爆ぜろ
暗い愉しみに耽ったあと、シャワーを浴びて血を洗い流し、板の間に寝転がった。
脳内で、爆ぜて飛び散る肉と血がリプレイされる。
害獣駆除だ。
こんな俺が、世の中の役に立っている、と思ってもいないことを心の中で唱えて、寺沢は歪んだ笑みを浮かべた。
職場の野菜加工工場にはゾッとするほどネズミが棲み着いている。
奴らは野菜屑さえあれば、あとはまさにネズミ算に増えていく。
会社は殺鼠剤などを使って駆除しようとはしているが、ほとんど効果をあげていない。
だから、寺沢は簡単な罠を工場の隅に仕掛けて、ネズミを捕獲している。
自宅で嬲り殺すために。
害獣駆除だ。
どうせ見つかったら殺されるのだ。
一匹でも数が減れば会社のためになる。
そんなことをたまには思うが、実際は、生き物を殺したい、ただそれだけだった。
首をハサミで切り落とす。カッターで腹を割く。煮えたぎった油に落とす。金槌で頭を砕く。ホッチキスを刺しまくる。
ありとあらゆる方法で殺してきた。
もう何匹殺したのか覚えていない。
そうだ、あの人気漫画の台詞そのものだ。
自分が何回、朝食を食べたか覚えている奴はいるか?
寺沢は闇の中で寝転がりながら、歪んだ笑いを浮かべた。
先ほどは肥え太ったネズミを針金で縛り、身動きが出来ないようにして火をつけた爆竹を口に押し込んだ。
導火線は瞬く間に消えてなくなり、くぐもった爆発音と一緒にネズミの顎が吹き飛んだ。
頭部もほとんど爆ぜてしまったが、驚いたことに四肢は苦痛に悶えていた。
寺沢はネズミが動かなくなるまで、感情のない目で見下ろしていた。
正直、最近はネズミを殺すにも飽きてきていた。
そろそろ止めようか。
思って寺沢は醜く笑う。
ネズミはどんな殺し方をしても、反応がいまいちだった。知能がない分、反応も乏しい。
猫や犬を捕まえてみようか。
あいつらなら、もっと違った反応をしてくれそうだ。
いや、いっそのこと、一線を越えてやるか。
おぞましい妄想を逞しくして、寺沢は笑う。
そんなときだ。
さきほどネズミを殺した浴室から物音がした。
なにかが動き回ったような音。
まさか、さっきのネズミ、死んでいなかったのか。
頭が半分、吹き飛んだ死体はそのまま浴室に放置してある。
そんな馬鹿な。
板の間から身を起こした寺沢は、口をあんぐりと開けて凍りついた。
浴室のほうから、丸い黒い影が現れた。
それは宙に浮いている。
ビーチボールみたいだ。
そんなことを思った寺沢は、板の間で後退った。
宙に浮いた黒い影は、ネズミの死骸が寄り集まったものだった。
首がないもの、四肢を無くしたもの、腹を割かれて内臓が飛び出したもの、焼け爛れたもの、原形をとどめていないもの、ありとあらゆる姿の死骸が寄り集まり、宙に浮いていた。
それが、急に、寺沢に接近した。
逃げる隙もなかった。
前脚や尻尾を床に落としながら、それは寺沢に迫る。
寺沢は、口をあんぐりと開けていることしか出来なかった。
それは寺沢に迫ると、開けられた口の中に押し入ってきた。
唇に、舌に、ネズミの強い毛が突き刺さる。
折れた後ろ脚の骨が頬を突き破った。
口に押し入ったネズミの死骸は喉を押し広げて、寺沢の中に中にと侵入していく。
胃がネズミの死骸で満たされた。
口からは入りきらなかった死骸が溢れかえる。
白目を剝いた寺沢は最期に思った。
害獣駆除、なのかな。
体の奥で死骸が爆ぜた。
寺沢は花火のように板の間に散った。
しばらく、そのまわりでは、ネズミの鳴き声が鳴り止まなかった。
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