第4話 第一回ゴブリン討伐【乱入あり】
車輪を引っ張り、乗っかりながらフィールドに出た二人。当然モンスターに出くわすことになりました。
「クシャァ」
「クキィィ」
毛のない灰色の肌にみすぼらしい腰巻きと無骨な棍棒を装備した三体のモンスター。外見やエロスの有無の違いはあれど、ファンタジーの定番の敵であるゴブリンの登場です。
「さあコウキ、やっておしまい!」
今も車輪に座り込んだまま、サキが命じます。今までコウキの身体に巻き付けていた補助装備
「さあ、それでは
さらには実況まで始めている模様。
「おっし!」
剣を構えるコウキは一人、三体のモンスターに対峙。
自分からは攻撃をせず、ゴブリンたちの行動を待ちます。
しばし威嚇の声を上げるだけであったゴブリンですが、ついに動きだします。左側にいた一匹が頭上に掲げた棍棒を振り下ろします。
棍棒はコウキが牽制に突き出した片手剣に当たるとガンッと音をたてました。
クシィと小さな鳴き声を上げたゴブリンは一歩下がります。
ゴブリンたちは連携をとることなく、いえ、ある意味とっているのでしょう。左側の一匹に続いて真ん中、次に右側の一匹、と順番に棍棒を振るってきます。
「くっ……そっ!」
そんなゴブリンの単調な攻撃に対して、コウキの剣での防ぎかたも危なげなもの。真正面から剣を当てる防御以外の行動ができません。
同じ流れを数回繰り返すころには、時折かすってしまったゴブリンの攻撃にコウキのHPバーがじわりと減少してしまいます。
「ふんっ!」
突然、攻撃モーションに入ったゴブリンが男の声と共に両断されました。白いマントをひるがえしてコウキの眼前にとび込んできた男。彼の持つゴブリンよりもサイズの大きい黒光りする剣が右へ左へと振り回され、瞬く間に三体のモンスターは倒され光の粒子となって消えていきました。
「んっ」
コウキが眉をひそめます。
「おおっ、お見事。今のってスキル?」
サキが座り込んだまま音のない拍手をします。
「ああ、大剣スキルのレベル1、インバース・ブレードだ」
ゴブリンを瞬殺した男は巨大な剣を背中に収めながら言いました。そしてコウキに顔を向けます。
「獲物を取っちまったが謝りはしないぜ。お前さん、明らかにレベルも訓練も不足している。死にたくなけりゃせめてスキルを発動できるようにしておけ。思念スイッチが効かせられないのなら発声コマンドを併用すりゃあいい。それとタウンの見える範囲でレベル5までは上げることだな」
肩幅の広い、1メートル90にもなろうという長身に、刈り上げで短めのアップバングの頭髪。現実ならスポーツマン、ファンタジー世界である今ならまごうことなき
突然の乱入と警告。それでも言葉に脅しや侮蔑のニュアンスもなく、すでに戦闘の体勢を解いているため、コウキも剣を鞘に収めます。
男はサキに顔を向けます。
「あんた、リアルと繋がってるんだってな。今もそうなら外に伝えてほしいことがあるんだがいいか?」
「いいよー。誰か呼び出しなら ちょっと時間かかっちゃうけど」
「いや、相手は俺の名前も覚えてないだろう。こちらから一方的に話したくてな」
「んー、ってことは顔出しOK?」
大きくうなずく男。
サキが立てた二本指をくるりとターンさせるジェスチャーをすると配信のカメラが移動します。男の乱入の瞬間に切り替えていたサキの正面顔から、元の主観視点へ。
男の全身がチャンネルの画面に映ります。
:うおっ、すげえ迫力
:でけえ
:2メートル近くあるだろ
:身バレ恐れないとか度胸あるなあ
:生身でファンタジーの住人じゃん
:これはグレートソードってやつか
リスナーたちが男の堂々たる風格に騒ぎ立てます。
「私に話しかけるつもりで話せばリアルに伝わるから」
「そうか。エルミナ、こちらへ」
男が呼びかけたのは、それまで離れたところにいた竜人の女性騎士。彼の仲間でしょうがゴブリンとの戦闘時からずっと距離をおいて立っていました。
その彼女が画面に映れば男の顔出し以上にリスナーたちは騒然とします。
:うおおおおお! 迫力すげええええ!
