良い音色

 もうそろそろ店じまいをしようか。

 そんなことを考えていたら店のドアが開かれた。店内にはレディオヘッドの『Ok Computer』が流れていた。

 狭い店内。

 入口に目を向けると、若い男が半透明の袋を手に持って店に入ってきた。

 うちの客層では珍しい。

 中古のレコードショップ。

 六十年代のハードロックや七十年代のサイケを中心に扱っている。五十代、六十代がよく来る客層だ。

 男は口元に笑みを浮かべて僕の前に来た。

 会計台に半透明の袋を置き、買い取って欲しいんですけど、と妙に高い声で言った。

 僕は半透明の袋を見下ろし、若い男の顔を見て、これは鳴りますかね、と尋ねた。

 男は自分が置いた袋をしげしげと眺めると、ええ良い音色で鳴りますよ、笑った。

「へー、そうですか」

 僕は一歩後退り、ポケットのスマートフォンを手にした。

「ええ、良く鳴りますよ、取れたてですから」

「なるほど」

 僕はじっと袋を見ながら男に言う。

「ちょっと待ててください、電話がかかってきたので」

 狭い店内。なるべく男から離れて警察に通報する。

 しかし、すでに店の外ではけたたましいパトカーのサイレンが飛び交っていた。

 まあ、そうなるかな。

 男が会計台に置いた半透明の袋には、削ぎ落とされた人の耳がみっしりと入っていた。袋の下には血溜まりが出来ている。 

 取れたてか、なるほどね。

 耳はよく鳴らないだろ、それは聴くほうだ。

 そんな馬鹿なことを思っていたら、若い男は後ろポケットから血塗れのジャックナイフを取り出して、会計台を乗り越えてきた。

 あーあ、今日で、


 店じまいか。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る