第4話 生意気な女が現れた話
Fランクダンジョン31にやってきた。
ダンジョンの数は国内でも結構多いので、基本的に数字で名前を付けている。
ただ、中には名前を与えられているダンジョンもいたりする。
Fランクダンジョンは意外にも人気で、多くの探索者が通うので、入口前には出店があったりするし、荷物預かり所もある。コインロッカーだけど。
コインロッカーの前で妹が身分証をかざすと開いて、中に荷物を入れる。
「お兄ちゃん~お待たせ! 行こう~?」
「セシリア。あまり張り切りすぎるなよ? 転んじゃうから」
「え~そんな子供じゃないし、転んだりしないよ!」
口を尖らせた妹がぷいっとしてダンジョンに向いて走り出した。
「そんな走ったら転ん――――」
大きな岩に足を引っかけて転ぶ妹。
「ぬわっ!? セシリアああああ!」
急いでセシリアのところに行き、起こしてあげる。
「むぅ…………やっぱりお兄ちゃんの言うことはちゃんと聞かないとダメだね……」
お、落ち込んでるはずなのに、それが天使に見える!?
立ち上がった妹の全身についた煤をハンカチで拭いてあげる。
膝と肘には痛々しい傷が見えて、深紅の血がにじんでいる。
くっ…………俺にも回復魔法が使えたら…………。
「――――オールヒーリング」
妹の手から淡い翡翠色の光が灯り、近づけた部位の傷が一瞬で治る。
「お兄ちゃん。そんな悲しい表情しなくて大丈夫! こんな風に治せるから!」
「セシリア……いくら治せるからといって、俺は君が傷つくのは見たくないんだ」
「うん……ごめんなさい……お兄ちゃんがちゃんと注意してくれたのに……」
落ち込む妹に悶える気持ちをぐっとこらえて、手を伸ばして頭を優しく撫でてあげる。
「誰だって失敗するさ。俺だって何度も転んでやっとしっかり歩けるようになったから
「本当?」
ああ。地下ダンジョンで毎日ボコボコにされながら、毎日必死に食らいついた。
そのおかげもあって、いまでは散歩感覚で回れるようになった。
きっとセシリアも徐々に強くなるはずだから。
「ああ。さあ、リスナー達が待っているから今日も頑張ろう」
「うん! 鬼ちゃん達を待たせたら悪いから行こう~!」
セシリアと一緒にダンジョン一層に入った。
相変わらずジメジメした洞窟。洞窟内の空気感はいつもと変わらない。
これなら大丈夫か。
スマホで配信を起動させる。
『-配信が始まりました。-』
操作して妹に向けたスマホから開始を知らせるコメントが流れる。
『セシリアたん! 今日も可愛いよ~!』
『今日も配信ありがとう!!』
『暗い洞窟が輝いてる……?』
ほら見ろ。やっぱりみんな妹が見たくて来たのだろう? 世界が認めるわが最愛妹のパワーだ。
「鬼ちゃん達~お待たせ~!」
『いくらでも待てるからあああ~!』
『今日も頑張って~!』
『応援してる! 無理しないで頑張れ!』
「みんなありがとう~! お兄ちゃんが見守ってくれるから、頑張れるよ~!」
『ぐふっ……鬼ちゃん……最高……』
『これが噂の鬼ちゃん……凄まじいな』
『なるほど。こりゃ確かにワンパンだ。俺の心がな』
『ワンパン姫……』
『ワンパン姫草www』
なんだその変なあだ名は!
