第1話 最初の衝突

 転移から1年程の期間が経った頃、グラン・ゾディアティア帝国とセント・ラテニア共和国は邂逅を果たした。


 最初に出会ったのは、ノルマンディア大陸から南の位置にある小大陸、ヘレニジア大陸と呼ばれる地域であった。この地には『ヘレニジア連合』という複数の小国家で構成された国家共同体が存在していたが、この地域には多数の地下資源が埋蔵されており、領土の拡大と資源の確保を求めていた両国は挙って軍を派遣し、上陸からの占領、そして植民を進めていた。


 当然ながら航空機による調査、ヘレニジア連合残党の捜索が行われる中で、見た事も無い飛行機との遭遇は頻繁に起きる様になり、これまで空を飛ぶものは自軍の航空機かこの世界の生物しか見た事は無い両国は警戒を強めた。


 本国政府にもこの報告は伝わり、直ちに海軍艦艇を主体とした調査部隊の派遣が行われる。その規模はゾディアティア側が軽巡洋艦1隻、駆逐艦6隻の1個巡洋戦隊であるのに対し、セント・ラテニア側は軽巡洋艦2隻、駆逐艦6隻と、規模としてはラテニア艦隊の方が優勢であった。


 そして帝国暦501年/共和暦201年7月2日、ヘレニジア大陸北部海域のエーリア海にて、双方の艦隊は遭遇。『第一次エーリア海海戦』が始まる事となる。


・・・


帝国暦501年/共和暦201年7月2日午後1時 エーリア海


 ファーストコンタクトにおいて、先に火蓋を切ったのはセント・ラテニア側である事は、生存者の証言や各種記録から明らかとなっている。


「相手は我が方よりも少ない。交渉の振りをしてだまし討ちをしてくる前に殲滅するのだ」


 旗艦を務める巡洋艦「アベルト・デ・ジサリオ」の艦橋にて、艦隊指揮官のアミル・デ・ビレヌス少将はそう命じ、8隻は増速。全ての主砲を指向する。ラテニア海軍の艦艇は、現地の『野蛮人』や『異教徒』との戦闘にて、火砲ないし機銃のみで勝敗を決する事が多く、むしろワイバーンやアルゲンタビスといった飛翔生物にヒドラといった海棲生物が脅威として現れたため、対艦攻撃装備たる長魚雷発射管を撤去し、代わりに対空砲を増設し、新型の対潜短魚雷を装備していた。だが15.2センチ砲18門、12.7センチ砲24門の強力な砲火力があれば、十分に圧倒できるだろうと司令部要員一同は考えていた。


 だが、ゾディアティア帝国海軍第6航洋戦隊司令官のハンス・フォン・アルカード少将は冷静であった。先頭を突き進む2隻の巡洋艦が牽制射撃を放ってくるのを見た時、直ちに指示を命じた。


「全艦、右回頭150度。左舷ひだりげん雷撃戦用意」


 彼が旗艦として乗る二等巡洋艦「パトラ」は、旧日本海軍の川内型軽巡洋艦に酷似したベテランの軍艦で、15センチ単装砲を7門、53センチ四連装魚雷発射管を4基装備していた。戦隊隷下の駆逐艦6隻も、53センチ五連装魚雷発射管を2基装備しており、一度に68本もの魚雷を投射する事が可能であった。


「先ずは面舵を切って逃げる様に陣取る。さすれば相手は追撃を断念して『敵を追い払った』という自己満足で下がるかもしれんが、あの様子では功を焦って追ってくるだろう。そして相手は艦艇全ての火力を向けるために同航戦へ持ち込む筈だ。そこに進路上に重なる様に魚雷を流し込む。射撃も怠るなよ」


 命令を受け、7隻は単縦陣を維持しながら回頭。はたせるかな、獲物が逃げるのを目の当たりにしたビレヌスは追撃を命じる。


「追え!どこの馬の骨とも知れぬ劣等民族の艦隊を生きて帰すな!」


 砲撃は続き、距離が1万に迫ったところでゾディアティア艦隊も砲撃を開始する。だが砲撃開始から僅か10分後、周囲を警戒していた乗組員が、海面に浮かぶ幾つもの白い線に気付き、絶叫した。


右舷みぎげんより、魚雷ー!」


 慢心の代償は大きかった。「ジサリオ」の直後に続いていた同型艦の「バルビアヌス」に2本が命中し、駆逐艦2隻も被雷。そして陣形が崩れた隙を、アルカードは見逃さなかった。


「取り舵一杯!敵旗艦に対して集中砲火を浴びせよ!」


 数分後、7門の15センチ砲と36門の13センチ砲が指向され、43発もの砲弾が「ジサリオ」に降りかかる。もはやビレヌス以下ラテニア海軍将兵に戦意は無く、駆逐艦の煙幕を借りて遁走するしか手段は残されていなかった。


「敵艦隊、逃走を開始!」


「追撃は不要だ。洋上に投げ出された味方を救わずに逃げるとは、なんと愚かな連中だ。相手の情報も欲しいし、ここは救助に徹するぞ」


「了解しました」


 斯くして、第一次エーリア海海戦はゾディアティア帝国の勝利に終わる。帝国艦隊の損害が、駆逐艦3隻の損傷に留まったのに対し、ラテニア艦隊は巡洋艦1隻と駆逐艦2隻撃沈、駆逐艦1隻鹵獲という有様であり、先手を打つ事に失敗したビレヌスは文章で表し難い程の屈辱的かつ残酷な末路を辿る事となった。


 逆にアルカードは海戦後、本国に凱旋。『野蛮な敵の不意打ちを跳ね除け、勝利をもたらした名将』として褒め称えられる事となる。しかしこの出来事は、本格的な戦争の序曲に過ぎなかった。

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