第2話 【祝】ユニーク装備入手!

 デスゲームが開始して20時間後。


「くひひひひっ」


 ゲームスタートの場所であるココスタウン、その中央広場。芝生に寝転んで足をばたつかせるサキ。

 アイドルらしからぬ笑い声をあげる彼女は今、メガネに表示されるリスナーからのコメントを読んでいるところです。


 デスゲームに支配されたフルダイブ型VR・RPGを実況中継するという前代未聞の配信をしているサキですが、それにはΦファイラインというVRゲーム専用の配信ツールが使われています。

 これによって配信者はゲーム中にリアルタイムでコメントをチェックすることができるのです。


 逆にVRゲーム中の一人称視界というプレイヤーにしか見えないはずの画面を外部にも共有できます。


 世界最大の動画配信サービスVerSpecsにあるサキの公式番組『さっきーチャンネル』では、このツールで24時間LIVE配信を行っている状態です。逆に言えば一度配信を止めてしまえばもう繋げなくなってしまいます。


 デスゲーム主催者はゲーム機本体の開発のみで、E・R・O自体はソフトメーカーに外注しています。さらに言えば一度資金難で頓挫しかけた所をGACE社という総合アダルトメーカーに資金援助を受け、販売と運営もそちらのメーカーが担当していました。

 そのため広報企画としての実況配信という外部への穴が作られていたことを主催者は知らされていませんでした。ですので現状の配信は見逃さざるを得ませんが繋ぎ直しは認めません。

 これは後から主催者が出した声明文で明言されていました。


 ゲームの序盤を紹介して終わるはずだったLIVE配信はそんな理由で開始から48時間たった今もそのまま続いています。

 とはいえサキにもプライベートの時間が必要です。トイレとかはもともとアイドルなので行く必要はありませんが、実況をしていない間はサキ側の映像と音声は切っています。


「くしししし」

 ですからこんなしまりないサキの笑顔もリスナーに届く心配はありません。


 さて、そのサキの表情の理由は。


「どうするよ洸希コウキ、チャンネル登録者300万人突破しちゃったよ」


 ゲーム内のカメラを切っている間は現実世界で表示されるのは待機モードの画面(サキの渾身のスナップショットがランダム表示されます)ですが、争うようにコメントが書き込まれていきます。サキはそこに寄せられる最新情報をチェックしていたのです。

 そこで知らされたのが自身のチャンネル登録者数が千倍に激増したこと。


「これでVerSpecsのチャンネルランキング300位よ。洸希コウキの『スライム狩ってみた』の切り抜き動画ももう4000万再生いったって」


 しまりのない笑顔のサキは彼女の足元に座り込んでいるコウキに話かけました。


 ですが浮かれる姉とは裏腹に、弟の方は沈んだ声で言います。


「ごめん……お姉」

「なにが?」

「いや、だって俺が殴ったせいでお姉が干されて……そんでエロゲの仕事することになったからこんな目にあっちゃって……」


「はあ? ナマ言うなっての」


 サキは両足でもってコウキの頭を挟むとばんと地面に押し付けます。

「うぇっ!?」


「やっぱ私ってこのボディで清純派アイドルは無理があったじゃん? 落ち着くとこ落ち着いたってか、青少年惑わすことにかけてはちょっと自信あるし?

 大体、仕事でやってなかったらプライベートで巻き込まれたわけよ。あんただっていなくて一人だけで攻略しなきゃだったじゃない。そしたらどうすんの」


「そんな理不尽は認めない」

 コウキが不意に険しい顔で言いました。


「でしょ。結果おっけ」


「……うん」


 そしてサキはメガネのツルに付いたボタンを操作し、外部からのコメントを非表示にすると、コウキの顔を覗き込むようにして言いました。


「さあ、それじゃ現状把握ね。まずデスゲームの主催者はまだ捕まってない。ゲーム開始の1週間前から所在不明だったって。この監視社会にどうやってんだろね。

 ゲーム内にリアルタイムで顔出ししてる以上どっかからサーバーにアクセスはしてるはずなんだけど経路も掴めないって。まあ登録プレイヤー以外がサーバーにアクセスしたら見せしめに私らを殺害するって宣言してるから、警察も手がだせないんだろうけど」


