第29話 『アビス』の化け物
レオが飛び込んだ縦穴を覗き込むが、暗闇の奥底から家鳴りのような重低音が響いてくるだけで手掛かりになるようなものは何も残っていなかった。
「ブラッドハウンドは、『召喚』したんでしょうか?」
フェンリル状態のままユキナは先ほどまでブラッドハウンドが生み出されていた壁に鼻を近づけていた。
普通の魔物だったらにおいで追跡できるだろうが、見る限りさっき襲ってきた群れは魔力のみで生成されたマリオネットみたいなものだ。生物的なにおいはない。
「とにかく下っていくしかないな。最下層に行けば自ずと遭遇するだろ」
「最下層!? まあ、そうですよね。どちらにしろ最下層にはいかなきゃならないですし」
父親からのメッセージには具体的には書いてなかったが、どうせ最下層近くまで行かなければこちらの謎も解決しない。
入り口もふさがれてるし。
『ポップソナーにダメージはない。安心して下っていいぞ』
「わかった。慎重に行くぞ」
「はい」
周囲の輪郭情報を読み取る俺を先頭に、フェンリル化して臨戦態勢のユキナがついていく形でゆっくりと下っていく。
下層とは言えあの『アビス』だ。普段見るオークでも全身に甲冑をまとっていたり、ブラッドハウンドでも全身が筋肉で盛り上がり、爪も長く変異していた。
「普通のダンジョンの中層レベルの難易度くらいでしょうか?」
「いや、変異種がいる分こちらの方が面倒だ」
対策しづらい、対策をその場で考えなければならないというだけで戦闘時の負担は跳ね上がる。
加えて一度に出現する個体数も多い。『反転』にユキナの全体攻撃で何とか出来ているが、人間としてまっとうだったころのレオのような身体強化系のスキルや、個別に作用するスキル持ちが攻略するのは難しいだろう。
何度目かのオークの群れを退け、俺たちはボス部屋にたどり着いた。
サッカーコートほどの空間に甲冑と鋼鉄の剣で武装したオークの群れと群れに守られるように仁王立ちするオークが2体。
片方は手に先端にルビーのついた杖を携え、もう一方は手に棘だらけの鞭を構えていた。
「キングオークに、あれは……クイーンオークか」
「お父さんの資料にいた魔物ですね」
俺たちの存在に気づき、にやついているキングオークの背中をクイーンオークが蹴とばした。
「やっぱ女の方が強いんだな」
「やっぱ?」
「いやなんでもない」
曲がりなりにもダンジョンボスとして出現するキングオークに男として同情を禁じ得ない。
「来ます!!」
情けない顔で仕方なそうにキングオークが杖を振る。
杖から放たれた魔力に呼応したオークたちが統率の取れた動きで突撃してきた。
「急いでるの。相手してる暇なんかない」
普段のように乱戦状態に持ち込んで裏取りから1体ずつ撃破していくとどうしても時間がかかる。
『反転』をごまかすためにやっていたものだが、ここは『アビス』だ。他の冒険者どころか人間は俺たちしかいない。
配信には乗ってしまうが今更リツカ状態でも取り繕う意味がない。
「ユキナ、下がってて。私がやる」
集団で切りかかってくる下っ端をいなしながら空間全体に意識を広げていく。
今回のオークたちはレオの生み出した奴らとは違い全員生物的な肉体を持っている。
つまりは生命活動を止めれば死ぬという常識が通用する相手だということ。
「『反転:制止』」
オークたちの頭上数十センチのところに魔力弾を放つ。
魔力弾から放たれた魔力はオークたちに浸透していき、徐々にその動きが鈍くなっていく。
やがてオークの動きは完全に止まり、けたたましい甲冑の音と共にオークの軍勢は地面に転がった。
絶命したオークから肉体が崩れダンジョンに吸収されていく。
最後には装備だけが墓石のように残っただけ。
ふと、ユキナの方を向くと『転生』を解除して目を丸くしていた。
「……は? 全滅? あの一瞬でですか?」
「一応、説明するとただ『反転』でオークの体内の水分子の運動を止めただけなんだよね」
水分子は液体の水として存在している場合、揺れ動きながら存在している。その運動を『反転』させ、制止させることで液体の水は固体の氷に状態変化させた。
要するにオークの血液、細胞内の水分、組織液すべてを凍らせ、絶命させたのだ。
「それ、対生物だったら強すぎませんか?」
「生体情報が必要だから少し時間は必要だけどほぼ負けないと思うよ」
ラムネを噛み砕きながらアイテムを回収していく。
「……さすがに平然とし過ぎですよ」
「そう?」
呆れた声でぼやくユキナの手に握られているスマホの画面ではスロットマシーンのようにコメントが流れていた。
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