第25話 要請

『橘、白宮、えーとあとよくいる……奴。3階空き教室に来なさい』


 翌日、1時間目の授業が始まる直前、校内放送で俺らの名前が呼ばれた。


「俺だけ扱いひどくない?」

「『アビス』の話でしょうか?」

「じゃないかな」

「あれ、無視?」


 クラスメイトの視線の集中砲火にさらされながらいそいそと授業準備でバタバタしている教室を抜け出した。


『アビス』の話であることは間違いないだろうが、その内容が怪しい。

 前回の棗先生の反応を見る限り、校長でも連れてきて学校として正式に反対されるんじゃないだろうか。


 3階にたどり着き、空き教室の扉を引くと窓を背にして険しい顔の棗先生が座っていた。


「来たか。まあ座れ」

「要件はあれですか」

「ある意味、そうだな。そろったことだし簡潔に言うぞ。一色が民間人を殺害して逃亡した」

「は?」


 思わず声が漏れる。


 レオが殺人? いや確かに、傲慢で暴力的な奴だったけど人を殺すことはしない奴だったはずだ。

 あいつも自分のチャンネルがある。登録者数でマウントをとってくるぐらい登録者数や伸ばすことに貪欲な奴だった。炎上するようなことは絶対しないはずだ。


 絶句する俺たちに追い打ちをかけるように棗先生は事実を淡々と告げていく。


「昨日の夕方、学校付近の駐車場で帰宅途中の女性が襲われたらしい。まだ通行人も多い時間だったのが幸いしたのか多くの目撃証言があるそうだ。今朝、警察が学校にも来たんだが、奴は今『アビス』内部に逃走したらしい」

「『アビス』内部って、ここから電車で30分以上はかかる場所ですよ?」


 先に硬直から解かれたのは俺だった。


 目撃証言がるなら警察に通報も言っているはずだ。なんで『アビス』までレオは逃げられたんだ? 『スキル』を使った犯罪など星の数ほどある。たとえ『スキル』を使用しても逃走は容易ではないはずだ。


「ちょっと警察の話を聞いても訳が分からないんだが、一色は魔物を召喚して逃亡したらしい」

「魔物を召喚って……できるわけなくない?」


 柊も呆れた声で反論する。


 そもそも魔物はダンジョン内でダンジョンコアの魔力によって生み出された存在だ。地上では魔力供給が絶たれてしまって活動できないはず。


「それがなあ。目撃者のスマホにも魔物が移った写真があったんだよ」

「協力者か」

「いや、防犯カメラには怪しい人物は映っていなかったそうだ。それにダンジョンコアを所持できるわけがない」


 ダンジョンコアは、巨大なダンジョンを生成、維持している代物であるだけその質量も体積も人間では持ち出せないほどだ。


 となると、レオが新たな『スキル』に目覚めた可能性しかなくなる。

 その仮説を伝えると雪菜は小首をかしげて考え込んでしまった。


「『スキル』が変更されることってあるんでしょうか?」

「いや、ないはずだな。お前たちも見たことがないだろ?」

「まあ、俺たちで考えても仕方ないっすねぇ」

「それで、俺たちを呼び出したのはこのためだけですか」

「いや、ここからが本題だ」


 棗先生は立ち上がるとそのまま深く腰を折った。


「学校と警察からの要請だ。君たちに『アビス』内部を攻略してもらい、レオを見つけ出してほしい……!! この通りだ……!!」


 俺も立ち上がり、棗先生の目の前にたつ。


「俺たちには俺たちの目的があります」

「六花くん!?」

「それもわかっている!! だけど頼まれてくれないか!!」


 警察は地上の治安維持のスペシャリストであり、ダンジョン攻略のノウハウはない。だからこそダンジョンを攻略した俺たちに声がかかったことも理解できる。


「では、俺たちの目的を遂行することを妨げなければ引き受けますよ」

「私もできる限り協力します」


 俺たちの言葉を聞いた瞬間、蕾から可憐な花が咲くように棗先生の顔が満面の笑顔になる。


「ありがとう! 信じてたぞ!!」


 棗先生は俺の腰にコアラみたいに抱き着いてきた。


「ちょっと!! それは許せないんですけど!?」


 空き教室に雪菜の叫びと馬鹿笑いする柊の声が響く。

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