後悔
『私、お姉ちゃんのお嫁さんになる!』
『香奈が大きくなったら、考えておく』
小さな頃、私の言葉に彼女がそう言葉を返したのを覚えている。
私の頭に触れ、撫でてくれた大きな手の温かさを覚えている。
一歩踏み出す。
私は浅香お姉ちゃんが好きだった。
だけどずっとずっと、この気持ちを押し込めてきた。
浅香お姉ちゃんは、私のお姉ちゃんだから。同性だからという世間の常識に囚われて、蓋をしていた。
更に一歩踏み出す。
一年前。大学の長期休みで実家に帰っていた時。
私は10年ぶりに浅香お姉ちゃんと再会した。黒くて長い髪を後ろに束ねて、大人の女性といった様子の浅香お姉ちゃんの姿に私は見惚れた。
『久しぶり、お姉ちゃん』
『久しぶりね、香奈ちゃん。大きくなったわね』
返って来た私の事に喜んだお母さんが呼んだらしい浅香お姉ちゃんは、私の姿に笑みを向けてくれたけれど、少し疲れたような表情だった。
その様子に、たくさん言いたいことがあったはずなのに、萎んだ言葉が喉に引っかかった。
『お姉ちゃん、私大きくなったよ。だから、私をお姉ちゃんのお嫁さんにしてください』
更に一歩を踏み出す。浅香お姉ちゃんの顔が見えた。
あの時、私がそれは口にできなかった。
勇気が無かったことが悔しくて、結局何も伝えられないまま東京へと帰った私は一人涙を流した。
化粧を施されたその顔は、とても綺麗だった。
「さようなら、お姉ちゃん」
私は手にした一輪の花に唇を寄せて、浅香お姉ちゃんの隣に添えた。
「心から愛していました」
その表情はただ安らかに眠っているかのようだった。
「お姉ちゃん。私、お姉ちゃんのお嫁さんになりたかったです」
伝えられなかった言葉は、もう届かない。
零れ落ちた涙が、棺に横たわるお姉ちゃんの頬を伝った。
END
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