第26話 アビス前日譚
棗先生が職員室に戻っていった後──
「さて、どうする?」
「明日にでも『アビス』に行くか」
「六花、準備は?」
「出来てる」
柊が満足げに頷く。
「どうせ配信は付けるんだろ?」
「『アビス』にネット環境が整っているわけない」
「大丈夫だ。中継器とケーブルと『ポップソナー』で何とかするさ」
「生存確認関係は頼んだ」
「任せろ」
柊がサムズアップで応える。
今回の配信は特に生存確認と記録の面が大きい。万が一のことを考えると、配信をしないという選択肢は取れなかった。
助かる命も助からなくなってしまう。
小汚いけど、『アビス』からの配信となれば雪菜の同接もかつてないほどに伸びるだろう。
「こちらも入れれるだけの情報は頭に入れましたから準備は出来てます」
「六花、アイテムとかは?」
「大丈夫だ。持てるだけ買ってある」
財布は寒くなったけど、死ぬよりはましだと覚悟して今まで手を出してこなかった高級アイテムもいくつか買った。
デバイスの手入れも完了している。
「じゃあ、今週末『アビス』集合で」
「はい!」
「サポートは任せろ」
☆
2時間目、実習の時間──
「橘くん。ちょっといいかしら?」
「いいけど。何?」
実習の順番待ちをしている俺に、一人の女子生徒が声をかけてきた。
モデルのようなすらりとしたスタイルにブロンドに染めたロングヘアが外国人モデルのような雰囲気を醸し出している。
確か、前回の実習でレオのパートナーで、振り回されていたはず。
「レオのこと何か知ってるんでしょ?」
「逆にどこまで知ってる?」
「……いなくなったことしかわからないの。あなたたちなら何か知ってると思ったんだけど」
レオの事件はまだ生徒全体には伝えていないらしい。伝えたところで混乱と模倣犯を生むだけだと分かっているのだろう。
ただ、彼に近かった人たちにとっては彼が急にいなくなった気持ちだろう。
「俺も詳しくは知らない。ただ……」
「ただ?」
「いや、何でもない」
「何よ。気になるんだけど」
ここでレオが『アビス』に逃げたなんて言ったところで混乱させるだけだ。解決するまで詳細は伏せておいた方がいいかもしれない。
「ただ、学校が何かしら対応しているらしい」
はぐらかした俺にすり寄ってくる彼女の身体からは暴力的な甘さの匂いが漂ってくる。
「そんなことは分かってるわよ。それ以外何か知ってるんでしょ? 黙ってるから教えて?」
「六花くんは何も知らないですよ。もちろん私も」
「白宮さん……あなたには関係ないでしょ」
割って入ってきた雪菜がにらむ。
「六花くんから離れてください。彼からはあなたが求めているような反応は得られませんよ」
「ゴメン。何のことだ?」
「ほらね」
彼女は呆れたようにため息をつくとしぶしぶといった様子で俺から離れた。
対して雪菜は勝ち誇るようなどや顔。
「レオが急に連絡がとれなくなって私も心配なのよ。でも、あんたの彼氏に手を出そうとしたのは謝るわ」
「かっ、彼氏ではないです!! あ、えっとその違うんです! 六花くんがかっこよくないというわけじゃなくて……!」
「はいはい。のろけはいいわよ」
「のろけじゃないです!!」
どんどんやる気がなくなっていく女子生徒に反比例するように顔を赤らめて雪菜はヒートアップしていく。
下手に話すと余計に混乱させそうだったから俺は何も言えなかった。
「でも橘くん。終わったら全部教えてね」
「保証はできないけど約束するよ」
彼女は手をひらひらと振って席へ戻っていった。
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