第3話 彗星艦隊、見参

王国暦501年9月10日 スロビア王国西部 ドブロクニス市沖合


 この日、スロビア王国の西部に位置する港湾都市ドブロクニスの沖合には、数十隻の艦船が姿を現していた。


「中々に壮観な景色ではないか。まるでアルデバランの街並みの様だ」


 艦隊を率いる特一等艦隊型航洋装甲艦「グラン・アトラス」の艦橋より、艦隊指揮官のエリク・フォン・カーゼル大将はそう呟く。その呟きに対し、艦長のアルバ・ラクスタ大佐ははにかみながら答える。


「閣下はアルデバランのタウロス公爵領の御出身でしたね。あの街は非常に景観がよい。こうして見れば、確かに街並みが似ておりますな」


「ああ…この国の者たちは、一部の価値観が我らと似ているのかもな」


 スロビア王国より、軍事的な庇護を求めてくるという前代未聞の事態から2か月。ノルマンディア大陸に対する影響力を強めたいと考えていた帝国政府は、大陸進出に正当性を付与する目的も兼ねて、主力艦隊を国務省使者の警護として派遣する事を決定。こうして軍事基地建設部隊の輸送も兼ねた大規模対外派遣作戦を実施するに至った。


 相手を侮る事の如何に愚かな事か。それを相手に知らしめるために、『彗星艦隊』と名付けられた艦隊には精鋭の戦力が付けられた。先ず艦隊旗艦としては、最新鋭戦艦として初代皇帝の名が与えられた「グラン・アトラス」が担っている。この艦はもし日本人が見れば、『まるで大和型戦艦の様だ』と呟くだろうが、その性能は大きく異なる。


 まず船体の規模が一回り大きく、それでいて速力は30ノット。主砲は45口径46センチ三連装砲が3基であるが、対空砲は10センチ連装高角砲12基に40ミリ連装機関砲、20ミリ四連装機関砲と、オリジナルを圧倒的に凌駕している。しかもレーダーや射撃管制装置はより優秀であり、対空戦闘能力は非常に高いと言えた。


 それに随伴する空母は2隻。方や帝国海軍の主力空母である一等艦隊型航空巡洋艦「ペガソス」であり、方や長期の戦争に備えて量産艦として開発された、二等艦隊型航空巡洋艦「スミソニア」である。前者は旧日本海軍の翔鶴型空母に酷似しており、後者は雲龍型空母に酷似している。だがレーダーや射撃管制システムはアメリカ海軍のそれに近く、さらに飛行甲板前部には油圧式カタパルトが装備されていた。


 護衛を務める艦艇も、旧日本海軍のそれに似たものが多い。利根型重巡洋艦に酷似したサタス級一等捜索型巡洋艦、阿賀野型軽巡洋艦に酷似したキャニス・ミナー級二層巡洋艦、陽炎型駆逐艦に似たフレチア級一等水雷突撃艦で構成されており、埠頭近くには十数隻の貨物船と揚陸艦が停泊。多量の貨物や車両を降ろしていた。


 ドブロクニス近郊の土地を帝国軍の基地として利用するべく、帝国陸軍でも精鋭の第2歩兵師団が派遣されており、工兵連隊は直ちに基地の建設に取り組んでいた。ブルドーザーやクレーン車といった工事作業車両が、ディーゼルエンジンの唸りを上げてせっせと働く中、港湾部では新たな桟橋や埠頭の建設が進められていた。


「将来的にはこの街の南部に埋立地を築き上げ、そこに海軍基地を建設する予定だそうだ。第2歩兵師団の駐屯地も付近に築かれるだろうし、陸海軍航空隊の飛行場の整備も進められる。まさに我が国にとって好都合と呼べよう」


