第5話 プロダクションをクビになった話
「お兄ちゃん。大人しくしてね?」
「あ、ああ……」
妹に念を押されてやってきたのは、配信探索者プロダクションの一つ【レイルスター社】の本社である。
人気プロダクションというだけあって、ビル一つ丸々が会社所有になっている。
ビルの上部には人気配信探索者の大きな絵が掲げられている。
「いいなぁ……」
一緒に見上げていた妹がボソッと呟いた。
ふっ……セシリア。心配するな。誰よりも君が一番可愛い。いずれ登れるさ。
中に入ると、黒い服を着た男性二人が出迎えてくれて、そのまま最上層にやってきた。
「こんにちは~社長」
「セシリア。よく来てくれた」
社長は意外に若くて白いスーツを着て髪も整えた金髪で、人気配信者のような風貌だ。
案内を受けてソファーに座る。ふかふかして中々座り心地がいい。
「今日来てもらったのは他でもない。この度、チャンネル登録者数の爆増おめでとう」
「ありがとうございます!」
「一万人を超えたことで、
「本当ですか!? 凄く嬉しいです!」
実は妹は見習いとして所属していて、同じ新人である女もまだ見習いのはずだ。
チャンネル登録者数が増えると正式採用になると聞いていたが、そのラインが一万人か。
「そこでもう一つ、こちらから条件を出させてもらいたい」
「はい! どのような条件ですか?」
彼の視線が妹から俺に移る。
「君のお兄さん――――リスナー達からは鬼さんと呼ばれているよね? これから鬼さんも全面的に配信に出てもらいたいんだ」
「ん? それって俺と妹を一緒に出すってことか?」
「ええ。その通りです」
「理由を聞いても?」
「セシリアちゃんはまだ実力が伴わない。配信探索者の多くは実力を兼ね備えた上で美貌を持つ者が人気配信者になります。その実力部分を補ったのが鬼さんでしょう? あのニュースのおかげで登録者数が爆増。二人を一緒にするべきだと思ったんです」
妹が明らかに申し訳なさそうな表情で俺をチラチラ見つめた。
「それは勘違いだ。あれは全て妹の可愛さのおかげだ」
「ふふっ。仮にそうだとして、話題を作ったのは貴方なのですよ? 鬼さん。実力、可愛さ、装備、才能、どんなものを兼ね備えたとしても、最後に笑うのは【運】です。それを掴んだのは、セシリアちゃんと鬼さん。貴方達だ」
運……か。
「運……それなら俺にとって一番の運は――――セシリアが俺の妹であることだ! 俺は妹のためなら何でもする。が、
「いいのですか? レイルスター社の正式採用は、国内配信探索者の中でも最上位。そこに席を置けるのですよ? それがひいては妹さんの夢を応援することになるのでは?」
「社長。貴方は分かっていない。妹が一番求めるものは――――きらびやかな世界に身を置くことじゃない。妹の可愛さに癒されるためにやってきたリスナー達と触れ合うことこそが、妹が願っているものだ。それがたまたまレイルスター社に入っただけだ」
妹がレイルスター社の見習いとして入ることが決まった日。自分の夢を語る姿は今でも脳裏に焼き付いている。
配信に来てくれた大勢のリスナー達と一緒に笑って過ごせる時間を提供したい。それが妹の願いだ。あんなビルの上に掲げられてチヤホヤされるだけではないはずだ。
「セシリア。君はどうしたいんだい?」
「私は…………」
妹が目をつぶって色々考え始めた。
「レイルスター社でトップになる夢もありました。でも、私がやりたいことは、配信を見に来てくれた人達に楽しい時間を提供したいんです。それに、お兄ちゃんが一緒にいるのは凄く心強いですけど、自分の足で上りたいんです」
「…………その決意はいい。だが、運を掴めるのも実力だ。君はそれを逃すことになる。国内に限らず世界にいる多くのリスナー達に君を見せることができるというのに、残念だ」
なるほど。やはり
「分かってないのは社長、あんただ。リスナー達にセシリアを見せる? 違うね! 我が最愛の妹に見せるものではない! セシリアが見たい奴は――――自らの足でくるべきだ!」
「ふっ。それは人気者だけが言える言葉ですよ?」
「大丈夫さ。セシリアは絶対に人気者になれるから」
「…………はあ、残念です。久しぶりに正式採用が生まれると思いましたが、今日で君の見習いを解約させてもらうよ」
「分かりました。短い間でしたがお世話になりました」
礼儀正しく挨拶をした妹と社長室を後にする。
あの社長……社員を道具か何かと勘違いしていないか?