 デスゲームの企画・運営こそぐだぐだですが、自分自身とネットワーク上の足取りを警察に掴ませていないという、そこだけは有能さを見せる主催者です。


「ああ、そんで警察からまたコメント届いてた。現在救出方法を探っているから決してタウンから出ずに待機しているようにって。皆に拡散してくれって。昨日からずっと繰り返してるけど、botじゃないわよね、これ」


「そりゃお姉は分かりましたって言っといて普通にフィールド出てるから」


「私は頼まれてんだからいいのよ。民間協力者的な?」


 ゲーム世界という隔離環境でデスゲームが開催されていることと、その現場から実況放送中のアイドルがいること。それを知った現実世界からは当然ながらサキに情報提供を求めてメッセージが送られてきます。


 まずは家族やマネージャー。そしてゲームの開発メーカーGACE社、警察や総務省や厚生労働省等々の多くの公的機関、マスコミ各社。

 それらのメッセージの中にはフィールドの様子をリポートしてほしいという要望もありました。情報が錯綜する中、一部の官庁は警察とは反対にサキに攻略を呼びかけてしまっていたのです。


 彼女はそれを盾にさも台風の危険を訴える現地レポーターのような顔でフィールドに出ていました。

 さすがにタウン周辺であればまず死ぬことはないため(自分からスライムの衣服溶解イベントを起こしに行ってHP調整に失敗でもしなければですが)、安全性をアピールしながらでしたが。


「外から最新情報取ってる私がタウンで大人しく待ってられるわけないでしょ。あいにくとリスナーはお役所と違ってストレートに現状伝えてくるかんね。やっぱヘッドギアの細工は回避不可。ゲームのノーミスクリアはSUPERHARDだってさ。エイリアンと戦うレベルだって」


「ゲームなんて大抵エイリアンと戦うもんじゃない?」

 とコウキがサキの古風なゲーマーな言い回しが分からずに首をかしげました。


「まあ要は警察がいうようにここで救助を待ってたら詰む。そりゃこれって大規模M多数同M時接続型ORPGだからね。メーカーの事業報告だとE・R・Oは月間アクティブユーザー5万人でコアユーザーのプレイ期間は一年間を想定なんだって。つまり今の10倍のプレイヤーがいても最短クリアまで一年かかるってわけ」


 警察の要請によりサキはタウンのあちこちで、現在地での待機勧告を伝えています。

 しかしこの時点で姉弟はゲームの攻略を進めることを決意していました。


 警察発表と違う、リスナーからの忖度しない厳しい現状報告を受けている二人は、今ここで動かなければ自分たちの命がないことを理解しているのです。

 とはいえそんな深刻な状況でも、姉弟の会話は日頃の気軽な調子のままに進みます。


「大丈夫でしょ。人数十分の一でもこっちはフルダイブしっぱなしなわけだから一日十時間プレイすればカバーできる」


「それゲームは一日一時間の計算? 自分が守ってなかったじゃない」


 どころかMMORPGというのは、コアユーザーは一日のプレイ時間は十数時間、睡眠以外は食事もトイレもプレイしながら済ませるという、生身でフルダイブ状態であったりするのですが。

 さすがにサキはそんな廃人は基準にしてないけど、と言ってから続けます。


「まあ私の中では一年でクリアするプロジェクトが完成してるから。心配ご無用なわけ」


「ああ……それでも俺、留年確定なんだよな……俺、あいつら先輩とか呼ばなきゃいけないのかよ」

 コウキはいつもつるんでいた友人の顔を思い浮かべ、頭を抱えます。


「一年浪人したと思いなさいな。言っとくけどここでも受験勉強から逃がさないから。あっ、何ならチャンネル内企画で通信教育コンテンツとかどうよ。『洸希と一緒に学ぶ高二社会』とか」


「俺、大学は推薦で狙ってくから。デスゲームの経験を通して諦めずに目標に進む心が養えるから、きっと面接では評価してくれる」


 コウキの楽観的な展望に、サキが頭を小突きながら言います。


「それより私の方がブランク深刻よ。一年とかどんだけ? ダンスレッスン一週間サボるだけでもうステップずれてくんのに。お肌とかだって荒れ放題なわけ!」


「大丈夫。多分母さんがメンテしてくれるから」


「あー、母さん絶対ウグイス粉の顔パック使ってくるよね……」

「母さんあそこの農場ブランドの信者だから……」


 姉弟は有名農場が作るオーガニックコスメを愛用している母親のことを思い出して少ししんみりとします。


「早く戻ろう……一年なんてかけずに」


「…………そうね、絶対にあんたを現実に戻してあげる。だから洸希、この後は切り抜きがいがある戦闘シーンを撮ってくわよ。コンセプトは『ドキドキッ! ポロリとコロリどっちもあるよ!』。エロとアクションで大衆の心はいただきよ」


