第4話 10月攻勢①

共和暦201年9月23日 ヘレニジア大陸西部 イオニア市


 ヘレニジア大陸西部にある都市イオニア。ラテニア共和国の占領後はヘレニジア大陸全域の防衛を管轄するヘレニジア軍管区の司令部が置かれ、多数の兵力が置かれている。そしてこの日、郊外に築かれた基地では、数十人の将官が会議室に集い、会議を始めていた。


「グラン・ゾディアティア帝国と名乗る野蛮な侵略者は、既に大陸東部に相応数の兵力を展開しており、攻勢の準備を整えている事が伺える。奴らは間違いなく、ヘレニジア全土の侵略を目論むであろう」


 新たに設けられたヘレニジア軍管区の司令官を担う、第10軍団長のドミニク・デ・アルヘイム大将はそう声を張り上げ、他の将官も頷く。


 共和国軍は現時点で、陸軍の3個歩兵師団からなる第10軍団と、海軍艦隊、そして空軍3個航空隊をヘレニジア大陸西部に派遣しており、さらに後方支援と占領地警備を担う民兵組織の『共和国騎士団』も参加している。海軍の醜態は陸軍と空軍の奮戦によって払うべきだという認識は一致しており、全ての将兵が復讐を固く心に誓っていた。


「明日には第31騎兵師団が到着し、万全の状態で戦闘に臨む事となる。空軍の偵察や先日の防空戦闘によって、相手の技術水準は推し量る事が出来た。偉大なる神の名の下に奴らを殲滅しようではないか!」


『おおっ!!』


 一同はそう声を張り上げ、復讐の炎を心の内に燃やす。そして同じ敷地内にある駐車場では、何百台もの自動車のメンテナンスが行われていた。


「急げーっ!今度は騎兵師団も参加するんだ、突撃の際に故障なんて起きたら、煉獄に堕ちてからも悪魔に笑われるぞ!」


 整備長が声を張り上げ、騎兵科所属の兵士達は工具を手に、車両の修理や整備を進めていく。以前いた世界で起きた『第二次海峡戦争』の後、共和国陸軍は急速に歩兵部隊の自動車化と、騎兵戦力の装甲車両への更新を進めており、第28歩兵師団には3個歩兵連隊を輸送可能な軍用トラック210台と、陸軍の主力戦車であるソムエル93巡航戦車134両、偵察を主任務とするレナウス97騎兵戦車14両が属していた。


 さらに、増援としてやってくる第31騎兵師団に至っては、ソムエル93巡航戦車が270両、陣地突破を主目的としたアルエル94重戦車44両の314両が配備されており、敵の戦線を崩す事など容易いと見られていた。


 そして時は流れ、空軍防空部隊が敵爆撃機と小競り合いをする最中、4個師団は戦線に到着。遂に一斉侵攻の火蓋が落とされようとしていた。


・・・


共和暦201年10月1日 大陸中部 オリンパス高原


『戦線各部隊、作戦書開封を承認』


 イオニア市の第10軍団司令部より、陸軍4個師団と空軍第6航空師団に対して、作戦命令書の開封承認が下される。


「全軍、前進開始せよ。先ずは空軍が露払いを済ませてから、陸上の敵軍を蹴散らすのだ。砲兵部隊は砲撃準備」


 第31騎兵師団を率いるシャール・ド・ガール中将が、アルエル94C指揮戦車より無線通信で指示を送る中、上空では幾つもの轟音が響いていた。


「先陣を切るのは我ら空軍第6航空師団の第6戦闘機連隊だ。レシプロ機止まりの劣等民族など敵ではないわ!」


『了解!』


 戦闘機中隊を率いるミハル・ピエル少佐の言葉に、僚機一同は無線で応じ、そして12機の〈マステル〉戦闘機は同数の軽爆撃機とともに敵陣へと突撃する。


 無論、車両搭載型対空監視レーダーによって敵機を捕捉していた帝国軍は、野戦飛行場より迎撃機を出撃させていたが、パイロット達は目前に見えてきた敵戦闘機に面食らう。


「何だ、あの敵機は!」


「プロペラが無い…!?」


 彼らの常識では、飛行機というものは推進力を得るためのプロペラを必ず有するものであり、それを持たずに高速で飛んでくる飛行機など、想像すらしたことが無かった。


「撃て!」


 困惑を隠せない帝国軍機に対し、ピエル率いる〈マステル〉編隊は一斉射。30ミリ機関砲弾の驟雨は双方の編隊がすれ違うまでの間に3機の帝国軍機から飛行能力を奪い取り、共和国軍機は直後に高空へ逃げ込む。


「低空で相手のケツを追い掛け回そうとするな!常に一撃離脱が決まる飛び方をしろ!」


 ジェットエンジン搭載戦闘機の長所は、レシプロでは生み出せぬ速さと、過給器の枷に縛られぬ高高度飛行能力であるが、逆を言えばレシプロ機に比しての旋回能力の低さが短所として存在していた。その長短を理解して戦う事が出来る者こそが、共和国空軍におけるジェット戦闘機パイロットであった。


「クソ、高空に逃げられる!」


「連中め、格闘戦に対する対抗策を知ってやがんな…!」


 相手の機体の性能に依存せず、常に長所を活かす戦い方に対し、帝国陸軍航空隊は苦戦する。だが戦闘が進むに連れて、形勢は変わり始める。


 地球基準における第一世代ジェット戦闘機は、レシプロ機に比して航続距離が短く、戦闘時間は短かった。そして燃料も弾薬も厳しくなってきたところに、増援の敵戦闘機が隙を突いて来たのだ。


 20ミリ機関砲弾が後退翼式の主翼を貫き、胴体にも打撃を与える。そうして敵戦闘機が減少していく中、別の機は地上を爆撃している中型爆撃機へと襲い掛かる。敵の中型爆撃機は、帝国海軍の陸上攻撃機であるMA-3〈ディバステイター〉に近い外見と性能を有しており、中々に厄介であった。


 だが陸軍も無策ではない。帝国陸軍は歩兵・戦車両方の師団にて機械化を押し進めており、その計画の中で、共通の車体を用いた複数種の装甲車両を開発していた。その一つが対空戦車で、中戦車の車体に20ミリ四連装機銃を装備したAAT-2自走対空砲や、ハーフトラックの荷台に40ミリ機関砲を載せたAAV-1自走対空砲が敵機を待ち受けていた。


 機械式計算機を組み込んだ射撃管制装置で照準する対空砲は高い命中率を発揮し、敵爆撃機は攻撃に成功しつつも主翼をへし折られ、あるいは胴体に大穴を開けられて落ちていく。


 こうして、後に『10月攻勢』と呼ばれる事になる戦闘の1日目にて、帝国陸軍航空隊は戦闘機40機中24機を失い、対する共和国空軍は戦闘機16機中4機と中型爆撃機12機中7機を喪失。だが6割の戦闘機が敵機に撃墜されたという衝撃は大きく、戦闘後に軍上層部は新型戦闘機の開発に取り掛かる事となる。

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