第8話 スロビア=ゲルマニア戦争①
王国暦502年3月3日。この日、ノルマンディア大陸を一つの衝撃的なニュースが駆け巡った。何と、大陸西部の大国ゲルマニア帝国が、スロビア王国に対して宣戦布告を発したのである。
開戦の建て前としては『農作物及び畜産品の貿易関税に対する問題』としていたが、急速な発展を遂げつつあるスロビア王国と、その発展の源として、多数の資本や技術を投下しているグラン・ゾディアティア帝国に対して強い警戒を持っての事であるのは明白であった。
「我が無敵の帝国軍によって、姑息な小国を懲らしめてやるのだ」
帝国軍司令官のヘルデナント大公は、出陣式にて将兵たちに向けてそう言い、誰しもが勝利を信じて疑わなかった。ゲルマニアの人口は6千万人ほどで、うち2パーセントに当たる120万人が帝国軍の将兵という、当時の国力を見れば相当な軍事力を有していた。しかも近年はセント・ラテニア共和国を警戒して、予備役の招集や追加の徴兵なども行っており、開戦時には30万人が追加されていた。
直ちに国境には30万の将兵からなる陸軍侵攻部隊が集結され、制空権確保と支援攻撃を担当する帝国飛竜騎士団所属のワイバーン200騎も展開。洋上では戦列艦20隻と飛竜母艦5隻、フリゲート艦20隻からなる主力艦隊が錨を上げていた。この大兵力ならばスロビア王国如きを捻じ伏せるのは容易だろう。誰もがそう考えていた。
この動きに対し、スロビア国王エリクス1世は防衛命令と北部地域に対する避難命令を発令。王国軍は展開のついでに市民の疎開と避難を助ける事となった。
この世界の移動手段は多彩である。馬車や船舶、飛竜騎乗に転移魔法といったこの世界ならではの手段と様々であるが、ゾディアティア帝国と関係を持った後はそこに自動車と鉄道、そして航空機が加わった。
飛竜騎乗は少人数しか輸送できない上に、転移魔法は手間がかかる。そんな中で街道整備のついでに敷設された鉄道は、馬車をも軽く凌駕する輸送能力を発揮した。機関車自体は小型かつ旧式であったが、線路は複線化されており、効率高い人員・物資輸送を成し遂げていた。
そして当然ながら、王国軍は陸上戦力として二つの精鋭を送り込んでいた。一つは、ゾディアティア帝国内にて『問題児』として扱われていた―彼ら自身は『バンカラ』だと言っているが―者たちを傭兵として雇い、本格的な軍事支援によって規模を拡大させた、第1猟兵旅団。そしてもう一つは、帝国陸軍式の指揮体系及び編制をベースに、少数精鋭をモットーとして編成された第1自動車化狙撃兵師団。
開戦から一週間後の3月10日。ピブスクの街に面した街道を通って侵攻してくるゲルマニア軍に対し、この二つの部隊とゾディアティア陸軍航空隊は、領内に十分に引き込んだ上で包囲殲滅戦を開始した。
まず、トラック等によって敵軍の側面に回り込んだ第1自動車化狙撃兵師団は、砲兵部隊及び奇襲を想定した戦車部隊の配置を開始。第1猟兵旅団も同様に、装甲ハーフトラックで所定の位置に移動した。その数時間後、上空では戦闘が開始されていた。
旧陸軍飛行戦隊の〈隼〉戦闘機に似たLF-5〈ペレグリヌス〉戦闘機が、速度僅か300キロメートルのワイバーンに対して13ミリ機関銃を撃ち込み、次々と撃墜していく。元々スロビア王国軍は飛竜騎兵団を持ち、ワイバーンを200機配備していたのだが、ドラキア連合王国にも警戒をしなければならない関係上、ゾディアティア陸軍航空隊からの支援に頼る事となったのだ。
すでにスロビア国内に建設された飛行場には、〈ペレグリヌス〉60機とMB-3〈カエルム・レオパルドゥス〉中型爆撃機36機が配備されており、〈ペレグリヌス〉全てが制空権確保のために展開していた。操るのは全てゾディアティア陸軍航空隊のパイロットであり、スロビア王国より報奨金を得て雇われていた。
