第12話 ハレー作戦開始

帝国暦502年4月9日 ノルマンディア大陸南西部海域


 4月6日にドブロニスクを発った帝国海軍西方艦隊は、西に2000キロメートル離れた海域に展開していた。目的地は1000キロメートル先にあるマルティア諸島の中心都市ブレダ。


「スロビアの半魚人族を用いた偵察によると、すでに敵軍はブレダの港湾設備をある程度整えており、数十隻もの船舶が燃料補給や簡単な整備を行っているそうです」


 艦隊旗艦を務める戦艦「グラン・アトラス」の士官室にて、カーゼル大将は参謀から報告を受ける。


「亜人族さまさまだな。我が国も下手に迫害などせずに、上手く利用するべきだな」


「それは今回の作戦が終了してから提言すべきでしょう。我が西方艦隊は複雑な行程を成すために分散しているのですから」


 アルカードの言う通り、西方艦隊のほぼ総戦力を投ずるハレー作戦は、その規模の大きさを活かして複数の作戦を達成できる様に分散編制されていた。


西方艦隊第一艦隊(カーゼル大将直轄部隊)

戦艦7隻、軽空母2隻、重巡8隻、軽巡2隻、駆逐艦12隻、潜水艦6隻、給油艦6隻

西方艦隊第二艦隊(バルゼル中将艦隊)

戦艦2隻、空母6隻、重巡2隻、軽巡2隻、駆逐艦12隻、潜水艦6隻、給油艦6隻

西方艦隊第三艦隊(アルカード中将艦隊)

戦艦2隻、空母2隻、重巡4隻、軽巡2隻、駆逐艦12隻、潜水艦6隻


 なお軽空母2隻は、うち1隻は同時期に出航した地方艦隊所属の軽巡1隻や駆逐艦6隻とともに、スロビア海軍に練習艦として供与されており、もう1隻はドーラフ提督の下で艦隊旗艦として運用されている。


「すでに相手はこちらの動きを察しているか、あるいは放置しているだろうが、基本的に力押しで行くしかあるまい。確かに敵の戦闘機は高性能であるが、数は少ない。圧倒的物量でごり押しつつ、制空権を確実に取るのだ。欲を言えば一時的に占領して、敵の装備を鹵獲したいところであるが…」


「それはヘレニジアで奮戦している陸軍に譲ってもよい功績でしょう。流石に昨今の戦闘で陸軍と航空隊にはいいところがありません。英雄の余裕という訳でもありませんが、顔を立てておいた方がいいでしょう」


 何せ、ハレー作戦は相当に海軍の顔を立てている作戦だ。オリンパス高原で惨敗を喫し、それを恥辱だと捉えている陸軍軍人は多いだろう。その中で唯一誇れる戦果が敵軍兵器の鹵獲であった。


「作戦の内容は以下の通りに進める。まず第三艦隊が第一次攻撃隊を出撃させて初撃を加えるとともに、相手航空戦力に出血を強いる。同時に電子妨害及びレーダー網破壊を行い、それが完了次第、第二艦隊は第二次攻撃隊を全力出撃させよ。制空権の完全掌握が確認された後に我が第一艦隊は敵軍港に接近し、艦砲射撃及び爆撃で敵艦船を殲滅。潜水艦部隊は撤収時に艦載機搭乗員の救助と機雷の敷設を行う」


 何せ正規空母だけでも400機、軽空母を含めれば500機近い常用機を有するのだ。補用機や水上機タイプの艦載機も戦力として用いれば、大規模な航空攻撃は達成できよう。如何に敵の戦闘機が非常に高速でも、物量を前に屈するのは明らかであった。


「作戦開始時刻は翌0600。第三艦隊はブレダ南部沖合に展開し、揺さぶりを仕掛けろ。敵の注意が向いた瞬間に合図の暗号無線を発し、第二艦隊は攻撃隊を発進させよ。狂信者どもに我が国の国力を見せつけるのだ」


 提督の命令一過、将官は内火艇や水上機で各艦に戻っていく。そして半日後、艦隊は敵の妨害を受けることなく、作戦配置に就いたのである。


・・・


「我々は常に細心の注意を払って行動し、貪欲に必勝を求めて戦いを挑んだ。その心意気と慢心せぬ動向が勝敗を左右した」


 戦後、アルカードは回顧録にてそう記したのだが、後に『第一次ブレダ空襲』と呼ばれる事になる戦闘は、ゾディアティア帝国軍の物量を活かした立体的な強襲と、相手を侮ったラテニア共和国軍の状況が上手くかみ合わさった結果、想像外の結果をもたらした。


 まずブレダには、マルティア王国残党の掃討や民衆の反乱を鎮圧する事を主任務とする1個歩兵連隊と1個戦車中隊が配備されており、砲兵を欠いていた。海軍戦力は駆逐艦4隻と哨戒艇6隻、砲艦6隻のみであり、空軍も哨戒機が数機のみであった。最前線から遥か遠い場所にあるがために、守備兵力は必要最低限となっていたのである。


 そこに総数100機もの艦載機が襲い掛かり、爆撃を仕掛けてきたのである。全く無策であった飛行場は灰燼に帰し、弾薬を余らせた機は港湾部の駆逐艦へ爆撃を仕掛けた。


「敵襲ー!」


「くそ、一体どこから湧いて出てきやがったんだ!?」


 乗組員たちは呪詛を吐きながら戦闘配置に就くが、数が余りにも多すぎた。僅か数分で4隻全てが炎に包まれ、アルカードは旗艦を務める戦艦の艦橋にてため息をつく。


「奴らは馬鹿か?かような襲撃を受けるなど想定していなかったのか?」


「とはいえ、無力化はしました。取り敢えず現状を報告しつつ、港に接近しましょう」


 艦長の提案に従い、第三艦隊はブレダ港へ接近する。すでに港湾部は黒煙に包まれており、多くの艦船が煙を吐いていた。


「これは、敢えて欲を張ってもよいだろうな。直ちに陸戦隊を編成し、敵艦船の接収を試みる。上手くいけばヘレニジア方面に影響を与える事も出来よう」


 アルカードの命令に従い、艦隊は接近し、内火艇を用いて陸戦隊を送り込む。敵は完全に戦意を失っており、輸送船やオイルタンカーを中心に数隻を鹵獲。そして余った船を砲撃で沈めると、入口の周辺に多数の機雷を敷設。悠々と離脱していったのである。


 こうして、帝国軍は圧倒的な戦力によってマルティアの共和国軍を壊滅させ、多数の燃料や弾薬、そして予備パーツを中心とした装甲車両や航空機の鹵獲に成功。ヘレニジアでの雪辱を見事に晴らしたのである。


 この後、カーゼルは第三艦隊に対してドブロニスクへの撤収を指示。余裕で残った戦力で以以て、エーリア海を縦断する形で南下を始めたのである。その頃ヘレニジア大陸南部のアドギア海では、東方艦隊を主軸とした大艦隊が作戦行動を開始していた。

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