「俺が? キャスティング間違ってない?」


「悔しいかな、女性票は洸希の方が取れるかんね。私のプロジェクト動かすにはリスナーはあと100倍は必要になるんだから」


 コウキは肩を落とし、諦めたように言いました。

「分かった、やるよ。俺のことはこのままコミックリリースにしてくれていい」


「そうねー、早く戻んないと積み本ふえるよね」

「ん?」


 こいつちょっと気取った言葉使おうとするといっつも間違えるなあとサキは思いましたが、姉への忠誠心は評価してコウキの頭をぐりぐりと撫でます。

 なおコウキが言いたかったのはコミックリリーフ。すなわち劇などのシリアスな物語においておかしな言動で笑いをさそう場面や役柄を指します。つまり自分を道化役にしろというわけです。


 サキはコウキの首から自分の足を外して、彼の頭をぐいっと持ち上げます。

「ほれ、それじゃあ頼むわよ」

 

「うん、今度は俺がお姉をトップアイドルにしてみせる」


 半身を起こしたコウキは拳を握ってそう宣言しました。


 そこへピッ、とコウキの視界の右上に封筒のマークが表示されました。

 誰かからメールが届いた合図です。コウキはシステム画面を呼び出します。


「なんか運営からメールが来てる……プレゼントの配布だって」


 確認すれば差出人はゲームの運営でした。

 ですが現在E・R・Oの全ての管理権限は販売と運営を担当したメーカーの手からは奪われています。つまりこのメールを出したのはデスゲーム主催者の久地沢ということ。


 背後から画面をのぞきこんだサキが言います。


「なに? 詫びクリくれんの? でも私んとこは来てない」


「なんか俺にだけアイテムくれるって書いてある」


「ああ、洸希のことがリアルだと大ニュースになってるかんね。さすがに主催者もイメージ気にするか」


 リスナーから送られてくる情報によれば、現実世界でもデスゲームの被害者には未成年者がいることは知られており、大きなニュースになっています。まあ漏らしちゃったのはサキなのですけれど。

 デスゲームの主催者からは開始直後に声明文がマスコミや政府関係機関に送られていますが、コウキの件が報道された後にも追加の声明がされていました。

 その中では未成年者のプレイヤーの存在に触れており、適切な処置をとることを宣言していました。

 

 人の覚醒がみたいというふんわりとした動機で五千人もの人間の命を危険にさらしている主催者ですが、さすがに未成年者が命を落とすことには配慮をみせるようです。


 メールを開けば事務的な言葉で未成年を巻き込んだのは不本意であったこと、解放はできないがE・O・Rの冒険にて一定の安全が確保できるよう専用アイテムを送ると書いてありました。


『未成年者専用の防具(頭部用) プレイ中の不慮の事故を防ぐ特殊機能がある』

 

 ブレゼント箱のアイコンを押せばそんなフレーバーテキストと共に、ヒヨコの顔をしたヘルメットが出現しました。


「なにこれダサっ」

 今もスタイリッシュな冒険者ファッションに身を包むコウキが嫌そうな顔をします。


「かーいーじゃん。それに文面からすれば即死トラップとか防いでくれるっぼいし。ほら早く装備しなって」


 姉に促され、コウキは眼前に浮かぶヒヨコ形ヘルメットにポンと触れます。表示されたウィンドウから装備するを選択するとヘルメットが消え、微妙にサイズを変えて彼の頭部にジャストフィットで出現しました。

 

