熱を帯びる
ゆっくりと惜しむ様に唇が離れる。
僅かな熱を帯びた吐息が絡み合う。
今抱えた両腕をこのまま放してしまえば、途端に寂しさが内から込み上げてくるであろうことは容易に想像できてしまい、私は彼女を解放できずにいる。
腕の中に納まる長い黒髪を後ろで束ねた少女と瞳が合う。私の背中に回されていた彼女の両腕がさっさと放せと抗議する様に緩む。
「サツキちゃん、そろそろ放してくれないと朝のホームルームに遅刻しちゃう」
「やだ」
私の名を呼ぶ声が愛おしくて、そのまま二人で座ったベッドに押し倒したくなる衝動に駆られる。
「ちょっと、それはダメだよサツキちゃん。そんなことしてたら本当に遅刻しちゃう」
近づいた唇に
けれど、その瞳は名残惜しいと雄弁に語っていた。
「これでも私、忙しいんだよ。それにサツキちゃんも定例会があるんじゃないの? 出ないと悪い大人になっちゃうよ」
「佳香はそんな私は嫌い?」
「うん、嫌い」
「嫌われたくないし、仕方がないわね」
そんな佳香の言葉に私は渋々彼女を解放する。
一つ息を整え、離れた温もりを、熱を追いかけたくなる気持ちを抑える。
隣では佳香が乱れた制服を整えている。
「ねえサツキ先生」
彼女が私の事をそう呼ぶ時は既に気持ちを切り替えた証だ。
私達なりのけじめであり、境界線。
「何、佳香ちゃん」
私はベッドの柵に引っ掛けていた白衣を手に取り袖を通す。
「今日、お弁当作ってきたの。お昼はここで一緒に食べてもいい?」
「珍しいわね。佳香ちゃん、いつもお昼は学食で食べてるじゃない」
「たまには私だってお弁当作ってくることだってあるわよ」
「生徒会のお仕事はいいの?」
「適当に理由を付けて抜けて来るわ。それにそんなもの放課後にサツキ先生を待っている間に終わらせるわ。これでも私、優秀だもの」
「悪い生徒会長様ね。いいわよ。それじゃ、私はこの保健室で待ってる」
「うん、ありがとう。サツキ先生」
薄く笑みを向けて、彼女は首から下げた細いチェーンを通した先週私が贈った飾り気の無い銀のリングを、指先で撫でてから大事そうに制服の下に仕舞い込む。
そして私は佳香の左手を取り、その薬指に軽く口付けた。
彼女の頬に薄く朱が差した。
「愛してる、佳香。寂しいけど、またお昼に」
「私も、愛してるサツキちゃん。またお昼に」
愛しい声は無粋な予鈴のチャイムの音にかき消され、私達は揃って苦笑してから互いの唇を指先でなぞった。
END
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