:でけええええ!!!!
:Hカップ、いやIカップくらいあるだろ!
:恐ろしいまでの超ド胸!!!
:まさにファンタジーの住人じゃん!!
:ボクの剣がグレートソードになっちゃうよ!
:見栄はってんじゃねえよ
無理もありません。男と違い彼女は立派な金属鎧に身を包みますが、その胸部は実に攻撃力があるというか物理的にも防御力がありそうなとにかく巨大なまるでタウンの市場で売っているプリンセスメロン(HP小回復)が二つ連なっているような超巨大さだったのです。
決して上げ底ではない証拠に、金属鎧は胸元の部分が大きくくり抜かれていて谷間がばっちりと見えています。谷は縦方向でなく水平方向に形成されて雄大な光景を見せてくれます。
「彼女はこのゲームのサポートキャラ、エルミナだ。そしてこの彼女を生み出されたのが神である春々977先生だ。デスゲームのせいで恐らくは春々先生もいわれなきバッシングにさらされていると思う。
だがここにあなたの子の存在に助けられている男がいることを、帰還のための戦いに活力と安らぎを与えられている男がいることを知っておいて欲しい」
そう、このエルミナという竜人女性はNPC。
このE・R・Oの世界では精霊があまねく存在し、世界を調律し、人の営みを見守ってきました。その長い歴史の中で精霊が自ら望んで関わった人間がいます。祝福を授けた英雄、力を貸し与えた王、共に旅した英傑、あるいはただ一緒に遊んでいた町娘。そんな彼ら彼女たちは"精霊の愛し子"と呼ばれます。
人よりも遥かに長い生を持つ精霊たちが折に触れて思い出し、互いに語り合い、友として過ごした日々を自慢しあう愛しき子供たち。
E・R・Oではプレイヤーはその精霊の愛し子の力を借りることができます。精霊に仕える巫女に対価を支払う、具体的には精霊が好む七色に輝くレインボークリスタルを奉じることで愛し子を現界させることができるのです。それは英雄や王本人ではなく、精霊の思い出にある仮初めの存在ですが、かつてと同じ姿と能力を発揮させることができる、冒険の助けになってくれる心強い存在です。
とはいえどの愛し子が現れるかは精霊次第。
つまりガチャです。
E・R・Oは買い切りのパッケージソフトですが、さらに通信サービス利用料を取られる上にPVで仲間になる様々なサポートキャラとして紹介されたのは有料ガチャが必要な"精霊の愛し子"ばかり。この子たちが欲しければ課金しろよというわけです。
その代わりに愛し子たちには、エロス業界のレジェンド級イラストレーターがデザインした魅力値がカンストしたキャラが多数用意されています。
春々977先生もそのレジェンドの一人。業界随一 ……業界のある界隈においてはまさに神に等しく崇められているイラストレーターです。
この
:心配すんなむしろ春々先生は政府有識者会議に呼ばれてたからな
:よく分かってないお偉いさん方がエロ業界のレジェンドたちを招集してしまった件
:結果的にあれでいわれないバッシングは防げてる
:あれ、このひと知ってるかも
そして偶然にもここでリスナーの中にその本人がいました。元より関係者であった彼女は今回の事件に心を痛め、さっきーチャンネルに張り付いていたのです。
春々977:爆●大好き侍さんですね。先日の即売会では差し入れありがとうございました。私は幸いにも問題なく活動を続けられています。
「えっと爆……
「おお、春々先生はご無事であったか! しかも私の名前も覚えて頂いていたとは。そうか本当によかった」
「…………ええっと、あと次の即売会で『栄養が全部胸にいくタイプのあの娘』の最新巻を渡したいから早く帰ってきてくださいって。エルミナも爆
「おおっ、なんと心強い言葉でござるな。拙者はますます帰還に燃えてきたでござるよ」
:なんでそこ伏せ字にしてる?
