第8話 【解説回】なぜコウキのスキルは特別なのか?【次回くっころアリ〼】

「はい、そんじゃ天空無限軌道スカイズ・ザ・リミットの解説は私にまかせて」

 とサキが前に出てきて言います。コウキは頭脳労働は姉の役目とばかりにすっと後ろに下がっています。

「一言で言えば洸希コウキは身体操作のエイド補助機能をカットしてる」


「あれはカットなんかできないだろ」

 周囲の誰かが声を上げ、サキが応えます。


「そう、本来はね。オプションに項目はあるけど変更不可扱いになってた。でも実はデスゲーム開始時点で弄れるようになってたの」


 エイド補助機能とは簡単に言えばプレイヤーがこう動きたいという思いを読み取ってその通りに分身アバターを動かす機能です。


「みんなも覚えてるよね。最初のチュートリアルで感覚調整する時間があったこと。作った分身アバターの身体になって最初に言われたでしょ。まず歩くことを考えろって。あそこでみんな自然に足が一歩前に出たたはず。あれがエイド機能の力」


 そこでサキは数歩前に進みました。


「こんなふうにね。初めてのときはホントに歩いてるってびっくりしたけど、実はこれって私たちの現実の肉体の一歩とはちょっと違う。私、普段からモデル歩き実践してるのに全然反映されてない


 でもそれって当然なんだよね。だってこの分身って一人当たり80万ポリゴンで本物と同じ外見にはなってるけど、中身はまったくの別物。関節数が少ないし、可動域も違う。筋力やスピードが今のレベルのパラメーターで制限されちゃう。触覚や痛みや熱を感じる感覚受容器が実物の0.1%くらいしかない。何より


 そしてサキは両手の拳を脇に当て、ぐっと胸をつきだすマッスルポーズを取りました。


「この身体の筋肉は飾りアクセサリーってかんじ。本物の筋肉は収縮して骨を動かすんだけどこっちは逆。分身アバターの場合は動くのはストレートにボーンなの。骨の動きに合わせて筋肉がそれっぽく伸び縮みしてるわけ。

 だから私たちが歩こうとしても思ったようにいくはずがないの。そもそも脳が出す神経信号は筋肉を動かすための指令でしょ。受け取る筋肉がないから動かしようがない」


 E・R・Oは新開発の革新的なデバイスであるヘッドギアによるフルダイブVRを実現していますが、その舞台自体は一般的なVRゲームがベースとなっています。

 そのためプレイヤー、NPC、モンスターを問わずにゲーム中のキャラクターはボーンと呼ばれる仮想的な骨格構造が設定され、キャラの動きはこのボーンを制御することで行われています。

(※仮想的というのは例えば本来は骨が存在しない爆乳竜人のエルミナの胸部にもボーンが設定されており、専用の胸揺れエンジンによって多彩な動きを可能としているからです。その他にも獣人のネコミミや尻尾にもボーンが存在し、職人の手作りのモーションで愛らしさや艶を表現しています)


「脳から出る"歩く"って信号は実際には複数の筋肉を同時に動かす指令でしょ。私は足裏をピンって伸ばしたいし、たとえば膝を悪くしてる人はふくらはぎを緩めるようにするはずだけど、このアバターはそんな指令に対応できないから、"歩く"ときの神経信号をエイド機能が適当なボーン制御歩き方に変換するの。正確には性別や体格で十数パターンあるそうだけどね」


 そしてサキは指をパチンとはじきます。

 コウキが歩き出します。

 一歩目は普通に。次の一歩からは背筋をピンと伸ばして膝裏もまっすぐに、かかとから床に着地させるおしゃれな歩き方、いわゆるモデル歩きに変わりました。

 そこからタタンッと歩幅をずらして、タップを入れて。

 次には足を交差させるセクシーなジャズウォーク。

 最後に足を滑らせて後ろ向きに進むムーンウォーク。


 これには観客たちも思わず拍手を送りました。


「私たちは今の歩き方はできない。私たちにできるのはゲーム中に用意されたモーションだけ。やろうとしてもエイド機能が一番近いって判断したモーションにされちゃう。これで洸希のユニークさが分かるでしょ。私の弟はエイド機能を切ってるから自分で自由にモーションを決められる。これが戦闘でどれだけ有利かってわけ」


