第7話 帝前会議

帝国暦502年2月19日 グラン・ゾディアティア帝国 首都プレアデシア


「報告せよ」


 プレアデシア中心部にある皇宮の会議室にて、皇帝ルクス3世は臣下たちに報告を求める。議題は当然ながら、対ラテニア帝国戦についてであった。


「恐れながら申し上げます。ヘレニジア大陸における陸と空の戦いでは、明らかに我らの方が圧倒的に不利でございます。軍務省諜報部MIDによる潜入調査により、有力な情報を幾つか得られているため、対策は取れますが…」


 統帥本部のトップであるジクス元帥がそう答え、皇帝は顔を歪ませる。とはいえ嘘をついても解決の目処は立たない事態であるので、皇帝も正直に苦戦を述べたジクスを責める事はしなかった。


「現在、陸軍航空技術廠EGATFが中心となって、先の戦闘で得た敵機の残骸を解析し、対抗策の獲得に奔走しております。陸戦兵器も、辛うじて得られた鹵獲物を分析しており、来年中には反攻に移れる様にいたします」


「フム…敵の動向はどうかね?」


 その問いに対し、陸軍参謀総長のレーガス上級大将が答える。


「まず地上ですが、敵陸軍は我が方の遠距離砲撃による阻止攻撃によってオリンパス高原東部で足踏みしております。また北方軍より回した第1山岳猟兵旅団による後方撹乱攻撃も実施しており、補給線の破壊や敵兵器の鹵獲を成功させております」


 第二次海峡戦争にて、ゲリラ戦の強力な事は知れている。山岳地帯での防衛戦ないし敵地での奇襲戦を主任務とする山岳猟兵旅団の投入は成功と言えた。


「空の方も、飛行場の大まかな位置は偵察機の強行偵察とMIDの潜入調査によって把握出来ております。破壊工作ないしパーツ単位での鹵獲も行っており、ご命令とあらば、航空隊が暇になる程の大規模な破壊工作を仕掛けてみせましょう」


「中々に大言壮語を吐く。だが搦手で味方の被害を減らせるというのならば、卿に一任しよう。海軍はどうか?」


 皇帝は問いながら、海軍参謀本部長のルーダス上級大将に視線を向ける。ルーダスはレジュメを片手に口を開く。


「敵海軍は現在、西部の港湾都市イオニアに多数の艦艇を集結させており、艦隊決戦を試みている模様です。恐らく北のエーリア海でリベンジを試みるか、南部のアドギア海よりテサロネキアに向かうでしょう」


 潜水艦による調査で、相手海軍の大まかな動きは知れたが、敵は優秀な対戦兵器を装備しているらしく、調査に赴いた潜水艦の3割が消息不明となり、2割は下手に接近しすぎた挙句、ソナーで炙り出されながら追い掛け回されたという。そのため海軍技術本部ENTFでは至急新型潜水艦の開発が開始されたという。


「しかし、相手は戦艦や空母を有しておりません。せいぜい一等巡洋艦ぐらいが脅威でしょう。また、ヘレニジアと本国を繋ぐ中継地点も発見しました。海軍と致しましては、大艦隊による襲撃作戦と、水上打撃艦隊による通商破壊戦を予定しております」


 ルーダスの言葉に、ルカス3世の眉が動く。ルーダスは続ける。


「場所は、旧マルティア王国ブレダ。スロビアの外交官からの事情聴取及びスロビアより提供させた世界地図でも把握しており、西方艦隊の総力で十分に撃破可能です。補給線を寸断すれば、ヘレニジアの敵はしばらく行動が鈍るでしょう。また、東方艦隊を用いて、イオニアに対する襲撃作戦も計画しております」


「海軍は、総力を以て敵を叩くという事か…宜しい、良きにはからえ。必ずや、勝利を手にするのだ」


「はっ…!」


 ルーダスは恭しく礼をし、レーガスは小さく舌打ちする。すると皇帝は、


「陸軍は、航空隊より重爆撃機を動員し、敵地に対する大規模爆撃を行え。作戦時期は海軍に合わせて動けよ。例の破壊工作もな」


「はっ…!」


「此度の戦争、我が帝国の威信にかけて必ずや勝て!」


 皇帝の叱咤激励とともに、会議は終わりを告げた。


・・・


「という訳で、我が西方艦隊に対し、総力を以て敵拠点の一つであるブレダを空襲する事となった」


 西方艦隊司令部のある港湾都市アルキュオネ、港内に錨を降ろす戦艦「グラン・アトラス」艦内にて、艦隊指揮官のカーゼル大将は言う。


 西方艦隊の現時点での戦力は、戦艦11隻、空母8隻、軽空母4隻、重巡洋艦14隻、軽巡洋艦6隻、駆逐艦36隻、潜水艦18隻。確かにこの規模なら、ラテニア海軍を圧倒する事など容易ではある。


「だが、陸は強大な機甲師団が味方を蹴散らし、空は新型戦闘機が暴れ回っている。よって海軍も、隠し玉がある事を前提に動かねばならない。課題の報告と対策を頼む」


 ENTFより派遣された技術士官が口を開く。


「まず、敵海軍艦艇は対潜兵器が充実しているという点から考えて、相手の保有する潜水艦の性能は我が方より高いと見た方が良いでしょう。幸いにしてゲアルグス級は新型のソナーを有するため、一方的に攻撃されるという事は避けられるでしょう」


 エーリア海での戦闘で鹵獲した敵駆逐艦の解析や、偵察に赴いた潜水艦乗組員からの聴取は、ENTFに多数の情報をもたらした。すでに西方艦隊の駆逐艦の何隻かに、先行試作した新型ソナーや、機動爆雷の名称で試作した対潜魚雷を装備させており、手は打てていた。


 と、次に口を開いたのは、エーリア海海戦の英雄であるアルカード中将であった。


「また、海軍艦艇以外の脅威にも備えなければなりません。相手は空母を持っていませんが、航空戦力を地上の基地に配備しているのは確実。よって新開発の対レーダー妨害装備で敵対空レーダーを機能麻痺させ、空母艦載機による敵飛行場の無力化を行ってから本格的な空襲を仕掛けるべきだと考えます」


「確かにそうだ。物量だけで押せる様な相手ではない事を念頭に、慎重に勝利を手にしようではないか」


 こうして、海軍西方艦隊司令部は作戦草案を海軍参謀本部に提出。統帥本部での検討を経て、『ハレー作戦』と銘打って実行される事となった。そして3月1日、西方艦隊はアルキュオネから出航し、ノルマンディア大陸東部の都市カンスタンチアとスロビア王国ドブロニスクを経由して、ブレダへ向かったのである。

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