おさえられない、この思い
決して多くはない。写真に撮られるのが小さい頃から嫌いだった。変な顔だから。そんなことを気にする男の子だった。だから、手元に残ったのは十八枚。どれも宝物だ。幼い頃の写真は息子自身が燃やしてしまった。
ここにいたこと自体を消したんだよ。
そんなことを言う子に、いつの間にかなっていた。大きくなってからは殴られもした。蹴られもした。罵られた。だけれど、実の息子を憎むことは出来なかった。
どうしていつもそうなんだよ。
なにが、そうだったのだろう。最後に見た息子の顔は、怒りでも憎しみでもなかった。あれは、あの顔は、なんだったのだろう。何も読み取れなかった。それぐらいに私と息子との間には断絶があった。酷い母親だったのだろう。
どうすればいいんだよ。
息子の言葉は今も胸の中でこだましている。私の大切な息子。生き別れてしまったけど、今も世界でいちばん大切なひと。この十八枚の写真が私と息子がともにいた証。この写真だけは死ぬまで離さない。死ぬまで離さない。絶対に離さない。
相原君枝は汚物を清掃し、ベッドのまわりのゴミを処理し、あくまでも事務的に仕事を進めていく。
私情はおろか感情もすり減っている。母に押しつけられた仕事。ただ家が近いからという理由だけ。
母の妹の世話だ。
寝たきりなわけではない。
生活保護を受けて暮らしている。
最低限の身の回りのことは自分で出来る。
しかし、伯母はどこかが、決定的に壊れてしまっている。
子供の頃から不思議な妹だったと、母は懐かしそうに言う。
妹にしか見えない友達がいて、楽しそうに遊んでいたと。
そんなこと知ったことではない。
君枝には伯母に対して何の思い入れもない。
最初は、肉親だからと多少の親しみを込めて接していた。しかし、それも一ヶ月ほどで消え去った。
どれほど親身になろうとも、どれほど親しみを込めようとも、伯母には通じなかった。
今も、伯母は座椅子に寄り掛かって、皺だらけの、切れ切れになった切り抜きを抱え込んで、独り言を繰り返している。
汚らしい二十枚弱の切り抜き。
大昔のアイドル雑誌や週刊誌から切り抜いた、俳優やアイドルの写真。
そんなものを、まるで恋人の写真のように大事にしている。
いつも世話をしている君枝には見向きもしないのに。
腹が立つ。
君枝はわざと大きな音を立ててゴミを片付ける。
この姿を誰かが見たら、どう思うだろう。
何度も説得はした。
色々な種類の物を持ってきて、着て下さいと懇願した。
しかし、伯母は頑なに拒み続けた。
「息子が帰ってきたときに、知らない服を着ていたら私だと分からないでしょ」
そんな意味不明なことを言って、伯母は服を着ることを拒んだ。だから、伯母は全裸のまま切れ切れの切り抜きを大事そうにして、よく分からない呟きを繰り返している。
何が息子なのか。
伯母はずっと独身で、夫がいたこともないのに。
「憎むことなんて出来ないのよ」
伯母が愛おしげに呟いた。
君枝が初めて伯母に殺意を抱いたのは、このときだった。
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