第11話 近代化政策

王国暦502年4月5日 スロビア王国首都ベイオブルグ


 ベイオブルグにある王宮の一室にて、国王エリクス1世を筆頭とする国家の主要メンバーが集まり、会議を執り行っていた。


「さて、先の戦争にて我が国はトレストと、5000平方キロメートルの領土、そして10万ディナールの賠償金を得たが…余はこれを元手に軍備の強化を図ろうと思う」


 国王の言葉に、全ての閣僚が表情を引き締める。今のところゾディアティア帝国は『頼れる味方』として振る舞ってはいるが、いつ併呑を目論んでくるのか分かったものではない。そこで今の状況に合わせた軍拡が必要であった。


「まず予算については、賠償金は主に国内産業の発展に投資し、増税及び課税によって捻出する。我が国はゾディアティアとの貿易で稼ぎを得られているが、それを上手く活用するためには税も必要だからな」


 スロビア王国の技術水準は、帝国から見れば100年も遅れている古いものであるが、それでも近代的な鉄鋼生産技術や蒸気機関の製造技術などを有し、ライフリングを採用した小銃やカノン砲の採用が開始されていた。海軍でも蒸気機関を搭載した装甲コルベット10隻を建造するなど、技術自体は元々ある方であり、戦前は畜産品や農作物を蒸気船で海上輸送するなどして貿易を活発に行ってきた。


 そして現在、スロビアの経済と産業は急激な成長を見せている。まず地下資源は鉄鉱石や銅鉱石が多く、帝国はこれらの地下資源を高値で買い取っていた。農作物や畜産品も同様に、高値で大量に買い取った。帝国自体の面積は広いし、自給も万全ではあるのだが、この国の食事の美味なる事が外交官や軍人を介して本国に伝わり、帝国の富裕層や貴族がこぞって欲してきたからである。


 天然資源や地下資源を輸出する傍ら、それらを用いた産業の発展も怠らなかった。農業は帝国より輸入したトラクターや農機具を用いて機械化が進められ、経営自体は現地の農民で構成された農業労働組合によって行われた。魔法の存在は或る意味でこの世界に存在する人々を平等にしており、貴族はこの頃には広大な領土ではなく、企業やそれが生み出す売上、そして公務員の肩書と功績を主な資産としていた。平民や農民であっても、莫大な利益や公務員としての業績で貴族の名を買う事が出来る上に、逆に経済的理由や跡継ぎの不在で貴族の名を売って平民になるなど、階級は流動的であった。


 工業に関しては、現在は軍需を中心に据えてはいるが、元々は鉄鋼や蒸気機関をはじめとした工業製品の輸出で栄えていた。帝国からは大量の製造機械を輸入して近代化を進めており、技術指導者の存在もあって発展のスピードは非常に速かった。帝国としても自国の進んだ機械製品の輸入相手であり、ライセンス料だけでも相当な利益が見込めると判断して、ある程度の優遇を計っていた。


 そして王国が新たに力を入れているのは、第三次産業たる観光業であった。スロビアの避暑地や伝統料理は帝国人民の興味の対象となっており、すでに帝国のホテル業を営む者が投資を始めていた。ノルマンディア大陸東部では大型旅客機が発着可能な飛行場の建設が進められており、王国国内にも飛行場の建設が開始されている。


 そして国民の生活水準は、適度なインフレーションによって給与の水準が上がり、一部の都市では発電所の建設に伴う電気の普及や、近代的な水道設備ももたらされている。よってある程度の課税にも納得できる程の余裕が生まれ、国民も快適な暮らしと平和を守るための投資たる納税に積極的になっていた。


「さて、先ずは陸軍からだ。新規志願者を中心に、新たに4個狙撃兵師団を編制し、編制が完了次第既存の軍団を縮小・解隊していく。将兵でまだ若い者は再訓練を行い、定年が近い者は退役してもらって別の職を斡旋する。何事も常により良い状態へ更新していく事こそが我が国が発展してこれた理由であるからな」


 現在、数の上での主力は4個の歩兵軍団であるが、帝国より新たな兵器と戦術を導入し始めた今、それらを十分に活かす事の出来る編制と、それらに対応できる者が必要となる。そして民需方面では、警備員やボディーガードとして元軍人の需要が高く、定年まで勤めあげた者は責任ある仕事を任される事が多い士官に昇進しているため、デスクワークに慣れた者が多かった。国王はこれまで国防のためにこの身を捧げてきた者達を邪険に扱うつもりはなかった。


「海軍は、将兵を既存のコルベットで訓練しつつ、帝国より旧式艦を購入する。空軍も同様だ。すでに練習艦として旧式の駆逐艦1隻を購入しており、来月にはここに回航されてくる。非常に長い期間をかけて行われる事になるだろうが、よろしく頼む」


「御意!」


 こうして、軍備近代化・拡張プログラムは王前会議にて承認され、軍務省での微調整を行った上で王国議会にて予算案が通過。正式に進められる事となった。内容は以下の通りである。


・陸軍5個軍団(うち首都圏防衛を担当していた第1軍団はすでに解体)を5年かけて5個狙撃兵師団・4個歩兵師団に改編。さらに戦車を中心とした機甲師団を3個編制する。なお軍団の管轄地域は師団の上位組織である方面軍に引き継ぐ。

・海軍はドブロニスクを拠点とする第1艦隊と、トレストを拠点とする第2艦隊の2個艦隊を中核に、水上艦艇34隻、潜水艦12隻を保有する。

・空軍は5個航空団16個飛行隊で構成し、戦闘機200機、爆撃機36機、偵察機52機、輸送機36機を保有する。

・陸海空三軍の参謀本部直轄部隊として、魔導歩兵を主戦力とした特殊部隊を整備し、有事における切り札的存在として運用する。

・上記の軍拡計画を効率的に進めるために、ゾディアティア帝国からの輸入のみならず、自国産業を利用しての開発・調達も進める。


 なお、これらの計画ではマケドナを実行支配している『勢力』からの支援があったとも目されているが、当時の帝国にとって知る由もなかった。


 また、この頃には王国国内に対して平民・農民出身の帝国人が移住する様になっており、僅か半年で3万人ものゾディアティア人がスロビアに居を変えていた。その多くは20~40代の働き盛りであり、王国の貴重な労働力となっていた。


 そして彼ら移住者とその子孫は、スロビア王国の急激な成長を支える柱となる。

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