第28話 『アビス』初の敵はクラスメイト
「早速のお出ましか。最下層で待てなかったか?」
手っ取り早いのはありがたくはあるが、こう下層でポンと出てこられてしまうと張り詰めた緊張が解けてしまう。
ただ、油断できない相手ではある。
半ば悪魔のような見た目に変化してしまっていることから見て、何かしらの強化を施したことに間違いはないだろう。
「一色君、何であんなことを、人を襲うなんてことしたんですか? 学校ではあんなに優しくしてくれたじゃないですか……」
ユキナの声が震えていた。
レオはユキナを見向きもせずじっと俺をにらみ続けている。
大きな爪を引きずるような前かがみの姿勢のまま微動だにしない視線に射抜かれながらゆっくりと冷静にデバイスを構える。
「警察と学校がおよびだ。おとなしくしろ」
気休めの最後通牒。
少し体を持ち上げ、レオはようやく口を開いた。
「リッカァァ!! オマエだ!! オマエのせいで! ユキナチャン……!!」
「そんなにユキナをとられることが許せなかったか? お前、ガチ恋勢だもんな」
「リッカァァァァ!!!」
顔を沸騰させたレオが両手の長い爪を槍のようにすぼめミサイルのように突っ込んできた。
挑発にあてられた単純な突進だが、そのスピードは人間離れしている。
「おい、お前何された?」
「テメエを殺す改造だよォォ!!」
『反転』した先で思わず右腕をおさえる。服の下から生ぬるい血がにじむ感覚が指先に伝わってきた。
とっさの判断では『反転』が間に合わなかった。
それほどの人間離れしたスピードで動いてもレオは顔色一つ変えない。
「コレでも死なねえのカヨ!!」
純粋な身体能力は化け物の域に達していると思うのだが本人は1撃で仕留められなかったことに不満らしい。
「これ以上姉さまに手を出さないで!!」
フェンリル化したユキナは前足を振りぬき、小さな竜巻を突撃させる。地面を這うようにレオへと向かっていく3つの竜巻は彼を取り囲むように3方向から襲い掛かった。
「まだダ! まだ負けてなイ……!!!」
「ダメージが、入ってない!?」
確かに竜巻は直撃していたが、普通の人間なら全身がズタズタになるほどの威力でもレオの皮膚には何一つ傷ができなかった。
「リッカァァ!! 返せェェ……!」
その叫びはもはや未練がましい亡霊のそれ。
執着した成れの果ての破滅を経験した者だけが発する粘着質な願望だった。
その粘着性を象徴するかのように口からよだれの糸を垂らしながらレオは地面に両手をついた。
彼の腕から地面に、ダンジョンに魔力が注がれていく。
肌で感じ取れるほどの圧をまき散らしながら魔力は菌糸が根を張るようにダンジョンの壁、天井に急速に広がっていった。
広がった魔力の根からは魔力の雫が垂れ、見る見るうちに狼の輪郭に変化していく。
「ヤレ、ブラックハウンド……!」
「いよいよ人間じゃなくなったな!」
天井、壁、いたるところからゴキブリ並みの数のブラッドハウンドが湧いては突撃してくるのをさばきながら俺の口からは思わず愚痴がこぼれた。
「ハハハハハ!!! いいゾ!! そのまま殺せェ!!」
犬のお座りのような姿勢のままレオは遠吠えのような高笑いをし続けていた。
その間にもブラッドハウンドは指数関数的に増え続け、ダンジョンの床が見えづらくなってきた。
「埒が明かないな!!」
両手に持ったデバイスで頭を打ち抜き、着実に殺してはいるものの目の前にはまだ魔物の大群がひしめき合っている。
加えてブラッドハウンドを殺しても魔力としてダンジョンに吸収されてしまい、また魔物を生み出す原料になってしまっている。
「ユキナ! 10秒だけくれ!」
「わかりました! お姉様には一歩も近づかせません!!」
ユキナの後ろに隠れ、地面に手を突く。
奇しくもレオと同じ体勢。
──構造情報取得。特殊環境情報取得。エリア解析完了。
『反転:絶縁』
瞬間、フロア内に張り巡らされていた魔力が霧散する。
徐々にではなく、一瞬で空気中に放り出された魔力はじんわりとダンジョンに浸透していった。
「リッカァァ!! 何してんだヨォォ!!」
「魔力が安定しない環境にしただけだ。そう騒ぐな」
「『反転』ってそんなこともできるんですか……規格外ですね……」
ユキナも若干引いているようだった。
後続の補充がされないまま徐々にブラッドハウンドの数が減っていく。
自由に動き回れる空間ができてもレオは襲い掛かってこなかった。
「クソッ!! ここじゃだめダ! もっと……モット!!」
「おい!! 待て!!」
制止の声が届くはずもなく、レオは縦穴に飛び込み逃げていった。
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