第9話 俺の心臓がワンパンされる話
『リムちゃん頑張れ~!』
「はあ……はあ…………」
刀を振りすぎたのか、腕があまり上がらなくなったリムちゃんだ。
自分の体よりも二倍は大きい凶悪犯みたいな顔の熊魔物に殴られそうになった。
『あぶねぇ~!』
『リムちゃん! 避けて!』
俺が持っていたスマホにコメントが流れるのと同時に、熊魔物の前足が振り下ろされた。
「っ…………あれ……?」
「こらこら。最後に諦めたらダメだろ」
俺は優しくリムちゃんの頭をコンと指で突いた。
「魔物は……?」
「ん? 俺が倒しておいたぞ。ふらふらしているけど大丈夫か?」
『すげぇ~! 鬼さんつえ~!』
『ブラックベアすらワンパンかよ~!』
『ワンパン~ワンパン~』
いやいや、あんな弱い魔物をワンパンくらい誰でもできるだろう。
リムちゃんは新人で初心者だから仕方ないけどよ。
てか、Cランクダンジョンがかなり強いとか見かけたのに、ここC90は相当弱いんじゃないのか? どの魔物も手ごたえなさそうで、うちの地下ダンジョンの方がまだマシだな。
「鬼さん……そ、その……ありがとぉ……」
『うわああああ! この至近距離でありがとうはやべぇ~!』
『リムちゃんが……恥じらう? ま?』
抱きとめたリムちゃんを右手で支えて左手でリムちゃんを至近距離で撮影しているので、俺とリムちゃんの間に無数のコメントが流れる。
それでもリムちゃんは目を潤ませて俺を見上げた。
『鬼さん。貴方はやはり天才』
『ワンパンとかもうどうでもいい。最高』
『リムちゃん。大変だったね。怖かったね』
『大丈夫。俺達が付いてる!』
まったくだ。俺はただリスナー達の代わりになってるだけだからな。
「あまり無理はするなよ? まだ始まったばかりだから」
「うん……今日はここまでにするね?」
「それがいい。今日は頑張ったな」
立ち上がったリムちゃんを労うために右手を伸ばして頭を優しく撫でてあげる。
「あう……」
『うわああああああああ!』
『やべぇ……まじやべぇよ……』
『俺、知ってる、これ、〇〇ゲー』
おい、それはやめろ。
妹に何かある度に頭を撫でるようにせがまれているからな。男性には女性にこうする
少し怖かったのかしょぼくれたリムちゃんは、静かに俺と並んで歩いた。
一応カメラとか何もないところを映すわけにもいかず、少し横を向けている。
きっと、俺の体とリムちゃんが見えるはずだ。
コメントは何か興奮したようだが、C90から出る間、出会った魔物は全て俺が対処した。
出口に着いた頃、配信が終わる時間になった。
「リムちゃん。もう終わるぞ」
「う、うん! みんな~! 今日は凄くありがとうね☆」
『リムちゃんお疲れ~!』
『今日も頑張った! お疲れさま!』
『リムちゃん最高~!』
「えへへ~開幕にも言ったけど、四時からセシリアちゃんの配信もよろしくね~☆」
『はいはい! 絶対見ます!』
『今日はゆっくり休んでね!』
「ではみんなお疲れ~! えへへ~鬼さんもありがとぉ……ね?」
「おう」
何故また俺に振る。しかも顔まで赤くなってないか? もしかして熱でも出たか?
「リム? 熱出てないか?」
『あ』
最後のコメントが終わったところで、俺の右手がリムちゃんのおでこに触れた。
「熱出てるじゃん。無理しすぎだって。今日は休むか?」
「ううん! 大丈夫! 本当に大丈夫だから!」
「ちょっとでも怪しかったら帰すからな」
「う、うん!」
リムちゃんと共に妹を迎えに行く。
「鬼さん。お願いがあるんだけど」
「ん? なんだ?」
「私のこと。これからリムちゃんじゃなくて、リムって呼び捨てして?」
「は!?」
「ほら、あれだよ、鬼さん社長じゃん?」
「お、おう。一応社長だな」
「私、社長にちゃんって呼ばれるのちょっとむずがゆいの! だからお願い! 呼び捨てにして?」
「まあ、そういう事情があるなら分かった――――リム」
「う、うん!」
何か嬉しそうに笑うが、こんなことで笑うなんてやっぱりこの子……変わってるな。
リムは派手な衣装のまま歩き、妹の学校の前にやってきた。
当然、通り過ぎる人々が奇妙な目でチラチラと見てきたのは言うまでもない。
しばらく待っていると、校舎からこちらに向かって走ってくる妹とマコトくんが見えた。
「ぐはっ!?」
その時、俺は心臓が止まりかけた。
――――そう。
妹が制服ではなく、配信用衣装に着替えて出てきたからである。
純白をベースにした可愛らしいワンピースに派手な装飾がいくつも付けられていて、短いスタートの下からは色白肌の太ももが露になっている。一言でいうなら――――【聖女】。そう。聖女そのものである。
こ、これが……マコトくんが言っていた妹の新しい配信衣装……ぐはっ…………。
「お兄ちゃん!? どうしたの!?」
二度目の【可愛すぎる剣】が俺の心に刺さりまくる。
「が、がはっ……息が……息ができん…………」
「お兄ちゃん!?」
「「鬼さん!?」」
「俺……生きてきて……本当によかった……もう思い残すことは……」
「お兄ちゃん! 私を一人にしないで!」
――私を一人にしないで!
――――私を一人にしないで!
――――――私を一人にしないで!
――――――――私を一人にしないで!
「いかん! 俺がセシリアを守らねばああああああ!」
起き上がると、目に大きな涙を浮かべた妹が見えて、俺の胸に飛び込んできた。
ああ……やっぱりうちの妹最高に可愛いのじゃ……。
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