ミステリアラカルト

かとうすすむ

本文

 こんな物語があります。

 ある国の、王女である女性と、ある家臣の男が、ロマンチックで激しい恋に落ちます。

 二人は、ともに結婚して暮らしたいと望むのですが、女性は国の王女の身分です。決して、それは許されません。

 やがて、二人の関係は、女性の父親である国王の知る所となってしまいました。 

 そして、男は囚われの身となってしまいます。

 囚われの男は、やがて、国の群衆の見守るなかで、大きな闘技場で、冷酷な国王の命令に従って、一匹の獰猛な虎と対決させられることとなります。巨大な闘技場の特別席には、哀れな王女が、恋人である男を必死に見守っています。そして、王女である彼女は、ある秘密を知っていました。

 というのも、闘技場に立つ男の眼前には、ふたつの扉が待っています。

 しかも、そのふたつの扉には、片方に、その男と結婚することを約束された、目も覚めんばかりに美貌の美女が佇み、そして、もうひとつの扉には、血に飢えたどう猛な虎が待ち構えています。そして、王女である彼女はどちらの扉に、虎が潜んでいるのかを、王女の立場で、すでに知っていたのです。

 やがて、運命の時は来ました。

 対決です。

 ふたつの扉の前で、困惑する男。

 しかし、やがて、王女は静かに、何のためらいもなく、右側の扉を、男に指差しました。

 男は、喜びました。恋人からの、命を賭けたメッセージです。

 そして、何のこだわりもないままに、男は、急いで、右側の扉を開きました。

 さあ、ここで、あなたに問題です。

 さて、男の開いた右側の扉から、出てきたのは、美女でしょうか、それとも、虎でしょうか?

 ここには、永遠とも言える女性の心理の深淵な謎がありますね。

 非常に難しい問いかけです。

 これが、かのF·R·ストックトンが描いた「女か虎か」という有名な西洋のリドルストーリーのひとつなのです。

 リドルストーリーとは、物語の結末のない謎かけ小説のことを指します。

 推理小説って、ご存じでしょうか?

 今で言う、いわゆるミステリーです。でも、巷で、よくテレビで放送しているサスペンス劇場で、ご存じの方も多いでしょう。

 例えば、ある温泉地の観光で、目も覚めるような美人の女性が、温泉で、美しき全裸姿で殺されてしまいます。そして、そこに、何人もの容疑者がわざとらしく怪しげに登場して、殺人事件の目撃や、アリバイの証言を行います。そして、事件を解決してくれる重要な証拠を持つ人物が現れたかと思うと、いきなりに犯人に殺されてしまう。やがて、名刑事が登場して、彼は地道な捜査を進め、物語の最後には、あっと言うような意外なる登場人物が事件の真犯人として告発される。その舞台も、毎回、決まったように、切り立った高い崖の上でした。

 しかし、実際のミステリの世界では、事件の発端も展開も、最後に迎える結末までもが、多岐にわたってバラエティ豊かになっています。

 今回のエッセイでは、この不可思議で興味深いミステリ小説の世界を、よくある英語の疑問文の5W1Hの順に、筆者が思いつくままに、簡単に、ご紹介してみたいと思います。

 まず第一は、「何があったか?」という謎です。

 この例に当てはまるミステリとして思いつくのが、近代の著名なるユダヤ人の推理作家、ハリイ·ケメルマンによるミステリの好短編である「9マイルは遠すぎる」です。物語は、仲のよい二人の友人の談笑で始まります。「9マイルもの道を歩くのは容易じゃない、まして雨の中となるとなおさらだ」という友人の、どこかで無意識に聞いた誰かの言葉を発端にして、名探偵のニッキイ·ウエルト教授の名推理が冴え渡ります。こんな短い言葉だけで、驚嘆するような意外なる結末というか結論を導き出すケメルマンの筆力には心底、驚嘆させられました。短編ミステリの名作として、国内外から名声のある好品でしょう。

 第二に、「誰が殺したのか」です。

 黄金期ミステリ作家の忘れざる女王として、イギリスのアガサ·クリスティが、1926年に、彼女の第6冊目の長編推理小説として、エルキュール·ポアロ探偵第3作目の作品となった「アクロイド殺人事件」があります。物語では、とある村の名士、ロジャー·アクロイド氏が、キングズ·アボット村に住んでいた、ある婦人に関する、ある大きな悩みを抱えて、この物語の語り手であるシェパード医師と語り合います。そして、彼と語っている最中に、アクロイド氏は、誰からも見られていないタイミングで、狡猾な殺人者の手によって、無惨にも短剣で刺殺されてしまいます。殺害犯人は誰か?クリスティの巧妙な語り口によって、本書を読む読者は、どんどんとミステリアスな、ある田舎の、謎に満ちた世界の中へと、引き込まれていきます。隣人の男、エルキュールポアロ氏の登場によって、物語は一気に緊迫していきます。次々に暴かれていく村人たちの嘘。そして、最後に待ち受ける衝撃の結末では、きっと読む者が、「これは卑怯だ!」と、思わず叫んでしまうような意外な殺人犯人を、見事に名探偵ポワロが名推理で的中させます。確かに、本作は、発表当時、このトリックの是非について物議を醸し出したほどの問題作であることは言うまでもありません。あなたもきっと騙されるでしょう。ぜひ、ご一読なってみて心地よく騙されてみてはいかがでしょうか?

