第15話 揺れる共和国

共和暦202年4月17日 セント・ラテニア共和国 首都ロマネウス


 『帝国』なる悪辣非道な帝国主義者の率いる国との、事実上の戦争が始まって凡そ9か月。首都ロマネウスの共和国元老院区画にある執政官官邸では、多くの閣僚が揃って国防軍を叱責していた。


「ヘレニジアは愚か、マルティアを残虐な帝国軍に攻撃されるとは何たる失態か」


 共和国産業省長官が険しい表情で言い、国防省長官のカーザ・ディ・ドラクム上級大将は苦虫を噛み潰したかの様な表情を浮かべる。


 ブレダが帝国軍艦隊の強襲を受けて壊滅し、イオニア近海にて艦隊が地上戦力ともども撃破されたという事実は、当然ながら共和国全体に強い衝撃をもたらした。一つは、帝国軍の戦力の非常に膨大な事。単発機を複数機搭載・運用可能な特殊艦や、海軍にとって費用対効果に釣り合わないとして退役させられていた戦列艦を複数も保有している事はもちろんの事、共和国海軍の総戦力と同等の規模を複数の海域に展開しうる国力の大きさには、軍も愕然とならざるを得なかった。


 一つは、それに関連して軍の戦力がヘレニジア方面で弱体化した事。最も多くの被害を受けた海軍は、巡洋艦5隻と駆逐艦9隻、潜水艦7隻含む艦艇40隻超の轟沈により、制海権はイオニア近海に限定される事となっている。特に沿岸部の哨戒と警備を担う哨戒艦や砲艦の大量喪失は痛く、空軍の作戦機80機超喪失と並んで、帝国軍の再度攻勢に対応できぬ可能性が高まっていた。


 一つは、ヘレニジア解放政策の頓挫。現在ヘレニジア大陸には『共和国の優れた技術・文化の布教者たる信徒』として数万の移民が移り住んでいるが、本土からの補給物資の中継地点であるブレダが強襲され、定期的な支援が不可能になりつつある。そして現地の開発に投資している企業や貴族には財務的な打撃がもたらされ、すでに数人の貴族や投資家が、ケリウス教の教義で禁じられている筈の自殺に至る状況となっているという。


「すでに軍の面子はヘレニジア方面で失墜し、陸軍も補給が不安定な事を受けて攻勢を躊躇っている状況にあると言うではないか。この醜態、如何にして挽回するおつもりか」


 交通省長官の糾弾に対し、ドラクムはただ口をつぐむ。技術面で遅れている様な国には、優秀な戦車とジェット戦闘機、そして誘導ロケットで圧倒的に勝てると踏んだ矢先に、相手は時代遅れな点を覆い隠す程の膨大な兵力で反撃してきたのだ。またブレダの生き残りからの情報によると、〈マステル〉の予備パーツや誘導ロケット弾を載せた貨物船が鹵獲され、技術者も複数名拉致されたという。なれば相手も同様の兵器の開発や、友好的な対策の考案に至るのは確実である。


「…我が軍として、ただ座視して屈辱を放置しているつもりはない。ブレダには新たに〈マステル〉と〈バルトール〉を主力とした航空団を配置し、海軍も新型潜水艦を沿岸警備用に展開して再度の強襲を阻止する。無論、予算の許す限りでの軍備拡張も行うが、それには産業界並びに全国民の協力が必要不可欠だ」


 ブレダの防備を厳重にする事や、さらに踏み込んだ軍拡によって対策する事を明言し、閣僚の多くは半分納得、半分不満の様子を露わにする。確かにより多くの投資を軍にする事で解決するならよろしい事ではあるが、その投資が無駄になれば、怒りは倍のものとなろう。


 斯くして新たな策の宣言によって窮地を脱したドラクムは、この国の支配者であるギリス・ディ・カメシウス執政官の下を訪れ、緊急会議の内容を報告していた。


「…よって、帝国軍に対して不利を免れるべく、幾つかの政策の方針転換と、『火』の使用許可を願いたく思います」


 ドラクムの要請を聞き、カメシウスは不満げな表情を隠さない。軍の醜態は軍政の最高責任者たるドラクムの醜態と同義である。此度の惨敗はまさに軍全体の醜態であり、オリンパス高原での快勝を帳消しにする程の衝撃であった。


 そしてドラクムは、その失態を吹き飛ばすかの如く、『火』を用いると言うのだ。これにはカメシウスも疑う他なかった。


「…蛮族の悪魔崇拝の地を吹き飛ばすのはともかく、軍隊相手に『火』を用いると?確かに非常に強力だが、装甲車相手には効果は薄いと聞く。本当に使うつもりか?」


「ですが、帝国軍は機械化されていない歩兵が中心です。大多数の歩兵部隊を焼却せしめてから、戦車部隊で蹂躙すべきでしょう。航空戦におきましても、旧来の〈タペスト〉から〈マステル〉へ更新していき、さらに数的優勢に対抗できる様に配備部隊も増加させます」


 質的優勢を圧倒的物量で捻じ伏せられたトラウマは大きい。レシプロ機ばかりの敵軍など恐るるに足らずと侮った結果、想定外な数で刀折れ矢尽きるまで戦わされた上で壊滅させられたという詳報を、ドラクムは危ぶんでいた。そしてその危惧は、此度のイオニアとブレダでの惨劇で現実のものとなったのである。


 だが、相手陸軍は完全な機械化を達成できていない。恐らく海軍艦艇や航空機の大量生産に偏重し過ぎて、陸戦兵器の生産が低いからだろう。であればこちらも同等の数を最前線に配備して、質を活かせる環境にしていくのみである。


「…分かった。だが『火』の投下は時期尚早過ぎる。現有戦力のヘレニジアに対する優先的な配備で対応せよ。他の地域は『騎士団』の予備部隊でも十分に対応できる」


「はっ…」


 斯くして、対応策は定まった。国防省及び国防軍参謀本部はヘレニジア方面の戦略として、


・陸軍4個師団より7個師団の2個軍団規模へ増強し、確実に陸戦で勝利する。

・空軍は3個戦闘機連隊、2個爆撃機連隊の1個航空師団から、6個戦闘機連隊、4個爆撃機連隊の2個航空師団へと増強する。配備する航空機も〈マステル〉及びその改良型を優先的に配備する。

・海軍は本国艦隊や新造艦を中心に配備して再建する。


と、大胆な増強が発表された。研究機関や軍需産業に対しても、増産と新兵器の開発が要請され、兵員の確保のために貧民の徴兵や解放地からの志願者要請という形での外人部隊創設へと繋がるのだった。

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