第5話 10月攻勢②
帝国暦501年10月1日 オリンパス高原
後に『10月攻勢』の総称で呼ばれる事となる戦闘にて、ゾディアティア帝国軍はラテニア共和国軍の航空戦力に苦戦を強いられた事は、帝国と共和国双方の歴史書にて記されている通りだが、陸戦においても同様であった。
後方に控える砲兵部隊が、敵軍の塹壕に対して砲撃を見舞い、数分は15キロメートル先の地平線に幾多もの土煙が立ち込めた。そして砲声が鳴りやんだ直後、命令は下された。
「全軍、突撃!敵戦車を蹴散らしてまえ!」
師団長を務めるゾルフス中将の号令一過、第31騎兵師団に属する314両の戦車は土煙を立てながら平原を突き進む。その様子は塹壕を掘って防衛線を設け、先の砲撃を耐え忍んでいた帝国陸軍部隊からもよく見えた。
塹壕の各所には、LC90・75ミリ野砲が据え置かれ、戦車連隊より抽出されたMT-3〈ルプス〉中戦車も同様に待ち構えている。〈ルプス〉は主砲に40口径57ミリ砲を装備しており、敵戦車は容易く貫通出来るだろうと見込んでいた。
「来たぞ…!」
「撃て撃て!一歩もここを通すな!」
命令一過、十数門の75ミリ野砲と数両の〈ルプス〉中戦車が発砲を開始。多数の砲撃が先頭のアルエル94重戦車に殺到する。が、砲弾は悉くが弾かれ、あるいは装甲に半ば突き刺さったまま停止。尋常ならざる防御力に多くの兵士が愕然する。
「馬鹿な…砲撃を耐えた、だと…!?」
「惰弱なものよのお。次はこちらの番ぞ、砲撃開始!」
応射が開始され、アルエルの群れより放たれた多数の90ミリ砲弾が陣地や戦車に殺到。半円形の土塁に身を潜めていた野砲は兵士もろとも吹き飛ばされ、〈ルプス〉も角ばった砲塔を吹き飛ばされる。
「惰弱、惰弱ゥ!劣等民族どものブリキを蹴散らしてまえ!圧倒的戦力で蹂躙せよ!」
「うぉぉぉぉぉ!!!」
ゾルフスの命令一過、履帯の音を響かせながら数十両が塹壕を突破。逃げ遅れた帝国軍兵士や戦車に向けて砲撃を叩き込む。続けて同数の装甲ハーフトラックが塹壕を乗り越え、乗車している兵士達は四方八方へ短機関銃を撃ちまくる。
「に、逃げーギャッ!」
「母さん…!」
「ユーリッ!?糞が…!」
兵士達の絶叫と悲鳴は、装甲車両の駆動音と砲声に掻き消され、一点より打ち破られた場所を中心に、勢いよく戦線そのものが崩されていく。砲兵や後方支援部隊は、火砲や各種装備を捨てて東へ遁走するしかなく、形勢は完全に共和国軍に傾いていた。
共和国軍の追撃は夜間の一時停止を挟んで2日目に続けられ、僅か2日間の戦いで帝国陸軍は1個歩兵師団が壊滅。共和国軍は海戦での屈辱を見事に晴らしてみせたのである。
・・・
大陸東部 テサロネキア市
「これは大変拙い事になってきましたな…」
「現在は陸海軍航空隊の爆撃と、軍隷下の砲兵旅団による遠距離砲撃で進軍を阻止しておりますが、ヘレニジアにおいて我が軍が圧倒的不利に置かれているのは変わりません」
東部テサロネキアの帝国陸軍第9軍団司令部にて、軍団長のカザル中将は険しい表情を浮かべる。現在ヘレニジア大陸東部は、南方軍の隷下部隊として新たに編成された第9軍団の管轄となっており、3個歩兵師団によって構成された部隊が占領と治安維持を担っている。
だが此度の戦闘により、オリンパス高原に陣取っていた1個師団が壊滅し、同じ南方軍団に属する第3軍団からの増援が来るまで耐え忍ばなければならなかった。
「現在、本国では予備役の召集による複数師団の再編が開始されているが、それに対して敵軍の行動が早すぎる…これは拙くないか?」
「それは上も理解しているでしょう。すでに面子は潰されております。これ以上の醜態を避けるためにも、今ある戦力でどうにかしようと試みるでしょうね…」
さて首都プレアデシアでは、陸軍の上層部が今後の方針について語り合っていた。
「敵は強力な戦車と航空機を有し、圧倒的戦力で以てヘレニジアを奪い取ろうとしている。増援は見込めるのか?」
帝国軍統帥本部長を務めるジクス元帥が尋ね、陸軍参謀総長のレーガス上級大将は顔色を悪くしながら答える。
「先の変事により、我が陸軍は海外に展開しておりました3個軍団を喪失致しましたからな…予備役の召集はともかく、これ以上の徴兵は生産に大きな影響が出るので推奨出来ません」
如何に人口が4億もいるとはいえ、多くの植民地を喪失した事による被害は大きく、若者の多くは自身の経済を立て直すべく、軍隊よりもノルマンディア大陸を含む新領土への移住団に積極的に参加していた。
「現在、皇帝陛下に対して東方軍の戦力を抽出して下さる様に頼んでいるところではございますが、不利を直ぐに覆す事は叶わぬでしょう」
「となると、海軍とスロビアに頼るしか無さそうだな…すでに我が国は多数の旧式兵器をスロビアに格安で売り渡しているが、輸出する兵器を見直した方が良いかもしれんな…」
「産業省も、移住者の生活環境向上のために、ノルマンディア諸国に対する大規模な投資を計画しておりますし、スロビアとの関係は間違いなく見直される事となりましょうな…ともかく今は、敵軍に致命的な打撃を与える事を優先致しましょう」
レーガスの言葉に、ジクス含む多くの将が頷く。そしてこの一ヶ月後、ゾディアティア帝国政府はスロビア王国に対する経済支援と軍事支援を発表。スロビアの急速な発展に多くの周辺国が震え上がる事となる。
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