第2話 稚拙な布告、巧拙な交渉

 新たに現れた国の存在は、両国にとって衝撃的なものであった。


 まず東のグラン・ゾディアティア帝国であるが、帝国暦501年7月8日、首都プレアデシアにある帝国議会では、一人の議員が弁舌を奮っていた。


「西に現れたというセント・ラテニア帝国は、かつて我が国最大の敵であった神聖フランキア共和国の様な宗教国家である事に間違いはありません。もし彼の国の政治体制や宗教的スタンスがフランキアと同等のものであった場合、大神信仰の根強い我が国を滅ぼそうと考えてくるでしょう」


 政権与党ザフト党に属するガリウス・フォン・オードウィン議員は、かつて帝国が存在していた世界の、一神教を国教としていた国の名を上げ、議事堂内に緊張が走る。


「よって我が国は、あくまで現時点で制圧出来ている地域の防衛を主軸に、セント・ラテニア共和国に対して宣戦布告を叩きつけねばなりません。確かに我が国の軍事力であれば、積極的に攻勢を仕掛ける事は可能でありましょう。ですが新たな属領の支配が盤石でないうちに行うのは危険であります。よって本格的な攻勢は、新属領の支配が安定的となり、十分な体制で戦争に臨める状態となってから行うべきだと存じます」


 その意見は最もであった。確かに圧倒的武力で周辺の国々を占領したとはいえ、『支配』の状態からは程遠い。反乱のリスクを抱えたまま戦線を拡大するのは非常に危うかった。


 オードウィン議員の要求にも近い演説は、議会の上に位置する皇帝諮問機関の元老院評議会でも注目され、相手国占領地に対するビラ散布による宣戦布告が決定。現在の占領地域であるヘレニジア大陸東部を中心に大軍を投入して防衛線を築く事となった。


 さて、対するセント・ラテニア共和国であるが。共和暦201年7月9日、首都ロマネウスの共和国元老院議事堂では、政権与党を担う共和党議員のルーガ・ディ・ドルナスが声を張り上げていた。


「我が国は何としてでも雪辱を晴らさなければならない。彼の国は誇りある共和国海軍に泥を塗り、あまつさえ我が国が解放せんとしているヘレニジアを侵略している」


 セント・ラテニア共和国の対外侵略行為は、国内外には全て『解放戦争』だと銘打っており、植民地も名目上は『共和国に安全保障及び一部外交を委託している自由国』と名乗っている。その上で彼は情報の少ない東の大国を危険視していた。


「よって、我が国も同様に軍をヘレニジアに派遣するのみならず、侵略者に対して正義の鉄槌を下さねばならぬ。いつか偉大なる神の名の下に安寧ある世界を築き上げるその日のために」


 ドルナス議員の演説に、元老院議事堂の室内は拍手が響き渡る。ビレヌス提督の慢心があったにせよ、姑息な手段で以て艦隊を壊滅させた敵は必ずや裁かなければならぬ。彼らの復讐心は沸き立っていた。


 この3日後、ゾディアティア帝国陸軍航空隊は重爆撃機によってラテニア占領地域に対し、宣戦布告のビラを散布。ラテニア共和国も国内に向けて『新たな解放戦争』の開始を宣言し、両国は交戦状態に突入した。


・・・


帝国暦501年7月12日 ノルマンディア大陸東部 グラン・ゾディアティア帝国属領モルダビア州 キシナス市


 ゾディアティア帝国は7月の侵攻開始後、1年で多くの地域を占領したのであるが、その手はスロビア王国のあるノルマンディア大陸にも及んでいた。


 東部のモルダビア王国は帝国に対して叛意を見せたがために併呑され、今や帝国のノルマンディア進出拠点として用いられていた。


 そしてこの日、キシナス市の帝国国務省出張所では、二人の女性が面と向かい合っていた。


「マリア・フォン・アートワネトです。よろしくお願いいたします」


「セリア・フォン・オードウィンだ。遥か遠くからやって来た様だが、如何様か?」


 マリアの挨拶に対し、帝国国務省西方方面部長のセリア・フォン・オードウィンは素っ気なく返す。ザフト党の議員にして、先の議会で演説をぶちまけたガリウス・フォン・オードウィンを父に持つ彼女は、『才媛』の名を表す活躍を見込まれて、ノルマンディア大陸諸国に対する併呑を前提とした交渉を担っていた。


「我がスロビア王国は大陸の南西部に面しており、とある大国からの脅威に晒されております。そこで我が国は、彼の大国を打ち破ったという貴国に対して助けを求めたという次第で御座います」


 彼女はそう言いながら、従者に多数の贈答品を用意させる。彼らの価値観や技術水準からは侮られる事間違いないだろうが、手ぶらで会いに行くよりかはマシであった。


「貴国の政府に対する献上品で御座います。毒や危険物は仕込んでいない事は、私の名誉に懸けて保証致します」


「中々に謙遜深い事だ。これまで貴国の様な礼儀正しい国の使者は見たことがない。余程この世界の国々は我が国よりも思想が遅れているのだな」


 セリアの明らかな差別発言に対して、マリアは僅かに眉を顰める。が、個人的感情で交渉を不意にする訳にもいかない。


「ですが、我が国としてもいち国家としての存続を目的として貴国の助けを借りようとしております。ですので我が国の政治に対する介入は必要最低限に留める事をお約束して下さい。それを守って頂けるのであれば、何万でも貴国の軍隊を迎え入れましょう」


「…分かった。本国の国務省にも伝えておこう。だあが貴様らも我が国を裏切る様な真似はするなよ。我が国の軍事力は遥かに強大なのだからな」


 この日、スロビア王国はグラン・ゾディアティア帝国と安全保障条約を結び、帝国は王国に対して相応な規模の軍隊を派遣する事となった。そしてその影響は、非常に広域に及ぼす事となったのである。

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