シャルと赤い石の首飾り

シャルと赤い石の首飾り(前)

 どうして男の子がスカートをめくるのかって?

 女の子が嫌がるからに決まってるじゃないか!



 太陽が空の一番てっぺんに届いたら、緑風村に教会の鐘が四つ鳴りひびく。頂陽の合図だ。


 わっと丘の上の学校を飛びでる生徒たち。

 授業が終わればこっちのもの、ここからは子供たちの時間だ。

 中には親に用事を言いつけられている者もいるが、そんなのは遊びながらだってできる。

 さっきも言ったけど、授業が終われば、その後は子供の時間なのだから。


 風中月の、下草が茂りはじめた斜面のふみかためられた土道を駆けくだりながら、アレフは女の子たちのスカートを次々とまくりあげてゆく。

 そうすると膝丈でしぼった下着が丸見えになって、

「きゃあ!」

 女の子たちは恥ずかしそうに悲鳴をあげる。

 それが面白くて、いたずら好きの男の子たちがアレフの後ろにくっついて、真似しては笑い転げている。

「ジュジュのぱんつみえた!」

「ばか! キッパ! あっち行っちゃえ!」

 顔を真っ赤にする子や怒りだす子、中には泣きだす子がいても、男の子たちは気にしない。

 だって泣かれたくらいで気にしていたら、いたずらなんて一つもできない。

 そうこうしてるうちに男の子の集団は、池のほとりにある木陰で、おしゃべりをしている女の子たちを見つけた。

 シャルとライラと、それから同い年の子たちだ。

「あいつらのスカートもやっちまおう」

「アレフ、やめとけよ!」

 一応レニやクランバルは止めるが、彼らだって本当は彼女たちのスカートをめくりたいのだ。

 だってライラは村で一番かわいい娘だし、シャルは生意気な告げ口屋だ、ちょっと懲らしめてやらなければいけないに決まってる。

 だけど、そんなのは女の子たちもお見通しだ。

 アレフたちを見つけると、みんなスカートをお尻の方にぐっと巻いて、木の根元に固まって男の子たちをにらみつけた。

「全員でとりかこめ!」

「なによアレフ! 変なことしたら、先生に言いつけるから!」

 アレフの声で男の子たちは女の子の逃げ道をふさぐが、シャルだって負けてない。

「やめさせてよクランバル! レニも! あんたたちも言いつけるわよ!」

「うるさい! 女の言うことなんか、聞いてたまるか! この、お転婆シャル!」

「なんですって! あんたこそ、いたずらアレフじゃないの!」

 おろおろするレニたちだが、やっぱり抜け目ないのがアレフだ。

「そこだ! クランバル!」

「え?」

 アレフが指差した方を、みんなが見る。

 そのすきにアレフは、シャルとライラのスカートを一気にめくり上げる。

 ぷつっと音がして、銀色に輝く何かが池に、ぽちゃんと落ちる。


「あ……!」


 シャルが、胸元と、広がる波紋を見くらべる。

 アレフが気づいて、しまった、という顔をする。

「やっちゃえ!」

 誰かが言って、男の子たちは女の子たちのスカートに、一斉に手をかける。

 たちまち木の根元は悲鳴につつまれ、男の子たちはぱっとちりぢりになる。

 わあっとかけ声がして、あっというまに遠ざかる男の子たち、いつも先頭のはずのアレフが、一番後ろにいる。

 泣きそうな顔をして座り込むシャルと、きょとんとしているライラを見ている。

「アレフ――――!」

 クランバルに呼ばれて、やっと走り出すアレフ。

 いたずらは大成功だったのに、ちっとも嬉しそうじゃない。


 スカートをめくったときに、指先がかかってシャルの胸元からきらきらした物がはねとんだ。

 赤い色の石がくっついた首飾りで、ゾーイ爺さんがくれたといって自慢していた。

 シャルの赤い瞳によく似合っていて、お気に入りにしていた。

 ゾーイ爺さんが死んだときにもつけていて、わんわんと泣くシャルを、アレフはそのとき初めて見た。


 そんなの、知った事ではない。シャルが告げ口なんてするからいけないのだ。

 だって泣かれたくらいで気にしていたら、いたずらなんて一つもできない。


 アレフは男の子たちの先頭をぶんぶん走る。

 みんな笑っているが、アレフだけむっつりと地面を睨んでいる。



 その日は、小さい男の子たちにザリガニの釣り方を教える約束をしていた。

 だからアレフたちはその足で村長さん橋の足元に固まって、仕掛けの作り方と、釣るときのこつを教えていた。

「枝の股で、くくりつけた燻製肉をザリガニの巣にぐーっと押しこむんだ。それからしばらくじっとして待つ」

 みんな、レニの手元を興奮した目で見ている。

 アレフだけが、来た道の方をずっと気にしてむずむずと尻が落ち着かない。

「ほら引いた! しーっ、静かにしないと、逃げちまうぞ! こうやって、ゆっくりと、引いていくんだ……そしたらザリガニはむきになって引っ張り返す……ほうら!」

 土手ぎわの泥穴から、ゆっくりと引きずりだされた大振りのザリガニを、レニがはっしと掴みあげる。

 わっと歓声が沸き、すごい、見せて貸しての大合唱。

 レニもクランバルも、得意そうな顔をしている。

 なのにアレフは、来た方をずっと見ている。

 そろそろライラがこの橋を通ってもいい時間なのに。

 だってライラは村長さんの娘だし、帰ってくるにはここを通らなきゃならないのだ。


 ぷつっ。


 首飾りを引っ掛けた感触を、まだ思い出している。

 あのときシャルは、泣いていたのだろうか。

 ライラは、アレフをひどい奴と思ったのだろうか。一体ライラは、どうしたと言うのだろう。

 早く帰ってこないと、あのあとシャルの首飾りがどうなったのか、訊けないじゃないか。


「おい、俺、ちょっと行ってくる」


 我慢できなくなって、アレフは男の子たちの輪をはなれる。

「なにが?」

「おおーい! アレフどこ行くんだよー!」

 クランバルたちが呼び止めるのも聞かず、アレフは来た道をもどってゆく。

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