第23話 検索:『アビス』とは
コポコポコポ……ゴクン。
俺ら二人しかいない薄暗い書庫にペットボトルのお茶を飲む音が振り子時計のように静かに気まずい空気を切り刻む。
脚立から落ちてしまった雪菜を抱きとめた後、休憩と称して書庫の隅の書斎部分に備え付けられていたソファに隣同士気を使いながら座っていた。
休憩開始から5分。そろそろ書斎部分の本棚にある本の題名を見て気まずい空気を紛らわすのにも飽きてきた。
隣から時々聞こえる俺よりも控えめな水の音をBGMに書庫の方へと目を向けた。
少し埃っぽくて薄暗く、まるで怪談話に出てくる蔵のような雰囲気は俺が小さいころから何も変わっていない。
父親がいつも地下で何しているのか気になってこっそりついていったら崩れた本の山の下敷きになったとか、父親に置いてかれて真っ暗の中泣きながら書庫をさまよったとか今となってはろくな思い出のない場所だ。
だが、今の俺の探索者としての知識はここで全て授かったといっても過言ではない。
その点では俺の原点みたいな場所かもしれない。
そんな場所でまさかクラスメイトとラブコメみたいなことになるとは思ってなかったけど。
「その、ケガは大丈夫?」
「あ、はい。その、抱きとめていただいたのでどこもケガはないです。あの、ごめんね。私がドジしちゃったせいで探すの止めちゃって」
ペキ、と彼女のペットボトルがむなしく軋む。
「もうほしいものは雪菜が見つけてくれたから大丈夫。ほら」
足元に積まれた資料から赤いファイルを引っ張り出し、中を開いて雪菜に見せた。
リングで閉じられていたのは数枚の地図とページの厚みのある報告書。そのどれもタイトルには『アビス』の文字があった。
「父親が失踪前までに残した地図だ。2階層までしかないけど、これで迷うことはなくなったよ。ありがとう」
「いえ、その、どういたしまして」
目を合わせて感謝を伝えようとするも、彼女はそっぽを向いてしまって一向に目を合わせてくれない。
ただ耳の当たり前真っ赤に染色されていた。
「そ、その、六花くんが見つけたのはなんでしたっけ!?」
「え、俺の? 俺の方は『アビス』に出現する魔物のスケッチだね」
資料の山から今度も同じ赤い色をしたファイルを発掘し中を開いた。
「ゴブリンとか、オークとか他のダンジョンと同じような魔物もいるけど、全然見たことがない魔物がほとんどだな」
小汚い緑色の人型をしたゴブリンに、太った中年のような身体に豚の頭のオークといったいわゆる中層までの雑魚と同じページに狼の顔と手足に人間の身体をしたワーウルフ、下半身が蛇の女のエキドナなど普段のダンジョン対策では見ないような魔物のスケッチも保存されていた。
ページを1枚めくると今度は爬虫類系の魔物のスケッチがポケットにきっちりと収められていた。
「やっぱりドラゴンとかいるんですね」
「序盤からドラゴン出んのか……さすが『アビス』だな」
俺たちの口からそろって出たのはポケット4つ分のスペースにでかでかと張り付けられてるドラゴンのスケッチに対する驚き。
俺らの見ているドラゴンは、以前ダンジョンの最下層で戦ったドラゴンが幼体だったんじゃないかと錯覚するほどの大きさの推定全長が記されている。
このスケッチが書かれたのも2階層だ。序盤の階層にこれだけ大きく、強力なドラゴンがいるとなるとその下の階層は地獄絵図が描けるレベルの強さの魔物で溢れかえっているだろう。
というかよくスケッチできたな。下手すりゃ死んでるぞ。
「六花くんのお父さん、相当強くない?」
「強いね。俺よりも」
ダンジョン踏破した今でも父親に勝てる気はしていないし、『アビス』で父親のところまでソロで到達できる自信はない。
それほどまでに父親は強かった。
「だけど、俺には雪菜がついてくれるから『アビス』も怖くはないよ」
「私たちは助け合って、お父さんのところへ向かいましょうか」
「そのためにも今日は情報を頭に入れよう」
その後、俺たちは意見を交わしながら、積まれた資料を1つずつ確認していった。
☆
「今日はありがとう。おかげで助かったよ」
「いえいえ。役に立ててよかったです」
資料の確認が終わり、書庫を出たころにはもう外は茜色に染まっていた。
「送っていかなくて大丈夫?」
「大丈夫ですよ。日が落ちる前には家に着きますから」
今日雪菜に言われて気づいたことだが案外俺たちは近所に住んでいたらしい。
「じゃあ、また学校で」
「また学校で。その、かっこよかったですよ」
「……え?」
軽やかに歩いていく彼女の背中が見えなくなるまで俺は玄関に立ち尽くしてしまった。
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