第6話 デスゲーム会場で歌ってみた/オリジナル

 デスゲーム開始から一週間。


 今日も18時ちょうどに主催者が天空に姿を現しました。


「さて、いま現在のプレイヤー人数を伝えよう、4998人。ようやく参加プレイヤーの増加は止まったようだ。さあ、それでは諸君にはそろそろ真剣にこの世界と向き合ってもらおうか」


 陰気な表情のまま、文字通りこちらを見下ろす主催者に対し、プレイヤーたちが悔しそうに言います。

 

「くそがっ、上から目線で偉そうによ」

「最初に無料ガチャプレゼントしてから言えや」

「ようやく見つけた安住の地だぞ。誰が働くもんか……なんだ!?」


 ドーーーーーーーーーン、と爆音が皆のぼやき声にかぶさりました。

 街中に響くほどの音量。その発生源である中央広場には百メートルの高さにまで筒状に立ち昇る炎。


「なんだ、何がおこった!?」

 皆が慌てふためき現場に駆け寄ってきます。

 主催者も中央広場に視線を落とします。そして目にしたでしょう。中心にあるステージに炎が吹き上がり、やがてそれが消えたあとにはサキとコウキと他数人が立っていたことを。


「何やってんだあいつら」

「あれって、もしかして例のアイドル!?」

「試合場の結界を起動させてんのか?」

「じゃあさっきの炎は魔法?」

「魔法であんな高くまで届くはずないだろ」


 集まってきた人々が騒ぎますが、ステージ上のサキたちは顔を下に向けて立ったまま。

 

「音楽、スタート!」

 突然サキが指をはじくと、彼女の背後で椅子に座った小太りの男性が小型の戦棍メイスでもって紐で吊るされた盾を叩きました。

 響く金属音。

 彼の背後の吟遊詩人の金髪エルフがリュートを奏でます。

 メイドファッションのネコミミ少女がベルを振り鳴らします。


 ステージに軽快でアップテンポな音が流れ出しました。

 タンタタンと小さく足を踏み鳴らしたサキが歌いだします。


「~LIMIT? 勝手に決めないで」

「~無理?無駄? 自己紹介ありがと」

 サキが首から下げた小さな角笛の特殊効果により、その歌声は周囲に広く響き渡ります。


:さっきーのゲリラライブ始まるよー 【Silver-coin×3】

:〘リミットぎむりっと 作詞:NAZU 作曲:長岡景〙

:♫LIMIT? 勝手に決めないで

:見ろよさっきーは本当はアイドルだったんだぜ

:♫ムリ?ムダ? 自己紹介ありがと

:♪ ₍₍ ◝( ゚∀ ゚ )◟ ⁾⁾ ♪

:ねえサキなに始める気? いまなら怒らないから言って!

:さっきー初期曲キタ! 【Gold-coin×3】

:ひよこがめっちゃ回ってて笑う


 E・R・Oではシステム画面で選択すれば小さくBGMを流すことは可能ですが、あくまでRPGらしい周辺環境のイメージに合った雰囲気を盛り上げるタイプの曲調です。

 いまステージで奏でられるのはそれとはまったく違う、現実世界を思い起こさせるポップで軽快さが前面に出たタイプ。さらにプレイヤーが集まってきて騒ぎ立てます。


「なんだ、イベント?」

「何が起こるんだ?」


「うわ、すげっ」

 驚きの声も上がります。これはサキのバックダンサーを務めるコウキへの言葉です。


「何だ? 映画の撮影?」


 ステージの前方にはビデオカメラのようなレンズのはまった黒い箱が三脚に据えられ、サキのライブに向けられています。


 タン、タン、タン。

 呆気にとられていた皆ですが、その曲に合わせて身体が自然とリズムを取り出す者が現れました。


 そうしてサビから次第にアップテンポになっていく曲は4分程でエンディングを迎えます。


「――――そう、君と一緒ならね! breaking!」


 マイク代わりに持っていた短杖を掲げ、サキが曲の終了をポーズ。

 