制空権が瞬く間に掌握された後、砲兵部隊は砲撃を開始。MT-2〈エクウス〉中戦車を先頭に立てる突撃部隊の真上を、何十発もの砲弾が飛翔する。
「この攻撃は一体何処から来た!?」
ゲルマニア軍指揮官の一人が、砲弾の炸裂によって吹き飛ばされる直前に発した一言は、ゲルマニア軍全体の驚愕と動揺を如実に表していた。彼らの常識的な交戦距離は凡そ2キロメートル。如何なる強力な攻撃魔法でも、視界外の敵に対して打撃を与えられる筈も無く、まさに想像の外からの攻撃であった。
対する第1自動車化狙撃兵師団は、使役魔法によって操る鳥の視界を用い、観測射撃をなし得ていた。帝国軍から供与されている重砲は旧式の10.5センチ榴弾砲であったものの、射程10キロメートルは制空権が確保されている状況で一方的に叩くには十分な距離であった。
続いて攻撃を開始したのは、車体上に数名の歩兵を乗せた〈エクウス〉中戦車群であった。旧陸軍の九七式中戦車に酷似した〈エクウス〉は、主砲に20口径57ミリ砲を採用し、主にコンクリート製トーチカや塹壕に対して強力な破壊力を有していた。生身の人間なら尚更である。
しかし、スロビア陸軍はゲルマニア軍が機甲戦力として地竜リントブルムを運用している事を知っていたため、これに対抗する兵器として、開発が進められていた
開発は完了していた一方で、転移した世界では厄介な機甲戦力はいなかったために量産されずにいたが、オリンパス高原における惨敗を受けて本格的な生産が開始されたばかりの代物であり、帝国はスロビア国内でのライセンス生産を認める事となった。スロビア王国ではいわゆる無煙火薬が開発されており、生産能力自体はあると判断されてのものであった。
閑話休題。これら〈エクウス〉の集団に対して、ゲルマニア軍は抵抗を開始した。野砲による射撃から、従軍魔導師の攻撃魔法。そしてリントブルムの火炎放射。しかし〈エクウス〉の装甲はこれに耐え、お返しとして57ミリ対戦車榴弾を放った。
リントブルムは粉々に砕け散り、野砲も同様に吹き飛んだ。直後に機銃が撃ちまくられ、7.7ミリ銃弾の驟雨は数百名単位で敵兵を殺傷したのである。
それに合わせて、王国北部の警備を担当する第3歩兵軍団は前進を開始。側面からの攻撃に対して浮足立っていた最前列1万程の兵力に対し、2万程の軍勢が襲いかかった。
歩兵の装備自体は旧式のマスケット銃であるものの、火砲は帝国軍より供与された75ミリ野砲であり、ただ群がっているだけの歩兵に対してかなり強力な破壊力を発揮した。
「突撃!このまま押し返せ!」
野砲で最前列を吹き飛ばした後、戦列歩兵は十分に接近してから一斉射。直後に腰に装備されている手榴弾を投げ込み、被害を拡大させていく。もはやゲルマニア軍に突撃する余裕は無く、10万もの兵力は逃げ道を模索する様に逃げるしか無かった。
第1自動車化狙撃兵師団と第1猟兵旅団も、相手が北へ逃げる様に押し込む形で前進を開始する。後方の予備兵力がいる基地や陣地に対しては、〈カエルム・レオパルドゥス〉爆撃機の集団が空爆を実施しており、侵攻用戦力はすでに瓦解を始めていた。
戦闘は夜に中断され、2日目に再開された。戦闘はもはや追撃戦の様相を呈しており、攻守はすっかり逆転していた。
斯くして、『ピブスク会戦』と呼ばれる事になる戦闘にて、スロビア陸軍はゲルマニア陸軍を撃破し、勝利を手にした。スロビア陸軍の兵力が3万2千程で死者は1千程度なのに対し、ゲルマニア陸軍は15万人を投じて3万が戦死し、逃げ遅れた6万が捕虜となった。まさに兵器の性能差が勝敗を左右した結果であった。
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