シャルと赤い石の首飾り(後)
シャルなんて知ったことではない。あんな告げ口屋は、ずっと泣いていればいいのだ。
だけど、ライラに嫌われるのは困る。
なんてったって、ライラは村で一番かわいい娘なのだから。
そうさ、それが一番困る。
それだけさ。
ぶつぶつと口の中で言い訳をしながら道をもどると、やっぱりシャルたちはまだそこにいた。
「見つからないのか?」
アレフがもどった事にびっくりして、それからライラは心配そうに、
「うん、ずっと探しているんだけど、はめてあった赤い飾り石だけ見つからないの」
スカートをたくしあげて、池の浅瀬を探っているシャルを指さす。
前かがみにあっちこっち水底をのぞき込んでは、べそをかいている。
そんな探し方じゃだめだ。
水の中をさがしたいなら、ちゃんと潜らないと。
「シャル! 下がれ! 俺が見つける!」
アレフがざぶざぶと水に入り、上着を脱いでライラに渡す。
ぽかんとしているシャルを、ライラが手招きして岸にあげさせる。
アレフはざぶりと水に浸かり、うつ伏せでたゆたいながら水底を確かめる。
案の定、見つからない。
「首飾り、この辺で見つけたのか?」
「もうちょっと、あっち……だけど、そこはもう……」
鼻をすすりながら、シャルが示した方をさがす。
見つからない。水に顔をつけたまま、じっと目を慣らす。
踏みあげられた泥が少しずつ収まり、だんだんと物が見えだす。
ない。
ない。
どこにもない。
胸がじくじくする。
息継ぎに顔をあげると、心配そうなシャルとライラと、他の少女たちがアレフを見つめている。
手でゆっくりと水面を掻き、さがす範囲を広げる。
とぷりと水中で逆立ちになり、泥を巻き上げないようそっと動きながら慎重に石を探す。
どれくらいそうしていただろうか、ふいっと赤い輝きが見えた。
あったか?
興奮する。
が、慌てちゃいけない。
泥をまきあげたら、また見えなくなってしまう。
アレフは、そっとそちらに近寄り、そうっと、朽ちた枝のあいだに挟まる赤いかたまりを、泥ごとすくい上げ、握る。
足をつけて、立つ。
水の深さは、胸まである。まさかこんな所まで流されてきたのだろうか。
もしかして、見まちがいではないか。
つかんだ物を取りこぼさないよう水にさらして、泥を少しずつよける。
手のひらに残った、赤い石。
「あった!」
きゃあ!
女の子たちから、歓声が沸く。
ざぶざぶと水をかき分け、アレフが石をさしだす。
泣きはらしたシャルが、こわごわ手をのばし、石を受けとって、胸に抱く。
「ありがとう……」
いつもみたいに意地悪じゃないシャルに、アレフはどぎまぎしたが、他の女の子がみんなじいっとにらみつけているので、居心地が悪くなる。
だって、どう考えたって悪いのはアレフだ。
こんなので感謝されるのは、ズルだ。
注目の本人はしばし黙り、むむっと考え、むむむっと唸り、
「ごめ」
あっち向いて、唇をとがらせて、舌足らずに謝る。
声が小さすぎてその言葉は誰にも聞こえていないかもしれないが。
アレフはライラにあずけていたシャツをひったくって思いっきり走り、非難の目を力ずくでふり切った。
アレフが謝るなんて、雷が誰かの家に落ちるよりもめずらしいことだ。
だから女の子たちはみんな、淡い紅色のサジランの中に立ちつくして、ぽけっとアレフの姿が丘の向こうに消えてゆくのを見ていた。
その日、アレフは二十二匹のザリガニを釣った。
数も大きさも、男の子たちの中で一番だった。
そのうち半分は、シャルの家にこっそりと置いてきた。
きれいな水に一日つけて泥を吐かせ、塩で茹でて殻をむくと、ザリガニというやつはなかなか食事をいろどり豊かにするんである。
「お帰りアレフ。今日は池の畔でシャルたちと、なにをしていたの?」
家に帰るなり長いスカートをひらめかせ、キリエが切りだす。アレフが首をすくめ、
「なにもしていないよ」
桶にいれたザリガニを母にさしだし、話題を変えようとこころみるが、
「あらそう? じゃあ、どうしてシャルは泣いていたのかしら。アレフ、なにか知らない?」
いつもとちがい、家の中なのに先生然として、追及をゆるめる気配もない。
が、アレフだって男の子である。女の子を泣かせて、その上謝ったなどという経緯は、男の名誉にかけて口にできない。
そう、男たるもの、女の子に謝るなどということは、あってはならないのだ。
「ふうむ、どんないたずらをしたのか、言う気はないのね」
全部分かった口ぶりで、キリエが頑固なわが子を見おろす。
かくしてアレフは、その日の夕食にありつけなくなった。
しかたないだろ、女に謝ったことを知られるくらいなら、夕食抜きくらいなんだと言うのだ。
そうさ男には守らねばならない誇りってもんがあるのだ。
だって泣かれたくらいで気にしていたら、いたずらなんて一つもできない。
だいたいシャルもどうしてありがとうなんて言うんだ。
あんなの悪いのはアレフに決まってる。
あいつがもっとアレフを悪くなじっていれば、こんな気持ちにならなかったのに。
泣いてて、ぬれた瞳に空の青がてりかえって、そんなに心細そうにしていたら、もういたずらなんてできないじゃないか。
シャルの瞳が忘れられず、真夜中・天星の刻になっても眠気はおとずれなくて、その夜アレフは隠しておいた木の実をかじって空腹をしのいだ。
村で学校があるのは、一週間五日のうち、水曜日と、風曜日をとばして火曜日の、計二日である。
火曜日、アレフが学校にゆくと、シャルがアレフを見て頬を赤らめ、それからこれ以上はないというぐらいにでっかい「あっかんべー」をして見せた。
あの首飾りがネックから覗いて、そこにはちゃんと赤い飾り石がついていた。
なんだよ、もう元気なんじゃないか。
心配して損した。
シャルを追いかけながらこちらに手をふるライラにも、アレフはむっつりとして見せたが、それ以降、スカートめくりはやらなくなった。
時々男の子が、気になる女の子にちょっかいをだすのにスカートをめくったが、アレフがやらないので、流行の遊びにはならなかった。
だってアレフがつまらなそうにしているのに、いたずらなんてしても、面白くもなんともないじゃないか!
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