第7話 ROUND1 コウキVS爆丸
【READY FIGHT!】
戦闘開始のパネルが消えれば、サキが数歩下がっていきます。
「さあ
「おうっ!」
どうやら2対2と言いつつサキは戦わないようです。
舐めてるのか?
爆丸がむっとして自分のパートナーにも下がるように伝えます。
「君は攻撃の必要はない。離れて防御に徹していてくれ」
「分かった、任せておいて。今年のドラゴンの防御率は過去最高よ」
AIによる超高性能会話エンジンが搭載されているエルミナが答えて数歩下がります。
爆丸は思います。
いったいこいつらは何を考えている……?
互いに剣を鞘から抜いて向き合いながら、爆丸は先日のコウキとの模擬戦を思い返します。あのときの少年はまったく敵ではありませんでした。10戦してまともに爆丸に届いた攻撃はごくわずか。
コウキが使うのは標準的な片手剣。
ですがコウキはそのどれもを一度たりとも発動させていません。
片手剣は多くの職業の初期装備です。ゲーム中に数多く用意されたスキルの中でも、使いやすく当たり判定やスピードが優遇されています。それなのにコウキは使わなかったのです。いえ、使うべきタイミングは何度もあり、使おうとした素ぶりも見せましたが、使えなかったのです。
E・R・Oは人の脳内の電気信号を取り出し、
それでも間合いの取り方や攻撃のタイミングの判断には見るべきものがありましたが、大剣スキルを使いこなす爆丸の敵ではありませんでした。
しかもあの時よりも自分と少年とのレベル差は開いています。負ける要素はまったく無し。
そう結論した爆丸はさっさと来いとばかりに剣を肩にかついで待ちのポーズを取りました。
「ぃッくぜ!」
思い切りがいいのか、コウキがすぐさま仕掛けます。
迷いない直進。
伸ばした片手剣に青い光がきらめきます。
「さすがにもう使えるようになったか」
その光はスキルが発動した合図。基本の突きの型ですが、スキルの名前とエフェクトが与えられる以上、敵に与えるダメージは増加します。
「だがただのトラスティングだ」
爆丸は剣を肩からおろすことなく、巨体を捻りながら一歩横へずらします。
トラスティングは身体を向けている方向へ短くダッシュして剣を突くスキル。直進で攻撃してくると分かっていれば避けるのは難しいことではありません。
ゴブリンや野良盗賊だって使ってくるスキルです。トッププレイヤーである爆丸ならすでにそのタイミングと軌跡を理解しています。
コウキの剣は爆丸にかすることなく通り抜けました。
そして爆丸は勝利を確信。
スキルの弱点、発動直後の一瞬の身体硬直時間。そこを狙って剣を振り下ろしました。
「あん?」
ですが、空振った大剣が地面に刺さりました。
頭をかち割ってやるはずのコウキは身をかがめてすでに爆丸の後方へ。
爆丸は剣を戻すよりも自身が前方に飛びました。刺さった剣を起点に回り込むように。そして「ガード!」と唱えれば大剣が浮かび上がるように切っ先が立ち、幅広い剣身が盾として機能。
ガキィ、と音を立ててコウキの片手剣の横切りをしのぎました。
コウキのスキルを回避した爆丸。爆丸からの反撃。それをすり抜けたコウキが剣を空振った爆丸を背後から攻撃。しかし爆丸は立ち位置を変えて防御スキルを発動させた。
そんな流れでした。
「らあっ!」
パワーにまかせてコウキの剣を押し返した爆丸。
強引に距離をとらせた彼は、ですが困惑に眉をひそめます。
なぜ今のコウキへの攻撃が空振ったのか。