 その有利さを体感させられたばかりの爆丸が答えます。


「ああ、そういうことか。コウキの片手剣スキル、あれは自力で発動させていたのだな。俺たちがスキル名を念じるか言葉にすることで出るモーション、そいつを自分でトレースすることで発動できていたというわけだな」


 コウキが大きくうなずきます。


「最初に思念スイッチ作るかスキル名宣言するのは変わんないけど、そっから決まった動きをすればスキル発動扱いになる。ある程度は動きに幅があるんだよね」


 スキルが決まったモーションで発動されると言っても、片手剣にも種類はありますし、プレイヤーの体格も様々であり、もともとアソビは設定されています。コウキはスキルが成立するにはどこまで型にはまり、どこまで崩せるか、その境目をこれまで模索していたのです。


「空いた左手でフェイント入れたりしてたのは、それか。すると硬直時間が無かったのも俺に当たらないと判断した瞬間にモーションをずらして失敗扱いにしていたってことか。たしかに俺に当たった時のスキルはちゃんと硬直時間が発生していたな。いや、思い返せば外したときもあえて固まってたときがあったが。あれは俺に気づかせないためにフェイク入れてやがったな」


 実際はいくつか途中でモーションが崩れて失敗したり、逆に外してもスキルを完了させてしまったときもあるのですが、そんなことはおくびに出さずにコウキは言います。

「そだよ。最初はスキルどころか剣もまともに振れなかったけど、初日から練習しまくってようやく自力で動かせるようになった」


 コウキの言葉に少年のことを知る周囲の人間がああそうかと口にします。

 ココスタウン内で筋トレをしたり、屋根の上を走り回ってパルクールをしているコウキの姿は何度も目撃されていましたが、それは自身の身体操作の練習であったのだと。


「それで天空無限軌道スカイズ・ザ・リミットというのだな。無限軌道、つまりキャタピラで不整地を踏み進む。普通の車両とは異なる構造で、普通の車両では進めぬ道を行ける。なるほどな」


「………………」

 コウキの表情が固まりました。


「どうした? 無限軌道ってのはキャタピラのことだろ?」


「んっ? ……うん、そう」

 コウキが固まった表情のままうなずきました。


:うそつけよw

:やっぱりひよこは無限軌道の意味を勘違いしてやがったな

:ぜったい軌道を無限に設定できるとかそういう意味だと思ってた

:昨夜ひよこが銀河鉄道がどうのとか言い出したのはそれか

:俺は天空を自由な軌道で進めるんだぜってドヤってたのか

:星河と天川の名前にピッタリしてるって思ったんだよね(笑)

:さっきーが笑いこらえてて草

:勘違いしてるって気づいてたんなら教えてやれよw

:弟というのは姉のおもちゃなんだよな



「ふう…………分かった。俺の負けだ。ネタが割れてもお前の動きに対応できそうにない」

 と爆丸は欠けた両腕を上げて降参のポーズ。しかしサキに顔を向けて言います。


「だがこれをチート能力というつもりか? 初期設定でエイド機能が解除できないのには理由があるだろう。デスゲーム開始でそれが開放されたというのも不安要素でしかないぞ。……いや、待て。そもそも筋肉がないこの身体をどうやって動かしてるんだ?」