「おー、似合ってる似合ってる。うちにも小さい頃こういうパジャマあったよね」

 サキが幼稚園時代に着ていたヒヨコのきぐるみ型のパジャマを思い出しながら言いました。


「俺が家に来たの小学生んときだよ」

「あの頃は母さんがかわいい系着せようとしても必死に抵抗してたもんねあんた。これ見たら母さん喜ぶって」


 さっそく配信しなきゃとメガネのボタンを押して配信設定をいじり始めたサキ。コウキは慌ててヒヨコヘルメットを脱ごうとしますが、その動きが止まります。


「えっ!?」

「どした?」


 コウキは目を見開きました。その視線の先には道を歩く猫獣人の女性戦士の姿がありました。

 サキが再度どうしたと問いかけるも、何も答えずコウキはその女性のそばに走り寄ります。

 巨大な剣を背負ったビキニアーマーのネコミミ戦士を前にコウキは怪訝な顔。戦士はNPCだったため、そんなコウキに適当な挨拶を一言、そのまま歩きさりました。

 残されたコウキは周囲を見回し、別の通行人や店先に突入して、その度に「えっ!?」「そんな」と何やら困惑している様子。


 やがて、

「嘘だろおおおおおおお!」


 ココスタウンにコウキの叫びが響きました。


「エロいシーンにキラキラがかかってる!」


 なんとこのひよこ形の防具はE・R・O世界に溢れるセンシティブな描写箇所に謎の光エフェクトをかけて青年の健全な発育を守る特殊フィルター機能を備えていたのでした。


 E・R・Oは大人のためのファンタジーRPGです。


 街を闊歩するのはビキニアーマーの女戦士やハイレグ魔道士。酒場の給仕は胸元が大きく開き、煙草をくゆらせる魔導具屋の妖艶な女主人は47秒に一回、美脚を大きく組み直します。

 エロス業界のレジェンドたちがデザインしたサポートキャラ(要課金)に至っては、もはや裸の方がまだ健全という痴女っぷりも珍しくありません。


 タウンを出ればプレイヤーを襲う敵の中にも女性型が混ざります。ラミアやアラクネのような有名モンスターや、女盗賊や女アサシンや闇の錬金術師(女)のような背徳的な人間も。


 彼女たちとの戦闘においては特定の条件を満たせばエッチな戦闘モードに切り替えて勝敗をつけることができます。


 隙あらばエロスを挟み込んでくるのがE・R・Oのファタンジー。

 それら全ての可能性が閉ざされてしまうのです。


 激怒したコウキはひよこメットを外そうとしますが、なんと呪いのアイテム扱い。『クリアするまで外せない』と表示されて脱ぐことができないのです。

 正確にはセンシティブイベントのための脱衣モードを発動することで非表示にすることはできますが、フィルター機能は残ったまま。他の頭部防具に切り替えることもできません。


「ありえない……何だよこれ……」

 エロスの喪失という、我が身が陥った不幸に膝をついて呆然とするコウキ。


「ふーん、でも私のは見えてるよね?」

 サキが自分のブラウスの胸元を広げながら言いました。


「えあっ!? あっ、や、そだけど、何で……?」

「何でだろね。ああ、洸希って私の本アカでログインしてるじゃない。私のサブアカウントも当然私名義だし、その辺で同一人物判定されたんかね?」


「あっ、はい」


「まあでも防御力はかなり高いじゃん。よかったね」


 サキはそう慰めながら実況配信の再開手続きを進めました。



 『悲報w  弟が運営からエロ制限くらった』


 エロスを求めて広大なファンタジー世界へとダイブした少年へのあまりに無体な仕打ち。皆はその悲劇を知り大いに胸を痛めました。

 主催者の悪辣を理解しました。


:マジあいつクズだわ

:テメエはおかんかよ!

:世界にこの惨劇を訴えねばならぬ

:なんで今さら良識発揮すんだよw

:だがあの弟くんの顔を見ろよ

:大事な物を奪われ、だが取り戻そうという男の顔だ

:エロを規制されたときの男が何をするか見せてやろうぜ!

:私の兄貴も親にゲーム機のネット閲覧に年齢制限かけられたときに同じ顔してた

:戦うっきゃねえよなあ! 


 皆が目にするのは涙をこらえながらも立ち上がったコウキの姿。必ずやゲームをクリアしてみせるという決意に身を震わせた背中です。


「あの野郎、絶対許さねえ!」


 後にひよこ騎士ナイツと呼ばれることになる最強のデスゲームガチ攻略勢ストライバーズ、その誕生の瞬間でした。

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