狼には首輪を

「姉さん。そろそろ寝ないと明日の出勤に寝坊するよ」

「んー、もうちょっと」

 私の返事に、腕に抱かれて一緒にソファに座る睦樹むつきが呆れたように息を吐き出す。

「もう、姉さんがもうダメだってメッセージなんて送ってくるから、姉さんに何かあったのかって大慌てで来たのに」

 頬を膨らませた睦樹が私の手の甲を右手の指で抓る。

「いたた、睦樹容赦ない。いいじゃん、二軒隣のマンションなんだから、来るのだって直ぐじゃない。私寂しい」

「そんな事言う姉さんは一回くらい痛い目に遭えばいいのです」

「悪かったよ。今日は睦樹とお話しできてなかったからどうしても声が聞きたかったんだよ」

 手の甲を撫で擦ると、しゃらりと音が響いた。

「私も再来週にはテストなので、勉強で忙しいんですからね」

「私が教えてあげようか」

「姉さんもお仕事で毎日忙しいじゃないですか。それに、姉さんが教えようとするのなんて、エッチなことばっかりでちゃんと勉強にならないんですから」

「私といるのは嫌?」

 小さな睦樹の耳元で囁くと、くすぐったそうに可愛らしく身を捩る。

「ほら、姉さんは直ぐそうやって……」

 頬にキスを落とす。

「ぴッ!?」

 可愛らしく鳴く睦樹をソファに押し倒して、更にボブカットから覗くうなじに唇を寄せる。

「姉さん、ステイ」

 じゃり、と硬質な音と共に首を引かれた。

 僅かに息が詰まる。

「姉さん。明日は私も学校です。それに姉さんも仕事があるでしょう。だから、今日はダメです」

「睦樹も私の扱いに随分慣れたものじゃない」

「姉さんの変態趣味には困ったものです。大型犬を相手にしている気分ですよ」

 私の首から伸びる銀色の鎖が睦樹の掌に握られている。

 私の理性を押し留めるための、私のセーフティ。

「少しは自重してください」

「自重できない私の手綱は睦樹が握ってるからいいの」

「変態。……私のテストが終わったら、どこかにデートにでも行きましょう」

「本当? 楽しみにしてる」

「それまでは、この首輪は外さないですからね」

 まあ仕事前には外すんだけど。

「何でこんな人好きになったんだろう」

「昔は、ねぇね大好きってよく私に抱き着いて来てたのに」

「昔の話はやめてください。……帰ります」

「送っていくよ」

「いりません。二軒隣なんですから。……おやすみなさい」

 私の唇に柔らかな感触を残して、睦樹は玄関へと素早く向かい、扉を開いた。

「うん、おやすみ。睦樹」

 閉まる扉に手を振る私の首下で、しゃらりと音が鳴った。

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