 パチパチパチ、ステージから降りたコウキが集まってきた皆の近くまで寄って手を叩きます。皆は釣られて拍手をしだし、やがて全員の拍手が重なったところで

「カーン」と叩かれた盾が大きな音を発します。


 全員の手が止まり、いったい何が起こるのかとの思いで注目が集まるこのタイミングで、サキが声を張り上げます。


「みんなー、星河サキ、ゲリラライブを聞いてくれてありがとー」

「みんなにはこのまま聞いてほしいことがあるんだー」

「身バレについては心配しないでねー、カメラはそっちには向いてないからねー」


 サキはこれ見よがしにステージ前方に置かれたカメラを指さします。黒い箱の先端に輝く水晶がステージを捉えています。といってもこれはいくつかのオブジェクトを組み合わせたもの。サキの配信はいまステージの方を映していますよと安心させるためのダミーなのでした。


「知ってる人も多いだろうけど、私はたまたまこのゲームを実況配信してて、今も回線は現実リアルと繋がってる。つまり外の世界と連絡が取れるっていうこと。これって開発者も知らなかったすっごいチートってわけ。


 それで今回のゲリラライブの本題はね、このチート能力を使ってプレイヤーのみんなと、リアルのみんなと力を合わせてデスゲームを攻略しようってこと」


「クランを作ろうってわけか?」

 集まっている皆を代表するかのようにサキに声をかけたのは爆乳ドラゴニュートを伴う爆丸でした。


 サキはその問いに首をふります。


「ううん。パーティーよりもクランよりもギルドよりも、もっと巨大な組織を目指してる。具体的にはプレイヤー五千人全員を集めたい。皆でリアルに戻りたいの。それでみんなでドームで攻略記念コンサートを開きたいの。

 そう、組織の名前は――――


     『デスゲーム攻略委員会』!」


「はっ?」

 爆丸以下、居並ぶ全員が呆気にとられました。


:パーティー<クラン<ギルド<委員会? 

:俺バイト戦士だから部長と課長のどっちが上かすら分かんねえし気にしないよ

:このアイドル、記念とか称してドーム単独ライブ開く気だ!

:俺んとこの社長も忘年会ワンマンカラオケショーが社員の福利厚生だって信じてるからな

:えっ、何? どういうこと? 今度は何やらかすの?

:アイドルだから委員会が組織区分の最上位だって思っちゃうのもしょうがねえべ


「もちろん会長は私ね」

 と呆然とする皆を置いてサキがそう宣言すると、コウキと共に背後に顔を向けます。その視線の先、上空には憮然とした表情の主催者の姿。


 コウキが剣を抜いて空にまっすぐ突きつけます。

 地上から上空へ、巨大な敵へと挑まんとする勇者の構図。  


 両者は言葉は交わさず、やがて主催者はすうと消えていきます。


:ねえねえ主催者くん 人生かけた計画がアイドルライブの前座にされちゃったのってどんな気持ち?

:よっしゃ、まずはマウンティングはお前の勝利だひよこ!【Silver-coin×3】

:その悔しい気持ちを英語でなんて言うのー?


 はっきりと主催者への挑戦を突きつけたその姿勢。皆は感じるものがあったのか、それまで漏れていた猜疑の声は収まり、爆丸がサキに問いかけます。


「おふざけじゃねえ、本気で言ってるのは分かった。だがな、外からの救助が進められている。それを待つようにと伝えていたのはあんただろう?」


「そうね、それじゃここでホットニュースをお知らせ。救助方法の目処が立ったって。なんでも現実の私たちがかぶってるヘッドギア、これに脳を焼く細工がされてるわけだけど、それを動かすバッテリーの方を自然放電で動かないようにさせる計画が進行中だそうよ」


 サキが警察から告知するように依頼された最新情報を皆に公開します。

 このE・R・Oはカードチップ形式のソフトとゲーム機本体とヘッドギアの三点でセット販売されています。

 ヘッドギアは脳の神経信号をバイバスさせ、ソフトとゲーム機本体が信号をデジタル化して量子コンピュータ上に構築されたファンジー世界へと送ります。そうすることでE・R・O世界のプレイヤーの分身アバターが冒険できるのです。

 逆にアバターの動きとE・R・O世界の光景はゲーム機に送り返され、ヘッドギアを通してプレイヤーの脳内に展開されるわけです。


 恐るべきデスゲーム計画の根幹はこのヘッドギアに脳を焼く細工がされていることですが、その細工を発動させるのがヘッドギア内のバッテリーです。

 このバッテリーは本来はヘッドギア自体を稼働させるためのもので、ゲーム機本体からワイヤレスで電源供給されています。これはデータの送受信の際に同時に行われています。


 しかし実はこのヘッドギアとゲーム機本体は有線接続に切り替えることが可能です。むしろ信号の受送信にはそちらの方が安定するために推奨されていました。

 これまでのVRヘッドギアであればプレイヤーが実際に動き回るためにワイヤレスでないと支障がありましたが、E・R・Oではプレイヤーは寝転んでいるために有線接続で問題がないのです。