まさかトップ社があんな会社だったとはな……。
本社を後にして、近くの公園にやってきた。
暗い表情を浮かべた妹がベンチに座る。
「セシリア」
「お兄ちゃん……ごめんね? お兄ちゃんを巻き込んでしまって…………」
「巻き込んだ……か。なあ、あの日のことを覚えているか?」
「あの日?」
「両親がさ。最初に海外仕事に行くって二人っきりになった日さ」
「あ、あれは…………まだ幼かったし…………」
「そうかな? 俺は今でもあの時のことを忘れない。見てくれた人達を楽しませるために、踊りの練習を頑張っていた幼いセシリアは、本当に――――輝いていたんだ」
まだ七歳のセシリアだったが、テレビに映るアイドルの踊りを真似て、真剣に練習していた。
それは高校生になるまで続いたのだが、高校生になってからはやらなくなった。
少し寂しかったけど、大人になるにつれ、目標は現実になっていき、無難な現実を探すのはどの人にも言えることだ。
「セシリアがレイルスター社に入って配信探索者になるって言った日、俺は凄く嬉しかったんだ。あの日のセシリアの夢を叶えられるかもって。毎日真剣に配信に向き合う姿も。頑張っている姿に俺だけじゃなくリスナー達だって勇気を貰えたはずだ」
「そう……かな?」
「昨日の配信でも誰もがセシリアを応援していただろう? 嘘でコメントなんてしないと思うし、応援ボタンなんて何万と押されているんだよ? セシリアはもっと自分の真価を理解するべきさ」
「真価って……私、ただの探索者だし……」
「だからいいじゃないか。セシリアだって強い人の配信ばかり見たいわけじゃないでしょう?」
「うん。私は頑張ってる人の配信が好きかな……」
「じゃあ、それが答えさ。強さなんて関係ない。セシリアが一番やりたいことをやろう。レイルスター社でなければならない理由なんてない。俺はどこまでも応援するから」
「お兄ちゃん……ありがとう。うん。私、道を見失いそうになってた。でもやっぱり夢を叶えたい! 頑張りたい! だからね、これからもよろしくお願いします。お兄ちゃん!」
「ああ! もちろんだとも!」
「えへへ~お兄ちゃん――――大好き!」
――大好き!
――――大好き!
――――――大好き!
――――――――大好き!
が、がはっ!? 昨日の「大嫌い」のダメージは今でも凄まじく……なのに、それが全て回復するかのような、この言葉だけで一か月はおかずなしでご飯が食べられそうなくらいに凄まじい。
ああ……やっぱり、うちの妹は最高で最強だ。これで人気者になれない方が難しいだろ!
晴れて(?)レイルスター社をクビになったので、その足で色々作戦を考えながら、妹とのデートを楽しんだ。
話は基本的に配信のことでいっぱいだったが、正直、俺にできるのはカメラマンくらいしかない。
やっぱり自分の力が足りないと痛感した。
その日の夜。
妹が見習いからクビになったのを駆け付けたかのように、運営を通して無数のメッセージが届いた。
そのメッセージも「鬼さんとセシリアちゃんのチャンネルならバズると思いますので、うちの会社でバックアップさせてください!」というバカみたいに同じ文言ばかりだった。
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