収穫祭のいろんな顔(後)

「祭りが始まったら、どこか離れた所で会えないかな?」

 翌日昼前にライラの家を訊ね、アレフは性急に切り出した。

「まあ嬉しい! じゃあ広場のはずれの物置の裏で待ち合わせをしましょう。シャーランの花輪を壁に掛けておくから、それを目印にしてね」

 シャーランはこの季節、里山を豪奢に彩る黄色い花だ。

 女の子はみんな、これで冠を作ったり髪飾りにしたりするのが大好きだ。

「わかった、じゃあ日暮れに」

「アレフ。私、絶対あなたが誘ってくれると思ってたの。だから本当に嬉しいわ」

 ライラみたいな娘にそこまで言われて舞い上がらない男の子なんていないさ。

 アレフはやに下がって、それから「じゃあ」といってライラに背を向けた。

 帰る道々、上機嫌でホウキ草を振り回していると、マルゴが女の子たちを集めて花飾りの作り方を教えていた。

 男の子たちは知らないんだが、シャーランの花は、きちんとした作り方で編むと、恋がかなうというまじないの力を持つそうだ。

 どんな編み方かって?

 それは女の子だけの秘密なのさ。

「やあアレフ。ほっほ、さては今晩の祭りにライラを誘いに来たのだろう。首尾はどうじゃったかな?」

「あ、こんにちは、村長さん」

 橋でちょうど村長さんの馬車とすれ違う。

 図星を指されまごつくアレフに、

「キリエは今日も帰らんそうだよ。ついでに他の村々を回って、農作業の指導をするとかでな」

と教えてくれる。

「はい、わかりました」

 音に聞こえた緑の魔導師がこんな片田舎で農法の伝授なんぞをしていると知ったら、皇都の魔術院にいる頭でっかちの学者連中は、一人残らず卒倒するだろう。

 もっともアレフときたら、

「それじゃあもうしばらくは朝になってもぐっすり眠っていられるぞ。ううん、でも夜は少しさびしいかもな」

ぐらいにしか思っちゃいなかったがね。

 そういえば、クランバルは本当にシャルを誘う気なのだろうか。

 昨日の言葉は本気だったのだろうか。

 だとしたら、クランバルはシャルなんかのどこが好いと思ったのだろう。

 ついでにベネリも、サラセを誘えたんだろうか。

 橋を越えて家に戻る馬車を肩越しにふりかえりながら、アレフは首を捻った。



 流陽の五つ鐘が鳴るころには、広場に設営されたテントの下で早くも酒盛りが始まっていた。

 傾陽の六つ鐘が鳴るころには潰れる者もではじめ、ようやく祭りが始まる隠陽の七つ鐘が鳴り響くと、酒の冷めた者から再び飲み始めるという按配で、村長さんが乾杯の音頭を取るころには、村の男たちはすでにぐでんぐでんに出来上がっていた。