 第三に、「いつ、どこで殺されたか」という謎になってきます。ここでは、F·W·クロフツが、1920年に処女作として発表した「樽」を、ご紹介しましょう。

 ある日、ロンドンにある埠頭で、貨物船からおろした荷物の大きな樽が、誤って落ちて壊れて、中から出てきたのは、何と大量のソブリン金貨と女の死体でした。ここから事件が勃発して、やがて再び、樽が行方不明となり、また発見されたり、と実にややこしい展開へと発展していきます。捜査にあたるのは、イギリスのスコットランドヤードとフランス警視庁で、序盤の終わりから、怪しい樽が3個になって、その行方も、パリとロンドンの間を複雑に行き来して、読んでいく方も片手でメモ書きをしながらページを繰って、丹念に樽の行方から、犯人のアリバイ崩しへと克明に取り組まなければなりません。よく緻密に完成されたミステリ黄金期の名作のひとつと言えるでしょう。ここでは、ジグソーパズルのピースを丹念に1個1個はめて完成させていくような地道な警察、捜査当局の活動が、現代の警察小説さながらに巧みに描かれています。良くできた秀作であるともいえます。

 次に、「なぜ殺されたか」の謎です。これに当てはまるものとしては、例えば、日本の高名なミステリ作家である高木彬光が1974年に発表した快作「一、二、三、死」です。本作は、この物語の語り手であり、謎の名探偵、墨野隴人のワトスン役でもある村田和子と、同じマンションの部屋に住む75歳の老婆のもとに、ドイツ語で「一、二、三、死」と書かれた謎の手紙が届けられる場面から始まります。物語はテンポよく進んで、「鬼の数え歌」という童謡の通りに、連続殺人事件が起こります。全般を通して、探偵の墨野隴人の登場は少なく、もっぱらは、ワトスン役の和子の名活躍の連続となっています。最期に明かされる真犯人の、意表を突く「殺人動機」は、ミステリ史上、その名を残すほどの秀逸さで見事に際立っています。ぜひ、ご一読あれ。

 最期に、「いかにして殺されたか」です。ここでは、東西きっての、不可能犯罪の巨匠、密室ミステリの名手、ジョン·ディクスン·カーにご登場願いましょう。

 彼の代表作のひとつである名作の「三つの棺」は、オカルティズム趣味に満ち溢れた吸血鬼伝説から物語が始まります。とあるロンドンの夜、グリモー教授のもとをコートと帽子で身を包み、仮面をつけた長身の謎の男が訪れます。やがて二人の入った書斎から銃声が響きます。居合わせた名探偵のフェル博士たちがドアを破ると、胸を撃たれて瀕死の教授が倒れていましたが、密室状態の部屋からは、謎の男の姿が完全に煙のように消え失せていたのです。そして、物語の後半の「密室講義」では、登場人物たちによって古今東西の密室ミステリのトリックの如何について論議されており、不可解な謎の大好きな本格ミステリのマニアにとっては、刺激に満ちた巨作です。しかし、本書の密室ミステリのトリックは、やや必然性に欠いているところもありますが、時計による時間トリックの巧妙さ等の点からも、秀作のひとつと言えるのでしょう。

 以上です。いかがですか?

 このエッセイを読んで、少しでも、本格ミステリの面白さや興味深さを知っていただければ、筆者として、これ以上の喜びはありません。この機会に、ぜひ一度、図書館や本屋で、本格ミステリの名作のひとつをご一読してみて下さい。きっと、病みつきになること、私が請け合いますよ。

 最期に、有名なジョークをひとつ。

 ある山道に、大きな石ころが置いてありました。ひとりの旅人がそこに居合わせて、この大きな石ころを見て、その表面に書いてある文章に目を止めました。「これをひっくり返してごらん。面白いよ」そこで旅人は、ひと苦労して、その大きな石ころをひっくり返してみせます。しかし、その下には何もありません。残念でした。そして、ひっくり返した石ころの上には、こう書かれていました。「また、ひっくり返しておいておくれ。誰かを騙すから」

 このエッセイの最期に、私が薦める本格ミステリの名作のいくつかの題名を上げておきますので、どうぞ、ご参考になって下さい。どうもありがとうございました。心よりお礼申し上げます。

 

アガサ·クリスティ

 「そして誰もいなくなった」

    (ハヤカワミステリ文庫)

エラリー·クイーン

 「Yの悲劇」

    (創元推理文庫) 

ヴァン·ダイン

 「グリーン家殺人事件」

    (創元推理文庫)

J·D·カー

 「読者よ欺かれるなかれ」

    (ハヤカワポケットミステリ)

E.·A·ポー

 「ポオ小説全集」(全5巻)

    (創元推理文庫)

 

 


 

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