだよ。
責任感の強い男だったから、それ以来必死に地所を守ってきた。
働き者ってのは大体そうだが、カラジャリーさんも頑固者でね、そのせいで、家族やした働きの者たちと揉め事を起こすことも少なくなかった。
そのことを村の者はみんな知っていたから、マルゴに男が寄り付かなかったのさ。
ベネリなら、働き者だからすぐに気に入られたんだろうって?
冗談じゃない。
自分と似たような男だったからこそ、ベネリとマルゴの婚約を認めさせるのは、大変だったんだよ。
マルゴがベネリと共にカラジャリーさんを訪れたのは、収穫祭の少し前。
そのときのカラジャリーさんの反対の仕方といったら、そりゃあもう、
「お前は誰だベネリ。この前までは三女サラセ、次に私の長女マルゴをたぶらかして、この農場を持ってゆくつもりか? 恩知らずのあさましい奴め。お前はくびだ。帰れ。二度とここに現れるな」
まずもって言いようがひどい。
自分のことを棚に上げて、ベネリを盗人あつかいだ。
「お父さん、そのような言い方は、彼に対してひどすぎるわ」
「だまりなさい。私はこいつと話しているのだ。お前は部屋にもどっていろ」
もの申したマルゴにもきつく言い、怒ったマルゴは家を出て行ってしまった。
残されたベネリも、ショックを受けた様子だったが、
「また彼女を連れて出直します」
丁寧にあいさつしてその場を辞した。
「二度と来るな、といったはずだ」
「また来ます」
「来んでいい。お前はくびだ」
くびも何も、ベネリはカラジャリーさんには雇われていない。
収穫やワインづくりなど、たまの人手に請われはするけど、そちらはこの日に終わっている。
困惑はするものの冷静なままのベネリとは正反対に、日焼けした禿げ頭をてっぺんまで赤くして、カラジャリーさんは怒っていた。
羊を連れて出て行ったベネリは、道でアレフたちとはちあわせ、そのあとマルゴを慰めながら家に戻した。
そう、収穫祭のあのときさ。
戻ったもののカラジャリーさんは家におらず、その日の話はそこどまりだった。
「カラジャリーさんはね、とても苦労なさったの。最初の奥さんは冬の寒さで死んでしまい、まだ赤子だったマルゴを一人で世話していたの」
暖炉で、キリエは語ったものだ。
「次女のセイラは子供のころあそびに行ったまま、ゆくえ知れずになったの。おぼえてるかしら? 水前月の初め、ちょうど今ぐらいの日で、アレフ、あなたはまだ三歳だった」
アレフは少し首をひねって、思い出せないことを伝える。
「母さんは探せなかったの?」
「足跡が一つだけあった。でも、それは村の広場の真ん中で消えていた。他には痕跡も無かったわ。崖や沢のガレ場へいったけれど、そこにも何もなかった。あの子は唐突に消えたの」
「魔法のように?」
キリエが肩をすくめる。
緑の魔女だからといって、この広い世界の何もかもを見通しているわけじゃない。
「じゃあさ、」
アレフはこともなげに言った。
「風に聞いてみるよ」
アレフが言うには、風には記憶があるのだそうだ。
風の精はひとかたまりになって世界をめぐり、また戻ってくる。
風はみんな好奇心が強い。
そして、おぼえているのは全ておぼろげな光景で、言葉ではなくその記憶で語ってくるのだと。
「初めて聞くことばかりだけど、風はあなたの専門だものねアレフ。わかった。風に聞いてみてくれる?」
アレフはそうした。
家の外にでて、風の集まるところで耳をすませる。
耳をすませると言っても、遠くの音を聞くように、手のひらを耳の後ろに当てたりはしない。
目を閉じて、心を澄ませるというのに近い。
アレフは長い時間そうしていた。
日が落ちたころ、ようやく家にもどってきてアレフは悲しげに言った。
「セイラはもう戻ってはこないって」
「セイラは死んでません」
その夜、カラジャリーさんの所にゆき、キリエが言った。
「ただし生きてもいません」
「どういうことかね? 何かのまじないの話か?」
「アレフ、話して」
キリエの後ろに隠れていたアレフが、前にでる。
「風に聞いた」
また何を言い出すのか、とカラジャリーさんはいぶかしむ。
「最近、風に目覚めた、とあんたが言っておる息子じゃな」
うたがっている、とまではいかないが、信じてもいない様子だ。
歳をとると、こういうふうに物事をあいまいなままにする人は多い。
「聞いたんだ。セイラの声を」
「たわ言は聞かん。息子を連れて帰るがいい」
「彼女は、人間ではなくなったんだ」
「帰れと言っておる」
「彼女は、冬になった」
「黙……!」
黙れ、と大声を出そうとしたカラジャリーさんの言葉が、途中でとまる。
浮いた腰をイスにもどし、しばらく呆然としていたが、立ちあがって暖炉に薪をくべると、そこにイスを集めて言った。
「ここで待っていてくれ。みなを呼んでくる」
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