タイミングは完璧でした。スキルを発動させれば誰もが晒すはずの僅かな隙、一瞬の硬直時間。腕と剣を伸ばして飛び出した形のまま、コウキの足が地に付いた瞬間にその身体は0.5秒固まるはずでした。
しかしコウキは止まることなく自分の後方へ。
いや、そもそもコウキのダッシュの距離が長くなかっただろうか。
だから楽に自分の後ろへと回り込めたのだ。
それにスキル発動の証である青白い光もどこか早く消えたような……
爆丸の思考が疑問に埋まります。
コウキがその虚を見逃しません。
「はッ!」
片手剣スキル:スラッシュ。
一歩の踏み込みと共に青白い光をまとった剣が斜めに振り下ろされます。
爆丸は反射的に大剣を当ててコウキのスキルを防ぎます。ダメージは無し。ですがまたしても、
「なんだ!? 固まらねえ!?」
またしても。コウキはスキル発動後の硬直時間なしに次の攻撃に移ってきたのです。これを防具で受けとめることは出来ましたが、続いての小刻みな剣の切り返しに爆丸はついにダメージを受けてしまいました。
「いや、硬直時間だけじゃねえ。スキル自体がおかしい!」
「そう? 普通じゃない?」
コウキの剣のスキルは爆丸の記憶にあるものと違っていたのです。わずかに剣の軌跡が違ってぶつけ合うはずの大剣が流されました。空いた手が大きく動いていたから目線を奪われて反応が遅れました。
なぜだ? 敵とプレイヤーとではスキルに違いがあるのか? いや合同でクエストを進めた他プレイヤーには違いがなかったはずだ。
爆丸は思考を巡らそうとしますがコウキがそれを許しません。息をつく間もない攻撃のラッシュが始まります。
「俺のターン継続でっ!」
「くっ!……」
最初の対戦から見せていた立ち回りの上手さはそのまま、今度はスキルを的確に使ってきます。レベル差と装備の優位で受けるダメージこそ少ないものの、爆丸は完全にコウキに押される流れ。
「くそがっ! お前格闘技か何かやってるな。試合運びが慣れてやがる」
「いや特に」
「ちっ、才能か?…………ならこれはどうする!」
会話で一呼吸もらった爆丸は、両手を広げるようにして大きく後方へ飛びました。
胸を開いて背中を地面にあずけるような無防備な体勢で。大きな隙、というよりも誘い、挑発のスタイル。
「
応じたコウキの剣が追うように迫ります。真っ直ぐ突き出された片手剣には青白い光がきらめきました。
再びの片手剣スキルのトラスティング。
――――かかったぜ。
と爆丸は内心でほくそ笑みます。
コウキのスキルの謎は分かりませんが、今は流れを変えることを優先。
あえて放るようにしていた大剣を握りしめると強く念じます。
――――
それは習熟度LV.2で解放される大剣スキル。
大きく振りかぶって右上から斜めに切り下ろし。自身がその勢いのままに回転し今度は右下から斜めに切り上げる。敵に向けて大剣の軌跡がXの形になる強ダメージの大技です。
回転するプレイヤー自身の身体にも白いエフェクトがかかり、成功すれば黒いXの字が表示される、ゲームらしい実に見栄えのよい大技。
これこそが爆丸の狙いでした。
――――目線や使わねえ手で視線誘導しかける奴は現実で戦えるやつだろ?
普通のVRゲームと違い、フルダイブ型のE・R・Oはプレイヤーが
しかしそれは現実に格闘技やスポーツの経験がないとなかなか難しいものです。
少なくともコウキはそれを軽々こなすだけの経験や運動神経を持つということ。
「おおおおおお!」
――――なら、逆にゲームでしか不可能な技を想定してるか!