 そして警察の救助計画はヘッドギアを有線接続したうえで電力供給を最小限にする、というものでした。

 通信回線を切断したりヘッドギアを外す、あるいは電源供給を切ろうとすれば即トラップが発動されます。しかし有線接続で最低限の電力供給に絞れば。ゲームは稼働するけれどバッテリーに充電するには足りない状態になります。

 それを維持すればやがてバッテリーが自然放電して細工が機能しなくなるのです。


 パソコンで仕事中にUSB接続でスマホを繋げて充電したつもりでいたら、電力不足で電気が供給されておらず帰りの電車内でのソシャゲデイリークエスト周回ができなくなった経験は多くの人が持っているでしょう。


「細工が動かないまで自然放電させるのには数ヶ月かかるっていうのがネックだけど、今一番有力視されてるのがこの計画」


 サキの伝える報告にホッとする者、長すぎだと抗議する者、皆が騒ぎ立てます。それを爆丸が片手を上げて収めます。

 

「なるほどな。まずは俺たちの救助を進めてくれたこと。関わった皆に感謝したい。ありがとう。…………だがそれならあんたはなぜこのタイミングで自力での攻略を呼びかけている?」


「爆丸さんは今の聞いて攻略を止めるつもり?」


「いや、最後まであがくつもりだ」


「私もよ。救助計画が完了するまでには数ヶ月かかるのなら、自分でもできることを進めたい。これはメンツの問題」


 しばし。爆丸はサキをじっと見据えます。

 サキも厳つい大男の視線に臆することなく、ぐっと胸をはります。


「分かった。では聞こう。あんたは俺たちを率いようというが、その力はあるのか? 俺たちは既に初日から動いている。レベルも知識もそれなりに揃えてきた。後から動いたあんたに付くメリットはなんだ? 外とつながっていようと攻略情報が得られていないことは知っている」


 初期から動いていた攻略勢の中には、サキを通してメーカーに攻略情報を求めようという声もありました。しかしそれはサキに断られます。なぜならメーカーであるGACE社にとっては攻略情報の提供はプレイヤーを危険にさらすことを意味します。

 攻略活動による死者が出たときの責任問題を恐れ、メーカーはタウンから出ないようにという警察の勧告を盾に、攻略情報の提供を拒否していました。

 

「うん、そうだね皆もそこは気になるよね。だから爆丸さん、もう一度私たちと対戦してくれる? 多分攻略勢の中でも爆丸さんはトップクラスだから私たちのチート能力を見せるにはピッタリなんだ。今度は私も参加するんでそっちのHカップの彼女も一緒にね」


「Jカップだ。悔しいのは分かるが間違えてくれるなよ」

 聞きようによっては挑発しているようなサキの言葉に、爆丸もはっきりと挑発して言いました。


「しっつ礼」

 そっすかー、という投げ槍な態度のサキ。生まれてこの方、外見でマウントを取られたことのない彼女ですのでしかたありません。


「フンッ」

 爆丸が巨体を感じさせない跳躍でステージに飛び上がります。パートナーである爆乳ドラゴニュートも少し離れた位置の階段を使いその隣へ。


 コウキとサキ。爆丸と竜人ドラゴニュートのエルミナが並びます。


「コウキと言ったな。聞くがレベルはどこまで上がった?」


「俺もお姉も5だよ」


「なに!? 話にならん。俺はレベル10だぞ。エルミナもレベル8だ。言っておくがもしもエルミナがNPCだから連携に穴があるなどとは思ったら大間違いだ。エルミナは成長するんだ。俺もな。常に一緒に過ごす俺と彼女は完全な連携をこなせるようになっている」


「なら俺たちだってずっと一緒だったさ」


 コウキと爆丸が目の前に浮かんだウィンドウに触れて両者の対戦形式を決めます。互いのパートナーを含む2対2のパーティー戦。時間無制限で2名共にHPが0になった方が敗北の一回勝負で設定されました。


  ステージ中央、両者の真ん中の位置で戦闘開始のパネルが回転します。


     【READY FIGHT!】 


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