第20話 俺たちの意志

「なるほどなぁ。炎上した理由はそれか」


 ユキナのコメントでレオが炎上したことを聞いた棗先生はあごに手を当てて考え込む。

 実習後、俺と雪菜、柊は棗先生に空き教室に呼び出された。


 今、冷静に考えてみると一切素性も位置情報もメールアドレスも何もかもが非公開だったレオの裏垢を特定したネット民の特定能力はもはや恐怖の対象になる。

 目をつけられたら1度はごまかせたリツカのこともすぐに特定され俺もユキナも炎上するだろうな。


「炎上したのは10割一色が悪いが……橘、どうしてそこまで隠し通す?」

「──俺は無関係ですよ」


 内心ヒヤッとしたが表情には出さず冷静にはぐらかす。


 棗先生は目を細め呆れたようにため息をついた。


「今更はぐらかそうって言ったって無駄。名前の一致、話しているところすら見たことがなかった状況からここまで白宮と仲が良くなっていること、この二つだけでお前とリツカとやらが同一人物の可能性が上がってくる」


 俺は口を開かなかった。


 棗先生はまっすぐこちらに目を向ける。


「だが一つ疑問がある。『反転』で性別を変えてまで配信する理由はなんだ?」


 重い空気のカーテンが降り、何一つ動かないジオラマの空間をなしていく。

 3人の視線が顔面に突き刺さる。


 だんだんと棗先生からいらだっている雰囲気が漏れ始めている。


「──俺はただ、俺が注目されずに金を稼ぎたいだけです。配信はもともとただの生存確認用ですし」

「やはり、あの父親か」


 俺は無言で頷く。


 ダンジョン踏破実績、アビスの探索における貢献、父親のなした功績は数知れない。

 そしてそれに伴って息子の俺に注目が集まっていたのも事実。


 だがその注目が父親を失った親子には苦痛になった。

 成長を期待される息子と、息子を優秀な人材になるよう育てることを期待される母親。周囲から受ける重圧が何よりも成長阻害薬として働いていた。


 俺を俺として見ていない。あの父親の子供として見られている。

 そのことが何よりも嫌だった。


「俺は俺として生きる。だけど、母親のために金を稼ぎたい。その折衷案がリツカという配信者の存在なんですよ」

「なるほどな。だが最近、お前隠そうと思わなくなっているだろ?」

「ユキナを助けた時点である程度はあきらめました。精いっぱいの偽装はしてますけどね」


 雪菜が申し訳なさそうに顔をそらす。

 柊はニヤニヤしながら腕を組み


「だけど優等生ちゃんが人前でこいつを密会に誘っちまったもんだからレオなんて言う狂信者が釣れちゃったってわけね」

「本当にすみません……てっきりそういう趣味かと思って……」


 ぺこぺこと頭を下げる雪菜をなだめ、棗先生に向き直る。


「というわけで棗先生もこのことは黙っててもらえませんか」

「はあ、わかった。その代わり危ないことはするなよ。せいぜい近所のダンジョンを探索するぐらいにしておけ」

「これから『アビス』行こうとしてるんですけど」

「はあ?」


 棗先生の大きな目がさらに大きく見開かれる。

 前のめりの体制のままフリーズすること数秒。


「危なすぎるだろうが!?」

「父親に来いと言われたんで」

「はあ!? お前の父親は絶賛失踪中だろうが!?」

「ダンジョン踏破した時に見つかったんですよ。父親の持ち物が」


 ダンジョン踏破時に隠し通路から父親の持ち物とメッセージが見つかったこと、そのメッセージでアビスに来いと言われていることを彼女に一つ一つ歴史を語るように話していく。

 俺が話している間、棗先生はずっと口をぽかんと開け教職についている大人とは思えないような子供っぽい表情のままだった。


「父親由来の重圧は正直くそったれって思ってますけど、俺は別に父親が嫌いなわけじゃない。あの父親に行けと言われたなら俺は彼を追っていきたいんです」

「だとしても『アビス』は危険すぎる! 日本ダンジョンの祖だぞ!? そこら辺のダンジョンとは違う、全容も安全なルートも解明されてないダンジョンなんかに行かせられるか!!」


 俺に掴みかかるように棗先生が迫る。

 彼女の顔からは本気で心配していることが見て取れる。


「それもわかっています。無理はしません」

「危険はどこに転がっているかわからないんだぞ!?」


 引いて状況を見ていた柊がいつになく優しい笑顔で助け船を出す。


「でしたら僕と2人でこいつらのサポートするのはどうです? 僕のスキルならダンジョン内でも彼らを見失うことはないですし、棗先生も自分の目が届く範囲ならいいでしょ?」

「そういうわけではない!!」


 柊に詰め寄る棗先生の目の前にスッと身体を入れ、腰から深々と頭を下げた。


「心配してくれてありがとうございます。ですが、俺の、俺たちの意志は変わりません。ご理解ください」


 うつむいたまま押し黙る彼女を置いて俺は教室を出た。

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