骨格ボーンを動かすための神経信号が出せるように練習したんだ」

 とコウキが答えますが、明らかに伝わっておらず、サキが補足します。


「実は洸希がここに攻略の鍵がある! って叫んでエイド機能を切った瞬間に倒れちゃったのよ。足を伸ばして立つっていう身体制御もできなくなっちゃったの。それでも一応は触覚を感じる感覚受容器はついてるから、私が洸希の手足を動かして、脳に骨格ボーンの動きを伝えさせたの。その内に逆に自分でボーンに神経信号送れるようになって、そっから徐々にこっちの身体の動かし方を身に着けてってる。


 いわば今の洸希はロボット体っていうのかな。骨人間スケルトンボディとして生まれ変わってるわけ」


 このヘッドギアは完成体こそエッチな物になってしまいましたが、元々は脳波で環境操作や義肢などのロボット制御を行う福祉機器として作られていました。そのため操作系統がアシストありきで肉体と同等の操作感を目指す直接制御と、人間がデバイスに合わせる代替制御の二系統が用意されていたのです。

 コウキはその未公開機能を勝手に引き出し使いこなしている状態です。


「最初はおててを"ぐーぱー"する練習を始めて、そっから"はいはい"を覚えて"たっち"から"あんよ"が半日でできるようになってったのはちょっと感動的だったよ」


 なお、その一連の成長過程はばっちり配信され、切り抜き動画『ひよこくんの成長日記①~⑤』が一部界隈から莫大なアクセスを稼いでいます。


「それ、よくそんなことしようと考えたな」

 そのメリットを身体でくらいながらも、並べられるデメリットに呆れる爆丸です。


「だって何かエイド機能だと身体うごかすのにもどかしさがあったから。これは自分で動かした方がいいなってオプション探ってたら良さ気な項目があったのに気づいたんだ」


「うちの弟は直感で正解選ぶとこあるかんね。まあ自動運転が実現した今でも自動車免許でMTマニュアル取りたがる人いるじゃない」

 弟のすまし顔のセリフを、サキが単にかっこよさそうと思っただけだよとバッサリ切りました。


「他のデメリットはあるのか?」


「んー、慣れるまでは歩くのが疲れるとこかな。マジで一歩一歩、自分でこうやって足を上げて下ろしてって意識しながらじゃないと歩けないんだ」


「それだけじゃないでしょ。一番大きいのは現実でバトルができない人間だと活かすことができないってこと。せっかくゲームとして誰でも派手でスピーディーなアクションがこなせるようになってるのに、そのアクションを自分で努力して習得しなきゃいけないんだから。

 こういうアクションがしたいって思っただけで身体が勝手に動いてくれるから、私みたいな素人でも次のアクションを考えたり、魔法の準備したりできるわけでしょ。

 レベルアップしたときもスピードや筋力も劇的に変わるからその都度対応しなきゃいけない。もう戦闘センスのない人間にはデメリットだけってわけ」


「そうか、だがそこまでならば俺も習得を検討したいところだが」

 その武闘派を思わせる肉体通り、現実でのバトルにも自信があったのでしょうか。爆丸がコウキのユニークスキルに興味を示します。


「爆丸さんはグレートソード使いじゃん。それだと武器変えないといけなくなるよ」

 とコウキ。


「どういうことだ?」


「片手剣のスキルはまあ現実的な動きだからさ、スキルのモーションなぞるのは可能だけど、大剣スキルだと元々フェイクあるからなぞるのは無理だと思う。少なくともさっきみたいに空中でスキル発動とかは出来ないよ」


 爆丸の使える大剣スキルを例に上げると、

 Xクロス-ブレードは斜め下に斬りつけた剣が身体を回転させることで、続けざまに左下から斬り上げるというモーションですが、実は一瞬ですが剣が地面を潜っていますコリジョン無視。自力でモーションをなぞろうとすれば大剣が地面に引っかかってそこでストップです。