「…そうですね。しかし、あのお嬢さん、随分と物珍しい事を求めてきましたね。我が軍の中でも『札付き』として知られる連中が欲しいとか…」


 ラクスタの言葉に、カーゼルは頷く。そして遥か東の方角へと視線を向けた。


・・・


スロビア王国 首都ベイオブルグ


 スロビア王国の主都ベイオブルグは、ドブロクニスから北東に300キロメートルの内陸にある。標高500メートル程の高地に築かれたこの都市は、城壁で守られた旧市街と、その外に広がる新市街で構成されており、城壁内は主に王族や貴族、高級官僚が住居兼仕事場として用い、壁外は地方から移住してきた者や平民の暮らす場所となっていた。


 そして壁内の王国軍務省にて、ゾディアティア帝国陸軍所属のユセフ・イェーガー大佐はタバコを咥えながら、一人の女性に尋ねていた。


「さて、俺達を『傭兵』に近しい扱いで迎え入れた…その理由を教えてもらおうじゃねえか」


 問いに対し、マリアは扇を仰ぎながら答える。


「単純ですよ。確かに我が国は貴国より軍隊をお借りしようとしておりますが、同時に既存の軍隊の強化も試みております。が、貴国の兵器や戦術を理解できる者は殆どおりません。ですので、暫しは正規軍の代役と教官役をお願いしたいのです」


 魔法によるブーストがあるとはいえ、スロビア王国の技術水準は近世ヨーロッパに近しい。銃を使える者が相当数いるだけマシだが、国家としての自立を守るためにも自国軍の近代化は急務であった。だが、帝国軍の戦い方や装備を習熟するには相当数の時間が必要となると見込まれていた。


「まず、周辺の状況から説明いたしましょう。私達が最も恐れる敵は、西のセント・ラテニア共和国…彼の国は現在、周辺の十数か国を併呑し、ヘレニジア大陸西部を占領しております。いずれはゲルマニア帝国にも迫りましょう。そして我が国の軍事力は、周りの国々から攻められると崩れ去る程に弱い」


 人口3千万のスロビア共和国は、国としては豊かな方ではあるが、富の多くは貴族の独占ではなく社会保障の充実や公共インフラといった民需に重きを置いているため、軍隊の兵力は総数15万と少ない。対するゲルマニア帝国は人口6千万で総兵力は120万と、実に8倍もの開きがある。


「西に恐ろしい敵がいる状況で、東にも脅威を生み出すわけにもいかない…我が国が貴国に庇護を求めたのはそういう理由です。そして何より、ラテニアの軍事力に対抗するための余裕が少ない。私達は帝国に対し、『帝国軍では素行に問題があるとされた者』を中心に将兵を派遣して下さる様に手配しました。さらに技術者や労働者に関しましても、犯罪者を回してほしい、と…」


「罪人で数と時間を稼ぐ、って訳か…いいのか?国の近代化なんて俺達の様なだらしない連中じゃなくて、学者さんやインテリにやらせるべき仕事だろうに…」


「今の我が国に、貴国の一般的な労働者や官僚に敵う者などいませんよ。今我が国が欲しいのは、直ぐに貴国の武器や乗り物が使える者達なのですから。とはいえ私は貴方がたを使い潰すつもりはさらさらありません。その証拠として、貴方には相応の地位を与えましたでしょう?」


 その証拠として、イェーガーには男爵の爵位が与えられ、現在新部隊として編制されている王国陸軍第1猟兵連隊の隊長という役職を任されていた。装備は旧式が多かったが、それでもゲルマニア帝国に対抗するには十分過ぎた。


「自国産業の近代化政策も開始されておりますし、それは帝国にとって有力な貿易相手の誕生にもなります。が、その前に滅ぼされてしまえば話になりません。我が国のみならず帝国にとっても益となる様に、これからよろしく頼みます」


「チッ…随分と無茶を押し付けてきやがって。だが金が出てくるうちは素直に従いますよっと」


 イェーガーはそう言って退室していき、マリアはため息をついた。


 この後、スロビア王国はゾディアティア帝国に対して膨大な費用を支払い、相応の戦力を獲得。西に対する防衛を整える。この動きは当然ながらラテニア共和国の知るところとなり、9月下旬よりヘレニジア大陸にて動き出す事となる。

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