骸骨奇譚 第二夜 冷血
明日までと、今日まで
いつも始発電車で職場に向かう。
横浜湾岸エリアの倉庫。
始業が早いわけではなく、私の自宅が職場から遠すぎるから。
県西部の山の中、有名な温泉地からさらに奥まったところに住んでいる。
なぜそんな遠くから通っているの?
よく訊かれるが、理由は現金なものだ。
県西部から横浜エリアまでの定期券を会社負担で手に入れたら、県内の移動はほぼ無料になる。もちろん、人聞きが悪いので職場で本当のことは言っていない。
地元に仕事がないから、この辺りで働くのが夢だったから。
そんな適当な理由で誰もが納得する。
横浜市内に入るまで電車が空いているのも魅力だった。
小柄で年齢よりも若く見えるから、満員電車では不快な思いをすることがある。それを避けられるのは有難かった。
特に最寄り駅から乗り込む始発電車は、毎日貸し切り状態だ。
そこでリラックスして好きな音楽を聴きながら車窓を眺めるのが好きだった。
それなのに、今朝に限って邪魔が入った。
始発電車に乗り込み、いつもの席に座り、イヤホンで音楽を聴く。最近のお気に入りはライムスターだ。
だいたい三曲目あたりで次の駅に到着する。
次の駅からもほとんど人が乗ってくることがないのだが、今朝はスーツ姿の男性が乗り込んできた。
珍しいな。
横目で眺めていたら、男性が真っ直ぐに私が座っているところに近づいてきた。
車内はガラガラだ。どこにでも座れる。
なんだろう。
嫌な予感がしていたら、男性は私の前の座席に座ってしまった。
最悪だ。
急に他人から悪意を向けられた感覚がして不快になった。
ガラガラの始発電車で、わざわざ目の前に座る。どういう気持ちでやっているのだろう。
ちらりと顔を見たが、明らかな悪意や敵意は見て取れなかった。
無表情に私の顔の横あたりを見ている。
席を換えようかとも思ったが、変に刺激をするのも恐いから目を瞑ることにした。
視界に入らなければ関係ない。
目を瞑り、うなだれ、ライムスターのラップに軽く乗る。しかし、どうしても目の前に座った男のことを考えてしまう。
少し離れたところに若い男性がふたり座っていた。痴漢に遭うことはないだろう。それでも不快感や不安があった。
せっかくのんびりと楽しい始発電車だったのに。
もし、明日もやって来たらどうしよう。
そのときは車輌を変えよう。
そう思ったときだ。
耳ともで男の声がした。
「大丈夫ですよ」
驚いて身を起こす。
イヤホンをしているのになぜ!
声がした方を見ると、さっきまで目の前に座っていた男が隣にいた。こちらを無表情な顔で見ている。
イヤホンから音楽が聞こえない。
車窓は真っ暗だ。
トンネル?
いや、この区間にトンネルはない。
男がゆっくりと口を開く。
口とは少しズレて、頭の中で声がした。
「大丈夫ですよ、僕は明日、死にますから」
言って男は首を傾げた。ボキボキと嫌な音がなった。男の首が有り得ないほど曲がっていく。
ボキボキ。
頭がほとんど真横になったところで、また男の口が動いた。
口とはズレて男の声。
「あっ、でもあなたは今日死ぬんで関係ないか」
男の顔が急に真っ直ぐに直った。
ボキボキ!
私の首が直角に折れた。
終着駅に着くまで、乗り込んできた乗客たちは、居眠りをしているのだろうと、三﨑栞里が首を折られて死んでいるのに気がつかなかった。
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