冬山の捜索と風の声
風の声と冬山の捜索(前)
自然が最も恐ろしいのは、雪の降るこの季節だ。
雪の手のひらは白く滑らかだが、冷たい死の香りがつきまとうのを、私らは知っている。
テレマフの幼い兄妹の姿が見えなくなったのは、水前月のとある日暮れだった。
その日の昼ごろ、二人は野草を探してくると言って家を出た。
「あまり遠くに行ってはだめよ。森には決して入らないでね」
母親は兄妹に毎度の言葉をかけた。
だけれど陽が沈んでも、二人は帰ってこなかった。
テレマフ夫妻は真っ先に村長を訪ねた。
「子供たちが帰ってこないんだ。火傷につかう野草を取りに行ったまま、まだ戻らない」
村長は村の男たちを集め、手に手に松明を持たせて子供たちの行方を捜した。
それからおろおろと涙ぐむテレマフの妻に、キリエを呼びに行くよう言いつけた。
ちょうどそのときキリエの家にウィージェが訪ねていて、キリエやガリオラたちと暖かい暖炉の前で歓談しているところだった。
「キリエ、キリエ、助けておくれ、私の子供たちが帰ってこないの!」
「まあ、なんですって?」
キリエはテレマフの妻、ザーラを家に上げ、熱い茶を持たせて話を訊いた。
「ジュアンとジュジュが、いないって?」
話を聞きつけ、アレフも二階から降りてきた。
「野草を探しに行ったらしいの」
「どんな?」
「火傷に使うって言っていたらしいわ、だから、ハシバエイの実か、それともセンポウ杉の樹脂……こっちは子供には無理ね」
「あの子たちには森に入るなときつく言ってあるのに、ああ神様! 大地の守護よ! 私の子供たちをお守りくださいまし!」
ザーラの言葉に、ガリオラが渋い顔をした。
「大地の守護の名を出されちゃ、私が何もせんではいられないだろうなあ。アレフや、その子らが行った場所の見当はつくかい?」
「ハシバエイの群生なら幾つか知ってる。でも、ジュワンたちに教えたのは一ヵ所だけ、だからそこに居ると思う」
「よし、行ってみよう。アレフ、案内してくれ」
一番に立ち上がり、外套を着込み始めたのはウィージェだった。
アレフも急いでそれに倣う。
「二人ともこれを持って行って。どちらにも森の精霊の力が宿っているわ」
キリエに手渡された木片を、二人は懐深くにしまいこんだ。
家を出ると、村は吹雪きはじめていた。
「これは急がないと足跡が消されてしまうな。アレフ、ナイフを持ってきているのなら、下着の中に入れておけ。体温を保持できるし、凍り付いて使えなくなることもない」
「分かった。ウィージェ、こっちだ!」
二人は真正面から叩きつけてくる風を割って、道を進み始めた。
村と森の境界、里山では幾つもの松明が灯っていた。
大人たちは一帯をしらみつぶしに探していたが、二人の痕跡は見つからなかった。
アレフとウィージェは彼らには加わらず、自分たちのルートを急ぐ。
「ここ。この茂みを分け入ったところなんだけど……」
ウィージェが枝を切りはらい、新雪の積もったところを重点的に探す。
アレフも頭を地面すれすれに低くして、兄妹の足跡を探した。
「あった!」
「これだ!」
二人は同時に痕跡を見つけた。
今にも風に飛ばされてしまいそうな、小さな足跡が二つ。
周りには大きな足跡がいくつもあって、ほかの大人たちもここを探したらしいが、眼の高さに張り出した女王松の枝に邪魔されて、見落としてしまったようだ。
森をよく知るアレフとウィージェでなければ、これを見つけられはしなかっただろう。
「おおい! こっちだ! 足跡を見つけたぞ!」
ウィージェが声を張り上げると、大人たちが集まってきた。
「どこだ? どこだ? おお、なんてこった!」
大人たちが集まり、かすかな足跡に気づいてなげく。
二組の足跡が向かった先は女王松の林の中。体の大きな者では、分け入ることも難しい。
せっかく手がかりをつかんだというのに、捜索はさらに困難なものとなった。
「アレフと俺が行こう。ロープをくれ! つなぎ合わせて、命綱にするんだ!」
男たちは命綱を括りあわせ始め、ウィージェはその端をつかんでアレフと林にもぐりこむ。
「頼むぞアレフ、こう枝が密生していては、俺でも足跡を探せない。お前の眼だけが頼りだ」
「ウィージェも待っていればいいのに」
「そうはいくか。お前一人行かせたとなれば、キリエに尻を蹴っ飛ばされちまう」
アレフは腰に綱をくくりつけ、ウィージェを先導して兄妹のかすかな痕跡を追った。
「二人は多分、ここからハシバエイの群生に近道しようとしたんだ。だけど、女王松の林は方向を見失いやすいから」
「ああ、だけどまずいな。ここをまっすぐ行くと、崖に落ちこむ」
ウィージェの悪い予感は当たった。
二人の足跡は、崖のところで途切れていた。
足跡があった部分だけ、雪が地面に大きく抉り取られている。
「雪庇だ。崖に降り積もった雪の張り出した部分に乗っかってしまったんだ。それで、落ちた」
「どうしようウィージェ、二人は無事なの?」
「この崖は傾斜が緩やかだし、下は下生えが密生している、子供なら命に別状はないと思う。しかし……まずい所に落ちたな」
山岳師のウィージェなら降りられない崖ではない。
だが、この天候では降りたらもう上がってはこれないだろう。
崖の先は吹雪いて、煙った暗がり以外には何も見えない。
悪いことに、命綱もちょうど伸びきってしまっている。
「一か八か降りてみよう。アレフ、戻って村人に綱を放すよう言ってくれ。それからその足で、お前の母さんにこのことを知らせてくれ」
「そんな! 危ないよ! 綱を持つ人がいなけりゃ、ウィージェでも帰ってこれない!」
「俺なら吹雪のやり過ごし方を知ってる。どこかに雪洞でも掘って、嵐が止むのを待つさ」
ウィージェは外套を被りなおし、崖の下を覗き込んだ。
「やれやれ緑の女王。お前さんの新しい恋人は、前にも増して命知らずじゃないか」
「ウィージェは無謀な人じゃありません。勇敢なんです」
キリエとガリオラが、茂みを割って出てきた。
他に数人の村人が、枝を打ち払いながらそれに続く。
「さあどうするか。こう雪が多くちゃあ、地の精霊もなかなか目覚めちゃくれん。木々も寒さにやられて、なかなか答えてくれないんじゃないかい?」
「私は木の言葉に耳を傾けたりはしません、一つになるだけ。でも、いくら探ってもあの子達の気配が見つからない。早くしないと手遅れになる」
キリエの表情が曇る。
「アレフ。もう私たちにはあなたしかいないの。力をかして」
「何をすればいいの?」
「耳をすませるの。風に、耳を預けて」
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