 最初の模擬戦で使ったインバース・ブレードも横向きに大振りした大剣を、慣性を無視して一瞬で切り返すというフェイクが入っています。


 大剣を選ぶプレイヤーはド派手なアクションを好むものですので、初期スキルからそのようなフィクションが入ってくるのです。


「ではダメだな。俺は得物はデカいものが好きなんでな」

 と即決した爆丸。


「それがいいよー。私も試しにエイド切ってたみたけど、歩けるようになったので精一杯だったから。何だかんだ一日でダンスまで出来るようになったのはコウキの若さね」


「あとめっちゃ痛いよ」

「痛い?」


「ああ、そっちが最大のデメリットかな。エイド機能だと攻撃受けたらダメージ量と箇所に応じて事前設定プリセットされた軽い感触が与えられるって仕組みだけど、エイド切ってると切られた箇所の感覚受容器がダイレクトに反応するから痛みが生じるの。本物より数は少ないし、上限は定められてるけどね」


 サキの言葉に爆丸は自分の両断された腕を見ます。切断面は黒い影でぼやかされていますが、絵的にはグロ。ですが切り口に感じるのは鈍い圧迫感と沸かしたお茶の湯呑みに触れた程度の熱さのみ。

 そしてコウキに視線を移します。


 そういや俺もこいつの腕を何度も切ってたよなあと思い出しました。


「めっちゃ痛かった」

「おう……すまん」


:これ痛みが通るようになる辺りが主催者が狙ってたとこなんだろうな

:負傷時の痛みまで強制するつもりだったのか

:さすがにゲームにならんことに気づいて実装はしなかったのか

:使うのやめたなら解放設定戻しとけよ

:主催者さんうっかりミスが多すぎなんよ

:ドMしか攻略できないとかクソゲーすぎんぞ

:マジで最初はデメリットしかないのによくヒヨコはこれやったよな

:否、己の輪郭の理解は武の基本。ならば痛みは取り返すのが正しい。

:↑は日本剣術協会のくっそ偉い人やんけ

:そもそもなんで開発時の代替制御系が残ってたんだ?

:春々977先生のコメントを辿れ

:将来的に人形化とかの人体改造イベントを実装するはずだったからだよ

:モデル歩きのモーションを学習させたかったってさっきーのセリフがフェイクだったとは

:そこは本心じゃねえか。昨日も自分のダンスモーション作らせようとしてたし

:リアルタイムでひよこのハイハイ見守ってた俺はいま感動してる【Silver-coin×5】

:[↹]私もヒヨコ少年のようにサキを乗せて熊さんはいはいがしたいです

:あれは興奮したよね

:成長日記のコメがキモすぎるんよ

:逆張りに突き進めるのは若者の特権よ

:これ神経できあがってる年寄りには絶対ムリだろ

:若さこそが最大のチートよ

:チートか……

:チートなんだよな……

:チートを授かって生まれたのに30年スローライフしてたらもう遅かった件

:いいかい、若者は今のうちにトンカツと焼き肉と豚骨ラーメンを食いまくっとくんだよ【Bronze-coin×2】

:どうりで腕を切られて痛がってたわけだよ

:基礎技術の段階で法規制入ってるから致死レベルは設定できないけどな

:雑談枠で足の指全部をタンスにぶつけたレベルだって言ってた

:ひよこくん我慢できて偉いね 【Gold-coin×1】


 サキは周囲の観客に向けて言います。


「そういうことだから良い子は真似しない方がいいかな。

 あとさっきの洸希みたいにかっこよく勝利したのに、剣を鞘に入れるとこ失敗しちゃうのが防げるし」


「えっ!?」


:びくってしたひよこ君かわいい

:バレバレだったぞ

:[↹]私もそれが困難であるとマンガフィエスタで知ります-イギリスを楽しめ

:マジレスすると素人は腰に下げた状態での抜刀ですら難しい

:冬に死神コスでオリジナル刀(¥9600)を披露しようとして破壊した俺が来ましたよ

:双剣背負った剣士とか強者感あるけど、それを抜き差しできる時点でそりゃ強いわけよ

:この剣を(背中に装備して引っかからずに)抜けた者が勇者です


 コウキはひどく赤面しました。

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