粗忽な夜話
そうですねぇ、そう言われれば小さい頃からそそっかしい、思い込みで失敗しやがる、粗忽者と言われてましたかねぇ。
はぁはぁ、それは熊と八の、長屋暮らしの粗忽者で、あたしの場合は万年床の安アパート暮らしの粗忽者ですよ。ええ、もちろん独り身で。
ここに来たのもただの気まぐれ、休みの日なんてものは気の向くまま足の向くまま、昼間っから煮込みに安酒としゃれこんで、川向こうから観音様に誘われて西東ですよ。
まあ、日銭しか持ってねぇ身分ですから、拝める観音様も煤けた老木か、枝が一本ばかり多い上野のかまどが関の山で。
えっ、いいんですか。じゃあ、お言葉に甘えて。
ほぅ、こりゃ謙信公のお膝元の。なるほど、キリリとしてるが甘みが舌を走る感じは神速のごとくって感じで。あたしみたいなもんの口にはなかなか入ってこない良品だ。
あぁ、そうだ、夢の話でしたね。
こんなむさ苦しい野郎の夢を聴きたいなんて、あなたも随分と酔狂ですね。
へぇー、月刊誌で猟奇怪奇の記事を書いてなさる。あれですか、カストリってやつですかい。
あぁぁ、そうか、ありゃ月刊誌なんて大層なものじゃねぇんですね。すいません、すいません、学もなけりゃ暇もねぇ貧乏人ですから、その辺りは無調法で。
えっえっ、なんですかい? キタンゲッポウ。はぁ、あたしには漢字すら想像できねぇ難しい名前だ。
はぁ、夢ですか。
なんてことはない夢ですよ。
ええ、夢ってのはあれですよね、なんでこんなところでこんなことをしているんだと、そんなところからいつも始まる。
発端も脈絡もありゃしねぇ。
この夢もそうですよ。
ふっとね、いつもの安アパートから始まった。
あたしはそこでね、見覚えのねぇ白シャツの少年の首をね、こう、ギューッと締めてる。
少年はねぇ、肌の白い、ちょっと阪妻に似たような、えぇ、美少年だ。
その細い首をあたしはギューッと締めている。
首に食い込んだ手は汗に塗れて、今にも外れてしまいそうだ。
外れたら逃れられ、反撃されたら堪らないとあたしは必死でね、もう死に物狂いで首を絞めた。
人を絞め殺そうっていうときに死に物狂いも変ですがね。
あはははは。
ええ、少年は死にましたよ。
シャツは着てたのにね、下半身は剥き出しで、えぇ、シシャモみたいなあれがね、白く濡れてやがった。
厭らしいものですよ。
あたしはなんとも汚らしい気持ちになってしまってね、安アパートを飛び出して、江戸川沿いをぶらぶらしていたんですが、さすがに腹が減ってきましてね、ええ、北小岩あたりで町に降りて、へぇ、小腹を満たそうと飛び込んだのがこの店で。
そうですね、ここが案外、蕎麦が食えてね、二級酒とザルでよろしくやっていたって塩梅で。
えっ、えっ、なんだか市川のあたりが騒がしい? 警察が集まってきている? 市川はあたしの安アパートがあるあたりですが。
なんでしょうねぇ、あの辺りは貧乏人は多いが、治安はわりといいんですけどね。
いやいや、まあ、せっかく謙信公ゆかりのお酒を頂戴したんだ、板わさぐらいは奮発したいですよ。
はぁ、これですか。あぁぁ、こいつはねえ、えーと、そうだ、あれも夢の中でね、気持ち良さそうに寝ている阪妻似の少年のね、そうそう、シシャモみたいなイチモツをね、出刃包丁で切り取ったときに浴びたんだ。
あったかい血だったなぁ。
いやいや、よして下さいよ、せっかく切り取ったイチモツですよ、ほら、ちゃんと懐に入っている。
どうです、ちゃんと水で洗ったからね、綺麗なものでしょ。
今にもあのときみたいに喋り出しそうだ。
はぁ、どうしたんですか、みなさん、そんなに大騒ぎして。
やめて下さいよ、ただの夢の話ですよ。
えっ、いつ夢から覚めたんだって?
変なことを言う人だなぁ。
はい?
あんたは夢から覚めてないって?
そうか、そういうことか…。
なるほど、どうにもおかしいとは思っていたんだ。
だからあんなことが起きたし、いつも、厭なことばっかり降りかかってきやがったのか。
いやいや、本当にそそっかしい、粗忽者ですね、あたしは。
そうですよね、そういうことですよね。
これも夢の続きか。
なら、好きなことが、また、やれるんだ。
骸骨奇譚 カタオカアツシ @konoha1003fuyu
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