後方にとんだ爆丸の身体が空中で静止し、その場で
そう、現実では人間は空中で停止することも慣性を逆転させることもできません。
しかしこのE・R・Oはゲームの世界。物理演算エンジンは見栄えや面白さの実現のためには適宜カットされるのです。
(例えば爆乳竜人のエルミナが歩くときの胸の揺れ方は物理法則ではなく固有の胸揺れ専用エンジンによって制御されます)
格闘ゲームや対戦アクションゲームで定番の、空中でダッシュ攻撃や追加ジャンプが出来るシステムほどではありませんが、このE・R・Oでは一部のスキルで似たようなことが可能となっているのです。
空中で突然攻撃に転じた爆丸に対し、コウキは自ら
ズオオオと効果音とエフェクトを撒き散らして爆丸の
「なんだあの技!」
「すげえ!」
ついに大きく浮き出た黒いXの字を目にし、周囲の観客たちが思わず歓声を上げます。
そのエフェクトが収まった後に残る結果は、
「がっ!?……なっ……何が……」
ステージ上の爆丸は膝をついて呆然とコウキを見上げます。
そう、レベル2の大剣スキルで大メージに吹き飛ばされているはずのコウキは平然と立っていたのです。
逆に爆丸の方はHPゲージを1/4に大きく減らしています。
模擬戦の場合は観客にも対戦者たちのHPゲージが公開表示されており、周囲の人間が騒ぎ立てます。
「いま決まったんじゃねえの?」
「いや、空振ったってことだろ。一応スキルは空振りしてもエフェクトとかは発生するから」
「でもヒヨコメットの方もスキル発動してたろ。じゃあ位置的にぶつかってるはずだろ?」
「待て、爆丸さんの腕がない!」
そう、爆丸は両腕が切断されていたのです。彼の足元には大剣を握ったままの両腕が落ちています。切断面は黒くぼかされていますがなかなかのグロい光景。
「なぜだ……なぜ俺の腕が切られてるんだ! お前はトラスティングで俺に向かってきていただろう! 突きのモーションでどうやって俺の腕を切った! お前のスキルはいったい何なんだ!」
コウキはカチャカチャと音を立てて自分の片手剣を背中の鞘に収めます。
そして言いました。
「俺のスキルは、そう……………………」
コウキが自身のスキルの正体を口にしようとして、黙りました。
何をもったいつけているんだ、と爆丸がじれたところでサキが横でなにやら動いてるのに気づきました。
いつの間にかコウキの前方に移動していたサキがメガネを弄りながら「3、2、1、キュー」と手を振ります。
:ひよこくん言ってやりなさい
:いいドヤ顔頼むぜ
:この時のために練習してきたんだからなあ!
:さっきー、切り取り動画に使えるサムネ頼みます! 【Gold-coin×4】
「…………俺のスキルはシステムによらないスキル。言うならば
コウキがドヤ顔で宣言。
ドン!ドン!ドン!と、サキの抜群のカメラワークにより少年の顔が別アングルからの三連続アップで画面に表示されます。
「The sky’s the limit……たしか空が限界、つまり制限が無いという意味だったか」
「うん、そう。日本語では天空無限軌道って書く」
「書かんだろ」
:書かねえよw
:ほらひよこちゃん現実でルビ振るのは無理があるでしょ
:だっさw
:さっきー! ひよこのユニークスキルの命名権を売ってくれーー! 【Silver-coin×10】
:ひよこのセンスに文句言ってる奴は分かってないね
:中高生が背伸びした語句で魂をこめる尊さが分からんかな
:多分ひよこはロック的なのを目指してたんだろうなってのは分かる
:[↹]日本語のこういうところは本当にミステリアスですね
:プロの技巧とセンスに満ちた技名よりもこういう素朴な天然ものの方が俺達の心を沸かす
:さては昨日の宿での雑談動画を見てないな
:ヒヨコが必死に頭振るってカッコいい名前を考えてたからな
:繰り返される『お姉、〇〇って英語で何て言うのー?』w
:そりゃ中高生の間で英語で言ってみた動画が流行しますわ
:さっきーの応答がだんだん雑になってて草
:最後はリスナーに投げてお眠のさっきー
:いわばこれは俺達とひよこの合作よ
:先生! 打ち合わせと違うじゃないですかーーーー!
:昨日あんなにドイツ語のカッコよさで盛り上がったじゃないかよ!
:深夜のハイテンションで浮かんだアイデアだぞ 一晩たったら冷静になるわ
リスナーの反応はともかくとして、周囲の観客は聞き慣れぬコウキのスキル名に戸惑っているようですが、サキとコウキはここぞとばかりに畳みかけていきます。
「それじゃあタネあかしと行くよ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます