Teurel

 それはドイツ南部の小さな田舎町ベルンローで見つかった。ベルンローはテーガーン湖の北にある人口百人弱の町だ。住人のほとんどは農業に従事している。

 見つかったのはシモン・リードレの自宅からだ。シモンはもともと母親と二人で暮らしていたが、母親が亡くなってからは五年間、ひとりで暮らしていた。シモンには軽度の知的障害があり、親戚の農場で簡単な仕事を任されていた。寡黙で必要最低限のことしか喋らなかったが、子供の頃からずっとそうだったから、気にする者はいなかった。

 いつも時計仕掛けのように決まった時間にやってくるシモンが、その日はやって来なかった。三十年以上通っていて初めてのことだ。

 何かあったに違いない。雇い主のルディ・リードレは息子のユルゲンを連れてシモンの家に向かった。家までは歩いて五分と掛からない。

 異変に最初に気がついたのは息子のユルゲンだった。

 父さんあれ、とユルゲンが指さした先には、俯せに倒れた仕事着姿のシモンがいた。

 ルディもユルゲンもひと目見て死んでいると分かったそうだ。

 シモンは玄関の先、五段ほどある煉瓦造りの階段で倒れていて、首が、異様な方向に折れていた。

 運び込まれた病院で死亡が確認された。享年五十二歳。死因は脊髄損傷による窒息死だった。事件性はなく事故と処理された。

 それ、は現場検証をした警察官が発見した。

 シモンの自宅はいつも厚いカーテンが引かれ、室内の様子が分からなかった。警察は事件性がないか確かめるために室内に入った。

 そして、それを見た。

 誰もが絶句した。

 シモンの家の中には、百を超える鳥籠が所狭しと置かれていた。

 ブリキ製のひと抱えほどの大きな鳥籠、それが床に、テーブルのうえに、あらゆるところに置かれている。ほとんど足の踏み場もなかったという。

 さらに異常だったのは、すべての鳥籠に布製の人形が入れられていたことだ。

 これが、おかしい。

 鳥籠の出入口は拳大で、とてもそこから入れられそうにない。鳥籠は溶接加工が施されていて、分解した痕跡はなかった。つまり、誰かが鳥籠の中で人形を完成させたのだ。ボトルシップのようなものかと、警官たちは考えた。

 さらに異様なのは人形の胸にはどれも、荒々しく折られた木の枝が突き刺さっていた。

 吸血鬼にトドメを刺したかのように。

 何もかもが異常だった。数えたら鳥籠と人形は百六十四あった。

 シモンが造ったのか、それとも母親が造ったのか。

 この光景を見たルディとユルゲンは真っ青になった。人形は、間違いなくシモンの母親のアーデルハイトがモデルだという。ならば、シモンが死んだ母親を慕って造ったのか。

 しかし、なぜ、鳥籠の中に?

 なぜ、胸に木の枝を刺した?

 五年間で、こんなに沢山の人形が造れるものなのか。

 いや、もしかしたら母親が生きていた頃から造っていた?

 それは、異常だ。

 二人で暮らす息子が、黙々と鳥籠の中に自分の人形を造っていて、胸に木の枝を刺していて、それを母親はどんな思いで見ていたのか。

 すべてがおかしい。

 意味が分からず、警察も親戚たちも困惑した。

 何より彼らを戦慄させたのは、鳥籠が置かれた部屋の壁にみっしりと、真っ赤な色鉛筆で書かれた単語だ。

 それはゾッとするほど同じ筆跡、同じ大きさで、まるでプリントしたかのように整然と書かれていた。


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 Teurel(悪魔)と。


 


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