「ろくに食べ物がないうちから飲むもんだから、あんなになっちまうんだよ」

「男ってのはいつまで経っても子供なんだから。目の前に餌をちらつかされると、我慢が出来なくなっちまうのさ」

「さあ、あんなろくでなしどもは放っておいて、若い子でも捕まえて踊ろうじゃないか」

 冷ややかなのは女房連中だ。

 その彼女たちにしたって、樽みたいな体をゆすって早速ジョッキに温めたワインなんぞをなみなみ注いでる。

 その周りを子供たちが歓声を上げながら駆け回り、叱られたり小突かれたりしている。

 それでもみんな笑顔でいるのは、今日が祭りだからだ。

 そんな様子を少し遠巻きに見ながらそわそわするのは、どこか物陰に恋人を待たせている若い奴らだ。

 どうやってこっそり抜け出すか、その頃合を見計らっているせいで気もそぞろになっている。

「俺、行ってくる。ふたりとも夜までいられるんだろ?」

「うん」

 男たちがためらうなかで、アレフはレニたちに暇を告げ、いち早く群集を抜け出した。

 そういえば、シャルにはもう声を掛けたのだろうか。

 ちょっと気になってそちらを伺うも、クランバルはぼんやりと踊る村人たちのほうを見るばかりだった。

 視線の先にはやっぱりシャルがいて、ちょうどアレフと目が合うと、特大の「イーッ」をしてきた。

 むっと来て同じことをやり返すと、シャルはぷいっとそっぽを向く。

 やっぱりシャルなんて駄目だ。

 あんなの女じゃない。

 アレフはぷりぷり腹を立てながら、暗がりのほうへ歩いていった。



「こっち、こっちよアレフ」

 穀物小屋の裏手まで来たところで、声がした。

 そっちに目をやると、壁のやや高いところに花飾りがうっすらと見えた。

 それからその下に、ライラの金髪の頭を見つける。

「待った? これでも急いできたんだ」

「ううん、ぜんぜん。でも一人で暗い所にいるのって、どきどきするわ」

 ライラの金色の髪を見ながら、アレフはふと聞いた。

「クランバルがシャルを誘うって言ってたけど、うまくいったのかな?」

「知らないわ。どうしてそんなことが気になるの?」

 ライラの問いかけに、アレフがつかの間うろたえる。

「し。誰か来た」

 物音に気づいて、アレフはライラとつみ上げたわら束に身を隠す。

 最初は微かな声と足音が、徐々に近づいてくる。

 若い男と女の二人組みのようだ。

 寄り添って、お互いの体に手を回している。

 二人は物陰に身を潜めたかと思うと、強く抱き合い始めた。

 腕と腕が絡み合い、荒い息遣いまで聞こえてくる。

「いこう」

「え?」

 アレフはライラの手を引いて、こっそりその場を離れた。

 二人の行為が親密すぎて、汚らしく思えたからだ。

「ああ驚いた。急にあんなことを始めるんだもの」

 少し歩いたところで、ライラがほっと息をついた。

「今の、サラセとエゼラだった」

 エゼラはブドウ守で、教会の仕事に熱心な若者だ。

 この間までは彼女の姉のマルゴと仲が良かったはずなのに、サラセとあんな事をしているなんて。

「本当に? 顔はよく見えなかったわ。だけど、いつの間にあんなことになったのかしら」

「知るもんか。許せないよ。あんなの裏切りだ。マルゴがかわいそうだ」

 憤然とするアレフを慰めるように、

「そうね。サラセも前はベネリと仲が良かったはずなのに、今じゃ口も利いてあげないんだもの」

「ベネリとサラセが? 知らなかった」

「うん。隠してたみたい。サラセはそういうことをするって、みんな言ってるわ。それで、いろんな男の人と遊ぶんだって」

 ライラがあまりに淡々と言うので、アレフは頭が混乱してきた。

 そんな話を聞いて、胸がむかついたりしないんだろうか。

 シャルだったらこんなとき、きっとアレフと一緒に怒ってくれるだろうに。

「あ……花飾り、置いてきちゃった」

 ライラが惜しげに来し方を振り返る。

 いまさら戻るわけにもゆくまい。

 あちらではまだあの二人が抱き合っているはずなのだ。

「しょうがないよ、あきらめて、また作り直せばいいさ」

「そんな、駄目よ。あの花飾りの下でキスをすると、その二人は一生結ばれるの。だから一生懸命に作ったのに……」

 涙のたまったライラの瞳が月明かりに光る。

「じゃあここですればいいさ。俺はエゼラやサラセみたいにライラを扱ったりしない。絶対に」

「本当? 月の女神に誓ってくれる?」

「うん、誓う」

 アレフはライラを引き寄せ、口づけをした。

「まあアレフったら。でもどうして額なの?」

 嬉しい中に少々の不満を込めてライラが言う。

 アレフは何も答えなかった。無言で、ただライラの手を握り締めた。

 だって、家族でもないのに口と口でキスするなんて、なんだか汚らしいや。

 初めて男と女の営みを目の当たりにして、アレフはその生々しさにうんざりしてたのだ。



 それから二人は各々に祭りに戻った。

 ライラはシャルたちに混じって小母さん連中を手伝い、アレフもご馳走をつまみ食いしたりこっそりお酒を舐めたりした。

 時々目が合うと、ライラは花の妖精のように可憐に微笑み、アレフをいっそう良い気持ちにさせた。

 もっともシャルと目が合うたびにでっかい「イーッ」をされてしまうので、そんなのはすぐに台無しにされてしまったけれど。

 だってライラとシャルはずっと一緒にいるんだから、どちらか一方だけを見るなんてできっこないのさ。

「なあクランバル。シャルを誘ったのか?」

「いや」

 アレフの疑問に、クランバルは気のない様子で答えた。

 なぜだかアレフはほっとして、そしてどうして自分がほっとしなきゃいけないんだと、一人憤慨した。



 予定よりずいぶん長い、一週間と二日、計七日にわたる遠出を終え、キリエはようやく我が家に帰り着いた。

 旧来のやり方よりも効果的な農法を次々と編み出すキリエは、どこの村からも引っ張りだこで、収穫祭の時期と重なったこともあり、あちこちで熱心な歓待を受け、へとへとになってしまっていた。

「お帰り! 母さん!」

「ただいま私の小さな悪戯坊主。留守中寂しくはなかった?」

「寂しいなんて、あるわけないさ!」

 ふんと鼻を鳴らすアレフだが、その割には元気に飛び出してきたもんだ。

 だって丘のずいぶん向こうから、キリエを見つけて走ってきたんだから。

「母さんのいない間に何かあった?」

 キリエは息子を強く抱きしめ、干草の匂いのする頭のてっぺんに顔をうずめてキスをする。

「たくさんあったさ! 祭りでプレデ爺さんが転んで腰を痛めたんだ! 知ってた? それとさ、ベネリとマルゴが婚約したんだって! あの二人、もうずいぶん前から仲が良かったらしいよ! それとそれと、」

「あらあら。私がいない間にこちらも大変だったのね。さあ、つづきは家の中で聞かせて。熱いお茶に砂糖漬けをたっぷり食べながら、村の新たな歴史を教えてちょうだいな」

 しがみつき、畳み掛けてしゃべるアレフに、キリエは腕を回して歩き出す。

 二人は肩を抱き合いながらゆっくりと、丘の上の我が家へ帰っていった

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