:口調変わるの草
:爆乳大好き侍さんは元々SNSで顔出しで啓蒙活動してた人だから今更身バレを恐れんか
:本人のSNSが一回垢バンして名前を伏せ字で再登録してるから
:名前じゃなくて活動内容が原因だったと思うんだが
それからいくつか春々先生とメッセージを交わした男は、サキにも礼を伝えました。
「ありがとう、これで懸念はなくなったよ。礼ではないがこのデスゲームは俺がクリアする。お主たちはタウンでゆるりと過ごされよ」
堂々と立ち去ろうとした爆●大好き侍ですが。その前にコウキが立ちふさがり、彼を見上げて言いました。
「爆
◇◇デスです! 攻略wiki◇◇
Q:命の危機なんだから身バレとか気にせずに外と連絡とろうとした人間はもっといるのでは?
A:いました
実は本作品のストーリーは、後に制作されたサキ自身も出演するE・R・O事件を描いた映画を元にしているという設定です。宇宙級アイドルが人類を救うSFアニメの設定を踏襲しました。
史実ではこの時点でサキの近くで顔出しで救助を求めている人はそれなりにいましたが、攻略にはあまり貢献していなかったため存在がカットされています。
同じ理由でこの後のストーリーで現実側のサポート体制の構築がハイスピードで実現していきますが、史実では段階を踏んでいたものを、映画版では前倒しにされただけとお考えください。
その他なんかこれ展開おかしくない? 作者勘違いしてないか? という箇所がありましたら、きっと映画化の際の演出上の都合に違いありません。
【スキルの発動】
E・R・Oでは各種武器に固有のスキルが設定されています。これは熟練度やイベント進行によって種類が増えていきますが、通常の攻撃よりも大きなダメージを敵に与えることができます。
AP(アクションポイント)と呼ばれるゲージを消費するため無尽蔵に使えるわけではありませんが、発動の際には特別なモーションとエフェクトがオートで展開されて、プレイヤーに爽快感をもたらします。E・R・Oの攻略には欠かせない要素です。
このスキルを発動させるのに一番簡単な方法はスキル名を発声することです。一定以上の声量で正確にスキル名を口にすることで発動します。
しかし毎回口にするのは面倒ですし、発動するのが発声が完了した時点では、瞬間的な攻防においては遅れをとることがあります。対人戦では相手に狙いを教えてしまうことになります。
何よりプレイヤーからすればスキル名はここぞという時に自由なタイミングで口にしたいもの。剣を振りかぶりながら叫ぶように? 自然体に構え、相手に予告するように静かに? あるいは敵を両断した後に剣に付いた血を払いながら言うのもいいですね。
そこで推奨されるのが思念スイッチと呼ばれるE・R・O独自のシステムです。
E・R・Oでは極論すれば思う通りに
これはE・R・Oのヘッドギアが脳から発せられる肉体を動かそうとする神経信号をバイパスさせ、システムの補助によって
しかしスキルはオートで分身を動かすために、肉体を動かそうとする神経信号は発せられません。
代わりにスキルを使おうという意識したときの脳波パターンをヘッドギアが読み取ります。但しこのときの脳波パターンは個人差があります。そもそも脳波自体は常時発せられていますので、その中からスキルを発動させるという脳波パターンをシステムが判別できる必要があります。
そこでスキルを発動させようと考えると同時にスキル名を発声することで、システムがこの瞬間の脳波がスキル使用の思念なのだと学習させられるのです。
そしてE・R・Oではプレイヤーが予め設定したマクロ(複数の処理を実行する機能)をアイコンとして視界のあちこちに配置することができます。
透過処理されたこのアイコンに視線を合わせ、意識を集中することでマクロを実施させられます。それを思念スイッチと呼びます。
戦闘中の装備の変更やよく使うアイテムの取り出しなどを設定しますが、スキルもこの思念スイッチとして登録できます。
戦闘中に敵から目を離すのはデメリットに思えますが、これら思念スイッチや発声を繰り返すことでシステムがスキル発動の脳波パターンをはっきり判別できるようになれば、以後は思考だけで瞬時にスキルが発動できるようになるのです。
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