「こらっ! リスナーども! うちの妹を姫と呼ぶな! セシリアは――――聖女だ!」
『聖女☆彡』
『聖女☆彡』
『聖女☆彡』
『聖女☆彡』
『聖女☆彡』
『聖女☆彡』
『ワンパン聖女?』
『ワンパンは鬼さんだろw』
『鬼さん! 今日もセシリアたんをよろしくお願いします!』
頼まれなくても妹が俺を守る! だから毎日筋トレしてる。この世界にはどんな脅威がいるか分からないからな。
父さんが言うには、地下ダンジョンなんて相手にもならない強敵が多くて、妹が狙われるかもしれないと言ってたから、毎日筋トレは欠かさなかったから。
少なくともここのダンジョンならそんな強い魔物も出ないし、なんとかなるか。
「じゃあ、今日もダンジョン配信頑張るね~鬼ちゃん達も見守ってくれたら嬉しいな!」
『はいはい!』
『セシリアちゃん頑張れ~!』
洞窟を進み、大きな黒いウサギと戦い始めた。
昨日同様、短刀を持ち、避けて斬ってを繰り返す。
今日も十回に及ぶ大激戦を制した妹は、少し上がった息を整えて、また次に進んだ。
一匹でもあんなに嬉しそうにしてたのに、今日は真剣そのもので、喜ぶよりも狩りに集中しているのが分かる。
『セシリアたんが成長しているのを見てると嬉しいけど、寂しさも感じるよな……』
「ああ……うちの妹は最高だが、毎回こっちを向いてほしいよな……」
『鬼さん……! 貴方とは一生分かり合えそうです!』
「ああ……! 俺も君達となら仲良くできそうだ……!」
自慢じゃないが人間に興味がない俺は、ロクな友人もいないからな。
最近リスナー達がマブダチに思えてきた。
セシリアの狩りをずっと見守って、途中で水を渡したりと至近距離で水を飲む妹に興奮しまくるリスナー達に共感しながらしていると――――変なのが目の前に現れた。
「じゃじゃ~ん! 今日もリムちゃんだよん~!」
「…………」
「…………?」
カラフルで派手な衣装――――まるで道化師のような姿に、ピンク色の髪の可愛らしい女性が俺達の前に現れた。
格好はわりとふざけてるけど、腰の左側には二振りの刀がクロスするように付いている。
身長は百六十くらいだから刀の鞘が地面すれすれになっている。
「あ~! リムちゃん!?」
「リムちゃんだよっ~! キラーン☆」
いや、だから、誰だよ。
「お兄ちゃん! リムちゃんだよ! 私と一緒にレイルスターに入った子!」
「あ……そういやそんな女がいるって言ってたな」
「そんな女じゃないわ! こう見えても才能あふれた私は、上位探索者なのよ?」
「ふう~ん。そっか。じゃあお疲れ。またな」
「お兄ちゃん!? 同期の子なの!」
「お、おう……セシリアがそう言うなら……」
ニコニコして彼女を見つめるセシリアだが、彼女は少し違う。その目は、セシリアに対抗意識を燃やしているそのものだ。
「ふう~ん。貴方がセシリアちゃんね。同期だけど挨拶が遅れたわ。まさかレイルスターからFランクの配信者が出てくると思わなかったもんだから」
「えへへ……レイルスター初のFランクだもんね……」
「褒めてないわよ?」
「えっ!? う、うん……ご、ごめんね?」
こいつ…………なんかムカつくな。
「予想はしていたけど、全然強そうじゃないわね。そりゃFランクだし…………期待ハズレだったかな。あのワンパンも兄の力で本人は何もないわね」
セシリアの表情が一気に曇る。
ああ…………だから俺は他人が
いつだってそう。自分と少し違ったり弱いだけで、こうして踏みにじろうとする。
魔物が脅威だというなら、俺からすれば人間の方が余程脅威だと思う。
俺はゆっくりと二人の間に割り込んで、スマホを妹に渡した。
「お兄……ちゃん?」
「おい。お前」
「あんたがあの噂の男ね! そんな女じゃなくて私――――」
俺は右拳に力を込めて――――女を殴りつけた。ただし、当たる直前で寸止めする。
空気を叩き付けて威嚇する通称【空気殴り】だ。
雷でも鳴ったかのような轟音が周囲に響いて、女の全身を通りすぎる風圧。
女は目を大きくして驚いた。
「てめぇ。うちの妹を侮辱するなら許さんぞ」
「ひ、ひぃ……わ、私は…………う、うわああああああん!」
「ちっ。こんな程度で泣きやがって。何が期待の新人だ。弱いじゃねぇか」
「お兄ちゃん! リムちゃんが可哀想だよ!」
俺の腕にしがみついて女から引き離す。
大きな涙を流してわんわん泣く女を見ながら溜息を吐いた。
そもそもこいつ、何で来たんだ?
「セシリア。あんな女は放っておこう」
「ダメッ! 女の子には優しくしないとダメなの!」
「せ、セシリア!?」
「そんなお兄ちゃんなんて――――――――大嫌い!」
――大嫌い!
――――大嫌い!
――――――大嫌い!
――――――――大嫌い!
今まで食らったどんな魔物の攻撃よりも強い、渾身の一撃を受けた俺は、膝に矢を受けたかのようにその場で倒れ込んだ。
妹が…………妹がああああ! 俺を……嫌いに……なった……だと? は? 一体何の冗談なのだ! あの女が現れたせいで…………。
大泣きする女は妹によしよしされていた。
こいつ……ぜってぇ許さねぇ!
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